Episode.3 足掻き

 「あっはははははははっ!! 腹いてぇ~~!」


 第七高等学校一年一組の、一限目の授業が始まる前。今朝もお坊っちゃま男子───岩倉晃太が二人のお供を引き連れて、シンに絡んできていた。


 「で、何だっけ? イビルボア一匹相手に? ぷっ、十分っ……ふっ……ふふははははははは!!」


 教室中に響き渡る盛大な笑い声。他のクラスメイトも、居心地悪そうにその様子を見ている。


 「まあ、初めてだったし───」


 「───生産職だもんなっ!?」


 お供二人もケタケタと笑っている。晃太は、周りの目など気にも止めず、一層激しさを増して笑い出した。


 (はぁ、うるせぇな……自分が一番分かってるっつーの……)


 窓から差し込む、初夏の暑くまぶしい日光とは裏腹に、シンはまた、朝から暗く憂鬱ゆううつな時間を過ごしていった。



 キーンコーンカーンコーン……


 「─────ということで、授業はここまでにする。皆、復習を忘れないように」


 (やっと終わったぁ……帰って少し寝よ……っじゃなくて、迷宮ダンジョン迷宮ダンジョン)


 シンはカバンに筆記用具、教科書類などを仕舞い込み、内ポケットに探索者バッチがあることを確認する。そして、教室の後ろのドアから出ようと、手を掛ける。


 「迷宮ダンジョン探索ごっこ、頑張れよぉ~」


 そんな晃太の嫌味な応援と、取り巻き二人のせせら笑いを背に、シンは一人教室を出ていった。


 下駄箱で上履きを靴に履き替える。


 「ねぇ聞いた? 中等部三年に転校生が来たらしいよ?」


 「ああ、知ってる知ってる! ってか見たよ!」


 「えぇー! いいなぁー! 私も見たかった! で、どんな感じの子だった!?」


 「結構可愛い子だったよ!? 何かね、綺麗な小麦色のロングでね─────」


 どこからかそんな女子の会話が聞こえてくる。


 (この時期に転校生か……珍しいもんだな……)


 シンはそう思いはしたが、大して興味なさそうに、靴を履き替え終わると、校舎外の階段を早足で降りていった。途中、横目に日光を反射してキラキラと光るススキのようなものが映るが、シンは夏に生えるわけないと切り捨て、振り向くことなくそのまま降りていった。



 ─────しばらくして、昨日と同じCクラス迷宮門ダンジョン・ゲートの前に来たシン。その身体をエーテル体と化し、探索者で賑わう人だかりを通り抜け、ゲートを潜る。


 霧掛かる丘陵きゅうりょう地帯。前回と同じくイビルボアを見つけるシン。


 (さて……ステータス更新して、どれくらい成長したか試すか)


 そう思いながらシンは、ナイフの銀色の刃を光らせ、戦闘に入るのだった─────



 ─────およそ七分強。討伐完了。


 「やっぱり、そう簡単には強くならないよなぁ……」


 シンはやはり納得のいかない様子で、落ちた薄茶色の結晶を拾い上げ、腰のポーチに仕舞った。


 シンは、一回の探索でイビルボアを一体倒すのに精一杯。おまけにイビルボアから得られるステータスポイントは、たったの2。加えて次のLv.2へのレベルアップを行うには、モンスター討伐によって得られるステータスポイントを100獲得しなければならない。


 「このペースだと、昨日今日で狩ったイビルボアのステータスポイントをカウントしても、単純計算であと四十八日も掛かるのか……」


 まだそれくらいなら良いのだ。しかし、その次のLv.3になるためにはステータスポイント1000を。その次は10000ポイントと、レベルアップの条件は十倍ずつ厳しくなっていくのだ。


 この調子では、高難易度の迷宮ダンジョンで行方不明になった両親を探しにいくことは、いつまで経っても出来ない。シンは焦燥に身を焦がしながらも、無能せいさん職を与えられたがために、どうすることも出来ないのだった─────



 学校で晃太にからかわれ、迷宮ダンジョンで現実を突き付けられて絶望し、迷宮統括協会ギルドの換金カウンターで何の足しにもならない換金を行う─────


 シンは【魔法具製作師】という職業ジョブの前に、こんな夢も希望もない生活を強いられるのだった。


 それから何の変化もない生活が一ヶ月と数十日───四十八日続いた。皮肉にもLv.2にレベルアップしたシンは、その間ステータス更新を行っていなかったが、今まで討伐したイビルボアから得た100ポイントと、レベルアップによるステータスポイント付与によって得た200ポイントを自分のステータスに加えた。



 市ヶ谷シン

 【魔法具製作師】 Lv.2


 HP :1200 (↑200)

 MP :250

 STR:252 (↑100)

 INT:100

 VIT:150 (↑50)

 MND:100

 AGI:200 (↑50)


 《スキル》

 ・魔法具製作

 

 ※HPはステータスポイント1ごとにステータスが2増える



 『─────更新完了』


 「はぁ……こんなんじゃ大して強さは変わらないぞ……」


 人生二回目のステータス更新機の操作を終え、シンは探索者バッジをカバンの内ポケットに仕舞い込む。どこか悔しげに、そして、何かを諦める。そんな意思を感じられる様子で、迷宮統括協会ギルド本部を出ようとしたとき─────


 「───頼むよ! 結構自信作なんだッ! もっと高く買い取ってくれよッ!」


 「そ、そう言われましても……」


 奥の方で、恐らくシンと同じような職業ジョブ───生産職の男性が、装備買い取りカウンターで、職員とめている。どうやら、自分が製作した装備を、思った価格で買い取ってもらえないようだ。


 (所詮しょせん生産職なんてあんなもんだ。作るだけ無駄だな。大人しくバイト生活に戻ろ───)


 『───シン、百聞は一見に如かずならぬ、百考は一行に如かずだぜ?』


 シンはふと、昔父親が言っていた謎ことわざを思い出す。百考えてみるより、一回実際に行ってみた方が良い。そんな意味だ。


 シンは、出口に向かう足を一旦止め、カバンの内ポケットから探索者バッチを取り出す。そして、それをしばらく眺める。


 「このままじゃ駄目だ」


 (最後の足掻あがき……だな……)


 シンは一つの考えを思い付き、自分の家に───両親との思い出を感じられる家に、駆け足で帰った。


 そして、シンがこの迷宮統括協会ギルド本部へ、迷宮ダンジョンへ再び足を踏み入れるのは、今からおよそ二ヶ月後のことになるのだった─────

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