表を見せるコイン、裏を見せるコイン

 コインの裏と表というのは確率の話のときによく出てくる例だ。なぜか。それは多くの場合、表か裏のどちらかしか出ないからだろう。コインを投げて立つなんてことは滅多にない。表が僕たちに見えているときには裏は見えないし、その逆も然りだ。


 僕は高校2年生なのだが、同じクラスに藤永さんという人がいる。彼女はいつも明るくて笑っている。顔からこぼれ落ちそうな笑みを見つけたら、その人が藤永さんだと言っていい。箸が転んでもおかしい年ごろというので合っているのだろうか。まあ、本当によく笑っていて、それも下品な笑いではない、まさに天真爛漫を地で行くような人だ。

 これは今日の昼休みの話。僕は廊下のロッカーに教科書を取りに行こうと思った。そしたら、教室のドアのところで藤永さんとすれ違った。廊下で偶然会った他クラスの女子と話し終えたところみたいだった。確かに楽しそうな声は教室の中まで聞こえていた。彼女に道を譲ろうとしたときにちらりと見えた顔は本当に楽しそうだった。僕は何を血迷ったか、つい、「今日も楽しそうだね」と口に出してしまった。別に、いつも脳内お花畑で楽しそうですね、みたいな嫌味のつもりはなかったから、誤解されないか心配になった。だから言葉を継ぎ足そうとしていると、藤永さんが抑えめの調子で僕の方を見るでもなく言った。


逆だよ


 彼女は人気者だから、その発言に対する僕のリアクションなんて待たずに彼女は教室の奥の方へ消えてしまった。僕は数秒して自分の当初の目的を思い出し、教科書を取り出した。何の感情も含まれていなかった声。少し伏し目がちと言えなくもない表情。何より、逆だよという言葉。楽しいよでも、楽しくないよでもないその言葉。逆。楽しくないから楽しそうにしているのだとでも言うのだろうか。いつもあんなに楽しそうなのに?体の中から幸福が溢れてくると言わんばかりの様子なのに?でも本人がそう言ったのだから間違いはないのだろう。楽しくないから楽しそうに振る舞っているということなのか。でも、そういうことなのだろう。こんなことを考えているとあっという間に五時間目も半分くらい終わっていた。視線は自然と藤永さんの方に引き寄せられた。


 こうして僕は藤永さんのことを目で追うようになったわけだが、結局、2年生最後の日の今日まで彼女からこの話を聞くことはもちろん、あんな冷めた顔を見ることもなかった。そんな僕の思いを知ってか知らずか、体育館からの帰りいつも通り一人で歩いている僕に藤永さんが声を掛けてきた。その表情には前見たときのように影が落ちている。

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