感嘆の夢

 不規則なリズムと大きさ。久々の気温。急に重くなる布団。体に体温が戻る。バラバラだった音がまとまりに聞こえてくる。牛乳をコップに注ぐ音。パンが皿の上で待っている。兄弟が騒ぐ声。嫌いな時間割に文句を言っている。新聞をめくる低い父の声。頭が重い。腕を動かす。ぼやっとした視界の中に像が結ばれ出す。ドアを見つめる。ひんやりとしたドアノブ。顔を洗いに洗面所に行く。冷たい水道水。夢の詳細がだんだんと思い出される。大事なところは思い出せず、そのときの空の色や横に居た人なんかは思い出せる。見たいものなど、夢で見れたためしがない。


 ねぇ、と声を出してここで急に横には人がいて、それが自分の妻だったことを思い出した。妻の言葉を待たずに僕は話し始めた。母校の小学校が舞台だったこと。殺人事件について私情から調べていたこと。小学校の奥の方に続く廊下と教室が立ち入り禁止になったからだそうだ。彼らが嘘をつく理由は、それ以外ににないはずだ。その立ち入り禁止の奥は断ち切られていた廊下だった。そこから、下にゴミ袋を落としていくようだ。黒いビニール袋の山に医者たちも辟易しているようだ。ゴミの中身なんて気にせず重力に任せて放り投げている。


 ここまで言い終わると妻は縁起でもない、と言ってごはんをお茶碗によそい始めた。光るご飯粒を見ながらまじまじと自分はこの家庭を持っていて、ここはもう昔いた家とは違うことに気づく。何もかもとまでは行かずともやはり人並みには人生は変化してきた。色んなことが昔話にできるくらいに、まだ、30も行かず若いのに。そんな人生を送ってきた。自分の脳を心地よくむしばんでいく存在に体を心をぼぉーっと任せていた。いかにも意識がなさそうな夫を認知した妻が不思議そうにこちらを覗き込んでいる。何か説明しなければならない。昔の実家を思い出したこと。懐かしかったこと。まあ、そんなことを話したところでどうにもならない、と言おうとしてやめた。箸の色が剥げたところが急に目についた。ひびも目立つ。心がすさむ。分からない。何も分からない。この世界に居るはずなのに。この世界とは何なんだろうか。


 あたりを走る汽車の音。投げ出される蜜柑。次第に曇る空。煙が空に生まれてかき消されていく。輪郭が曖昧になる。それでもそこには確かにあった、彼ら。空からすれば侵略者。こちらから見れば広い空。混ざりあう彼ら、彼女ら。どこかへ消えてしまうのだろう。どこかから来てどこかへ消えていく。海は元々なんだったんだろうか。妻の声が実家の蝉の声と混ざる。海のさざ波が砂浜を攫っていく。

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