病室できみと会う

 僕は知ってる。君の視線が僕に向いていないことを。僕の後ろにある何か、いや僕の後ろにいる誰かを君は見つめていることを。君が僕のことが好きではないことを。君は、僕に自分の好きだった人を重ねている。そう、僕はずっと思っているし、それはおそらくその通りだ。確証が持てる。でも、君はそのことに確証が持てないし、第一、私はきみのことが好きなんじゃなくて、きみが昔好きだった人に似ているから好きです、なんて言えるわけない。きみはそんなことを言う人ではない。それは僕もよく知っている。


 それでも、少し前に意地悪をして聞いてみたことがある。

「なんで僕のことが好きなの。まだ、そんなに出会ってから間もないよ。」実際、彼女は少し前に大きな事故に遭って、入院生活を送っている。そのときに、自分で言うのもなんだが、甲斐甲斐しく見舞いに通っていたというわけだ。

「毎日、今日もですけど、お見舞いに来てくれて、優しい人だなって思ったのが一番の理由です。」彼女は体を起こして、僕の方に顔を向けて、答えた。

「他にも理由があるの。」僕はここぞと質問を重ねた。

 彼女は伏し目がちに、言葉を紡いだ。僕が誰かに似ていること。その誰かに対して自分がいま、好意を抱いていること。おそらく、昔、その誰かに好意を抱いていたのだろう、ということ。でも、事故の影響で記憶が失われている部分があるから、多分、その人に関係する記憶もその影響で引き出せなくなっているのだろう、ということ。


 僕は彼女の説明を聞いて、まるで初めて知ったかのようなリアクションを取り、教えてくれてありがとう、なんていう優しさの皮を被った言葉を吐いた。柔らかな顔で微笑んでいる自分を殴りたくなった。でも、これは僕のためだけじゃない。そう言い聞かせて、醜い自分を無理やり受け入れた。

 ごめんね、変なこと訊いて。じゃあ、また、明日。僕は少しだけ手を振って病室を出た。自分の偽善者ぶりにぎりぎり耐えた形だった。そろそろかな、退院は。僕は頭の中を整理しつつ、病院の廊下を歩く。もう、この病院も慣れっこだった。10年以上通っている。彼女は色々と勘違いをしている。というか、させられている。彼女は大事故なんかに遭ってはいない。ただそういうことにしてあるだけ。実際は自分で壁やベッドの枠、冷蔵庫なんかに、自分の頭を叩きつけて脳を傷付けているだけなのだ。そして入院して、毎回、ある程度の日数を病院で過ごし、自宅に戻って少しすると、すべてを思い出す。そして、一週間かそこらで罪悪感に苛まれて、また頭を打ち付ける。自分に都合の悪い記憶にだけ鍵をかけていく。


 もう一つ、彼女は勘違いしている。これは医師が嘘の説明をしたから、とかではない。ただ、彼女がそう思っているだけ。彼女が僕の奥に見ているのは僕。単純と言えば単純なことだ。ただそれだけのために僕は毎日病室に行く。

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