第9話 第二王子のこくはく

 生まれたときからレイノルドは二番手だった。同じ母から生まれて、性別も年齢も誕生日も同じなのに、とりあげられた順番がどこでも物を言った。


 第一王子の兄には、たくさんのものが与えられた。

 従者も有能だったり気がつかえる者は兄の方へ。

 弟の方には、なんで仕えるのが第一王子じゃないんだ、と愚痴をこぼす者ばかり。


 兄と机を並べて家庭教師に勉強をおそわっても、花丸をもらえるのは兄で、もしも兄がまちがっていたら弟の方は正解していても丸なんかもらえない。


 レイノルドはそれらを仕方がないと諦めていた。

 弟は、兄にくっついて生まれてきた『おまけ』なのだ。いっしょに生まれてしまったから、城で育てられているだけである。

 現に、国王である父は、兄の方としか面会しない。レイノルドが拝謁するときは、勉強はどうだ、とか、生活は楽しいか、とか、当たり障りのない問いかけに答えて終わる。兄のように膝にのせてもらって会話した経験などなかった。


 国も、兄に継がせるだろう。では、自分は――。


 レイノルドは兄の補佐になろうと思った。双子の弟にしか出来ないこともある。

 たとえば、ティータイムのお菓子は大きい方を兄に譲るとか、悪戯を代わりに叱られるとか。そういう行動をとると、兄はレイノルドを自慢の弟だと誉めてくれた。


 影のように兄に寄り添っていると、周りはレイノルドをアルフレッドの行く先々に同行させるようになった。

 城のそとへの視察、挨拶回りのためのパーティー、名前しか知らない貴族との面会……。


 行く先々で兄に尽くしていたレイノルドは、たまに現われては兄をちやほやしている女の子の存在に気づいた。


 亜麻色の髪とはっきりした目鼻立ちが美しい彼女は、ジステッド公爵家のご令嬢で、兄の婚約者だった。生まれたときから、第一王子アルフレッドに付き従う運命を決められていた。


(ぼくと同じだ……!)


 彼女なら、自分の気持ちを分かってくれるかもしれない。レイノルドは、たまに会える彼女を目で追うようになった。


 兄は気づいていないみたいだけれど、彼女は兄の行動に一喜一憂していた。

 兄に振り回されると涙をこらえたり唇を噛んだりする。でも、兄が花を摘んで自分に渡してくれると笑顔になった。


(なんてかわいい人だろう)


 いつの間にか、レイノルドは彼女が好きになっていた。彼女が、いつか兄の妃になることを思うと胸が苦しくなった。

 彼女をあまり大切にしない兄に怒りを覚えることすらあった。


 ついにレイノルドが兄を見かぎったのは、ハートの木があるという丘へ行ったときのこと。恋を叶えると評判の場所だったので、彼女も呼ばれていた。

 一目で気合いが入っていると分かる服装だった。


 フリルがふんだんにあしらわれた白いドレスと、髪につけた薔薇のヘッドピース、控えめに垂れ下がるレースは花嫁のようだった。

 まだ十歳ながら、髪が風になびく様にまで気品があり、赤く染まった頬とくちびるは大人の女性のように美しかった。

 表情は少し緊張していて、兄を見る瞳は熱い。


 だが兄は、ハートの木に登れないと知った兄が遊具のある広場に走り去ってしまった。愛の告白を待っていた彼女を置き去りにして。


『……っ』


 必死に涙をこらえる彼女をレイノルドは見過ごせなかった。


『泣かないで、マリアヴェーラ』


 レイノルドは言った。兄の代わりになると。この恋を叶えるハートの木に、兄と彼女が幸せになれるように祈ると申し出た。彼女は、それを受け入れてくれた。


 彼女と並んで祈っているあいだ、レイノルドは気が気ではなかった。


 バクバクとうるさい心臓の音が聞こえていないだろうか。

 ただの婚約者の弟らしく振る舞えているだろうか。

 兄の婚約者に、弟が恋をしていると、誰かに気づかれないだろうか。


(気づかないで)


 レイノルドは、ハートの木にそれだけを祈った。

 兄と彼女の恋なんて、もはやどうだって良かった。


 この身に秘めた恋心だけを守って生きていければ、それでいい。兄に誉められなくても、国王に気にされなくても、側近の口が悪くたって知るものか。


 レイノルドは、一転して不良少年へと変わった。

 兄に随行するのを止めて、周りの大人の話は話半分に聞いたし、兄と同じ貴族が通う学校に入れられても、授業をサボって町へおもむき、酒の味や小金の稼ぎ方やあくどい連中との渡り方を学んだ。


 教室に行くと、嫌でも兄と彼女がいっしょにいるのを見なければならない。胸をかき乱されるぐらいなら、第二王子の身分を捨ててしまいたかった。

 学校を卒業したら、誰も自分を知らない場所へ行き、静かに暮らそう。


 そう決めて、学校で最後の昼寝をしていたとき、彼女が現われたのだ。


 あの日、自分が止めたはずの大粒の涙を、ぼろぼろにこぼして。

 兄が泣かせたと直感で分かった。そうでなければ、あんな風に手は差し伸べられなかった。


『いっそ、俺と婚約するか』


 彼女はびっくりしていた。ハートの木の前で声をかけた、十歳の頃を思い出させるような、かわいい表情で。

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