優しい召喚獣

 一応、煽りVTRも流れる。


 フリオ少年は探偵になりたかったが、両親から反対されていた。お金にならないからと。


 あるとき、探偵が手を焼いていた飼い猫のケットシーが逃げだす。野生で育ったケットシーは地上の生活に慣れず、故郷の幻獣世界へ帰りたかったらしい。


 凶悪なモンスターに襲われていたケットシーを、フリオの家族が助けた。ケガをしたケットシーに、フリオは治癒の魔法を施す。だが、フリオの両親はモンスターの攻撃で致命傷を負い、死んでしまう。



 責任を感じたケットシーは、召喚の契約を打ち切るように探偵に申し出る。もう二度と、この世界に姿を現さないと。


 探偵も承諾し、ケットシーは永遠の別れを想像していたらしい。


 フリオは「だったら自分が彼女の友だちになる」と宣言した。

 天涯孤独になったフリオ少年を、探偵はニールセン家の養子にする。

 ケットシーはフリオと再契約となり、二人して探偵の助手に。


「いい話」


 テルルは、鼻をすすっていた。

 シチサブローも、真面目に見つめている。


「まったくだ、つっても……」



 しかし、誰も見ていなかった。


 会場全体が、フリオを舐め腐っている。さっき最強のモンスターが負けたばかりだ。欲望にめっぽう弱い猫族召喚獣が、食欲に勝てるわけがないと。


 召喚士協会長でさえ、頭を抱えていた。これは全滅もあり得ると考えていることだろう。


 彼らの実力を肌で感じているのは、今やシチサブローとテルルの二人だけ。



『さてさて、ゴングが鳴りました! あーっとぉ!』


 ケットシーが、一目散に肉の載った皿に飛びつく。舞台に、ケットシーのヨダレが飛び散った。


『やはりFランクの召喚獣では、欲望に敵わないかーっ』


 召喚士席から、「やっぱりな」という声が聞こえてくる。


『今、ケットシーが皿を手にして……あっと!?』


 あろうことか、ケットシーは自分では食べなかった。


「お腹空いたでしょ? 食べな!」


 召喚士の少年に、焼けた肉を差し出したのである。


「え、くれるの?」


 フリオ少年は、戸惑っていた。


 自分だって、ヨダレをタラッタラ流している。にもかかわらず、ケットシーはご主人に与えようとしていた。


 初めて見る光景である。召喚獣が、召喚士にエサを分けるなんて。


 シチサブローさえ、何が起きたか一瞬判断が追いつかなかった。


「ごめんね。まだもらえないよ」

「どうして? ご主人、出会ったときからずっと、お腹空いていたよね? お金を稼いでお世話になった所長に恩返しをするために、召喚士を目指しているんだよね? 自分はガマンしてさ!」

「そうだけど」

「ご主人なら、試験とか関係なしに食べてもいいんでしょ? ねえ料理人さん?」


 その発想はなかった。


 シチサブローは、協会長に意見を求める。


 協会長は、首を振った。


「いや。ダメらしい」


 召喚獣は、召喚士と感覚を共有している。主が空腹を満たせば、召喚獣も満腹を得てしまう。


「だから、まだ食ってはダメだ」


「そんなぁ」


 ケットシーの、ピンと伸びていたシッポがしおれる。


「けどよぉ、認定試験が終わったら、食っていい」


 シチサブローが言うと、フリオはケットシーに「待て」を行う。


「じゃあさ、試験が終わったら食べようね」


 フリオ少年が言うと、またケットシーのシッポがピンと跳ねた。


「ありがとうね。キミは、ちゃんと『待て』できる?」

「うん! がんばる!」


 ケットシーは、お皿をシチサブローの席まで戻す。目が血走っていながらも、見るだけの姿勢に。理想的な『待て』である。


『なんという師弟愛! なんという友情! 召喚獣が、召喚士を気遣う場面を、我々は見つめています! これほどまでに感動的なシーンが見られるなどと、誰が予想したでありましょうか!?』


 アナウンサーの情熱が籠もった演説に、会場から拍手がわき上がった。


「いいよな、こいつらなら?」


 シチサブローは、黙々と肉を焼き始める。


「負けて悔いなし」


 テルルも、手を出さない。

 試合終了のブザーが鳴った。


『時間経過ーっ! 今回の召喚士試験の合格者は、たった一人! 平民出身のフリオ・ニールセン選手だあああああああああああっ!』




 うおおおおおおおおおおおおおおおおお! と、会場もスタンディングオベーションで、二人の健闘をたたえ合う。


 試合開始時とは反対に、召喚士のガキたちは苦々しい顔をしていた。


 いい気味である。調子に乗っていた彼らには、いい薬だろう。


『とんだ下克上! とんだ師弟愛! とんだ結末が、我々を感動の渦に巻き込んでくれましたああああああああっ! ありがとうフリオ選手! ありがとうケットシー選手! 勝利の美酒は、未成年だって飲んでもいいですよ! おじさんが許しますよおおおおおおおおおっ!』


 これ以上なく、アナウンサーは興奮している。メガネを外し、袖で溢れ出る涙を拭く。


 無理もない。こんなしょうもないテストから、素晴らしいドラマが生まれたのだから。


 いつからか、召喚士は貴族だけが慣れるモノに成り下がった。金に物を言わせて召喚獣を手に入れ、金に物を言わせて育成するゲームに。


 しかし、まだこんなヤツらがいたのだ。無欲で、自分を高めることに貪欲なヤツらが。

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