第11話 ねぼすけの添寝未遂
そよそよと風が肌を撫でる。
暑くも寒くもない心地良い空気感に、マリアはふっと目蓋を開けた。見慣れない天井が広がっていたので、小首を傾げる。
(ここは、どこかしら……?)
朝日が差し込む窓を見ると、スツールに腰かけて腕を組んだレイノルドが、壁にもたれかかるように眠っていた。
起き上がって駆け寄ろうとしたマリアは、布団に足を取られて転びかけた。
「きゃっ」
傾いだ体を、ガシリと抱き止められる。
「いきなり起き上がるな。怪我でもしたらどうする」
起き抜けに助けてくれたレイノルドは、マリアを持ち上げるようにして、ベッドに座らせる。
「あんた、ずっと看病してくれたんだな。おかげで風邪が治った」
「大事にならなくて安心しましたわ。ですが、窓辺で眠ってはぶり返してしまいます。わたくしのことは放っておいて、ベッドでお休みになって構いませんでしたのに」
「そうすると、あんたが寝る場所がないだろ……」
憮然とした顔で言われたが、ベッドはキングサイズよりも大きな特注だ。マリアは、身長こそ高めなものの体つきは痩せ形なので、邪魔にならないはずだ。
「こんなに大きいのですから、端に置いても落ちませんわよ?」
「端でも同じベッドだろ。あんたの意思もたしかめずに、そんなことはしない」
レイノルドは、両腕を高く上げて伸びをした。
考えなしだったマリアは、逆に体をちぢめる。
(そうよね。結婚前の男女が同じベッドで眠るわけにはいかないわよね)
だが、王子を椅子で寝かせて、自分はのうのうとベッドを占領するなんて、ジステッド公爵家の令嬢としてあるまじき失態だ。
あと、単純に寝顔を見られたのが恥ずかしい。
手で顔をおおって身もだえしていると、キイと扉の開く音がした。
「うわ。マジだった……」
姿を現わしたのは、ヘンリー・トラデス子爵令息だった。
レイノルド、マリアと同期の学園卒業生である。元は第一王子の護衛をしていたが、現在は第二王子の近衛に任命されて、レイノルドに仕えていた。
ヘンリーは、ツカツカと部屋に入ってくると、マリアに向かってお辞儀をした。
「ごきげんよう、マリアヴェーラ様。王子サマもおはよう。もう十時だけど、朝食を温め直す? それともお茶にする?」
「どちらも後だ。お前が俺を起こしにくるときは非常事態だろ」
「非常事態、とは?」
不安になるマリアに、ヘンリーはにっこりと微笑みかけた。
垂れぎみの目尻に皺がよって、善良な人物に見える。
「心配しないで。高嶺の花が宮殿に来て、第二王子の寝室に入ったきり出てこないって、さっそく評判になってるだけ。どちらも箱入りかと思っていたら、やるねー」
「彼女は、俺の看病をしていただけだ」
「表向きは何とでも言えるだろうけどさ。コレ、以外と最悪の状況だよ? 婚約式典もまだの二人が一線を越えたって噂が立ったら、悪く言われるのはご令嬢の方。王子サマの結婚相手を決めるのは国王サマで、国王サマは聖女ネリネに心酔してて、二人の心証が悪くなってるときにコレ。この意味、分かるよね?」
「分かっておりますわ、ヘンリー様」
国王がこの結婚に待ったをかけたら、再度、認めてもらうのは難しい。
本来、王族の結婚というのは慎重な選定によって行われるもの。
マリアが急場で第二王子の相手になれたのは、第一王子の妃候補として、先にお墨付きを得ていたからだ。
後から不名誉な事実が露見すれば、当然、周りが止めにかかる。
幸か不幸か、こういう場合の処し方について、マリアは詳しい。
「不名誉な噂につきましては、ヘンリー様にご協力いただければ解決しますわ」
「オレ?」
きょとんと自分を指さすヘンリーに、マリアは寝起きとは思えないほど麗しく笑いかけた。
「ええ。貴方が一晩中、この部屋にいたと証言してくだされば、いかがわしい噂は無くなりますでしょう?」
後ろ暗いところが一点もないマリアだが、婚約者に内定した当初は他の貴族からの嫌がらせも多々あった。
そういうとき、父がどう対処していたのか知っている。
とにかく味方を増やすのだ。金に糸目を付けず、売っておいた恩をフル活用して、敵にいたるまで懐柔する。ときには脅すこともある。
「お断りになったら、ヘンリー様が軽い気持ちでお付き合いして泣かせたご令嬢を集めて、裁判に持ち込もうと思いますがいかがでしょう?」
「ごめんなさい、それだけはやめて。家から勘当されちゃう」
ヘンリーは、両手を挙げて申し出を受け入れてくれた。
「本当に頼めるのか、ヘンリー」
「引き受けないとオレが破滅するじゃん。『第二王子は、好きな令嬢が一晩部屋にいたのに指一本も触れないダメ男だった~』って大声で吹聴しとく。でも、対策を練るのは遅かったかもね?」
「なぜです?」
次に言われた言葉に、マリアの呼吸が止まった。
「マリアヴェーラ様にお呼び出しですよ。王妃サマから、直々に」
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