変身?

 私は受験生になってしまっていた。もう、ゴールデンウィークも終わり、中間考査も終わった。テストからは一旦、解放されたけど受験生にはそんなことは関係ないみたいだ。担任も受験生、受験生とうるさいし、クラスでも熱心な子たちはずっと勉強している。そんな高校生活に嫌気が差しつつも、もうそんなことばっかりは言ってられないなと思って昨夜は遅くまで勉強をして寝た。

 こうやってわざわざ復習をしているのは今の自分が信じられないからだ。朝起きた私は体が動きづらかった。体育のバスケが久しぶりすぎの運動過ぎて筋肉痛かと思ったけど、もっと、こう、体全体が動かしづらい。腕が、とかふくらはぎが、とかいう感じじゃない。ベッドから降りるのも一苦労だ。そう思っていると中々起きてこない私の様子を見に来たのかドアをノックする音が聞こえた。たぶん弟が起こしてくれてるのだろう。起きてるー、と言おうとしたが自分に聞こえたのは、よく分からない摩擦音だった。

 こんな展開を私は知っていると思いながら、鏡の前までなんとか動いた。やっぱり。私は虫になっている。蟲の方が正しいのかもしれない。「変身」。かの有名なカフカの作品通りの展開になっているのかもしれない。そんな現実離れした、それでいて、鮮明にイメージのできる予測が立った。

 意外にもドアを開けることはできた。少し体を押し当てればいいだけだった。どうせ、家族に驚かれるのだろう。そう思ったが、みな無反応だ。いや、特別な反応がないだけで、美也、おはよう。とは言われた。朝ご飯は食パンと水。私の分だけありがたいことに床に置いてある。食べ終わったタイミングを見て母親が当たり前のように片付けてくれた。自室に戻るのもスムーズにできた。高校の制服は今の身体にピッタリだった。幸い我が家はマンション暮らしなので本家同様、階段はない。その代わりマンションのエレベーターに乗るのだが、一緒に乗り合わせた住人もだれも私の方に注目しない。無視というわけではない。ちゃんとお先にどうぞ、と譲ってくれたのだから認知もしてくれている。

 学校に着いた。もう私は驚かなくなっていた。虫となったこの姿で何ら変わりなく日常生活が送れていることにも、それが他の人にとっては特筆すべきことではないことにも。学校の下足箱も階段もちゃんと使えた。教室のドアも開けることができた。私が平静を装っておはようと隣の席の男子に言うと、聞こえているらしい。おはようと返された。そして誰かに咎められることもなく、ホームルームが始まって、終わって、一時間目が始まった。急な「変身」に驚き、疲れ、どこか安心したせいか、私は眠気に襲われた。そんな私を先生が目敏く見つけ、次の瞬間、腕を振り上げた。


 赤いチョークが私の左の羽にめり込んだ。

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