第208話 奥様の執事


「ルイさん、ごきげんよう」


 レオが別邸に向かったと入れ替わりに、裏口からは、ひっそりとルイが忍び込んでいた。


 前にレオの恋人のフリをした時のように、完璧に女性になりすましてやってきたルイは、笑顔で語りかける結月にむけて、にこやかに返す。


「ごきげんよう、結月ちゃん。話は、レオから聞いてる?」


「はい。ルイさんに任せとけば間違いないって」


「そっか」


 楽しそうな結月に導かれるまま、ルイは、大きめのトランクを手にし、結月の部屋まで進んだ。


 前に来た時は、応接室に通されたからか、結月の部屋に入るの初めてのこと。


 中に入れば、女性らしくも西洋風の内装が目に入って、どことなくフランスの我が家を思い出した。

 だが、懐旧することなく、ルイは重いトランクを床に置くと


「じゃぁ、執事さんのいない間に、とっとと終わらせちゃおっか♪」


 そう言ったルイは、結月をみつめ、にっこりと笑った。








  第208話「奥様の執事」








 ✣✣✣


 結月の母親・阿須加 美結に呼び出されたレオは、その後、別邸に向かった。


 朝は早くから門松を作り、午後からは別邸へ。だからか、今日はあまり結月と話せていなかった。


 執事として、結月に仕えつつも、やはりベテランの使用人が二人も抜けたせいか、その穴を塞ぐのは容易なことではなかった。


 いくら体調を戻したとはいえ、ハードなことにかわりはない。だが、こうして執事として働くのも、残り数日。


 そう、あと数日、執事として振る舞えば、結月を自由に出来る。



 ✣✣✣



「時間どうりですね。どうぞ中へ」


 その後、別邸につけば、玄関先で、メイドの戸狩とがりが出迎えてくれた。


 もう見なれた光景だ。


 なぜなら、レオは結月が餅津木家にいったあと、阿須加 美結の執事になるよう命令されているから。


 勿論、仕えるつもりはないが、計画を気取られぬためにも、今は、従順な執事を演じなくてはならない。


 だからか、別邸の業務を覚えるため、ここには頻繁に出入りしていたし、指導者として、戸狩と会話を交わすことも多かった。


「門松は、用意できましたか?」


 すると、奥様の元に向かう途中、いつものように、戸狩が声をかけてきた。レオは、戸狩の質問に柔らかく微笑むと


「はい。初めて作りましたが、阿須加家に相応しいものにはなったかと」


「そうですか。では、来年から、別邸こちらの門松も、あなたに頼みましょうか」


「え? 私にですか?」


「はい。どの道、になるのでしょう? なら、あなたに頼めば、わざわざ庭師に頼む手間が省けますし」


「……そうですが」


「しかし、新年の準備をするこの時期は、やはり慌ただしいものですね。本館の方は、問題なく進んでいますか?」


「はい。あらかた準備は整いました。あとは、おせち料理の仕込みをするくらいかと」


「そうですか。では、阿須加家のしきたりなど、もう分からないことはありませんね?」


「はい。ですが一つだけ。旦那様と奥様は、元旦に、大旦那様の元に行かれるとお聞きしましたが」


「はい。それが何か?」


「いえ、お嬢様は、ご一緒なさらないのですね」


「あぁ、お嬢様は、ご親戚の集まりにはお連れしないのです。奥様が、結月様と一緒に、親族に会うのを嫌がって……やはり、お嬢様が女の子としてお生まれになったからでしょう。親類縁者からの嫌味を、新年早々、聞きたくはないと」


「…………」


 戸狩の話を聞きながら、レオは心の中で失笑する。


 ちなみに大旦那様とは、洋介の父であり、結月の祖父にあたる方だ。もう90歳を越えるご高齢で、老い先短いと聞く。


 だが、結月は、この阿須加家の跡取り娘でありながら、大旦那様や親族には、ほとんど会ったことがなく、まさに籠の鳥だった。


 屋敷の中に閉じ込められて、誰の目にもふれぬよう囲われた──孤高の小鳥。


 だが、親戚に会わせない理由が、結月が女児として生まれてきたせいにされるのは、甚だ遺憾だ。


 ──コンコンコン!


「奥様、五十嵐が参りました」


 その後、戸狩が部屋の前で立ち止まれば、レオも、それに合わせて立ち止まった。


 扉の前に立てば、燕尾服の裾がふわりと揺れた。すると、それからしばらくして、美結が「入って」と返事をしてきた。


 中に入り扉を閉めれば、美結は一人がけの豪華なソファーに腰かけ、愛猫のペルシャ猫を撫でていた。


 真っ赤なネイルを施した美結の指先が、真っ白な猫の毛並みを撫でる。すると、それから、ややあって


「戸狩、あなたは下がっていいわ」


 そう言って、美結が戸狩を見つめた。


「え、ですが……」


「いいのよ。ちょっと、五十嵐と話がしたいの」


「………」


 二人だけで──そう言われ、レオは表情にださずとも息を呑む。


 わざわざ人払いをさせて、なんの話しをするつもりなのか?


 半ば警戒しつつも、レオがポーカーフェイスを貫いていれば、戸狩が部屋から出ていった瞬間


「五十嵐、こっちにいらっしゃい」


 そう言って、美結が手招きをしてきた。


 年の割に綺麗な手が、まるで誘うように動く。だが、それに不快感を抱きながらも、言われるまま傍によれば、レオは数歩離れた位置で立ち止まった。


 だが──


「もっと近くよ。ここまで来て」


「…………」


 どうやら、までいかなくては、納得しないらしい。


(……なんのつもりだ?)


 更に警戒心を高め、レオは暗然とする。

 だが、執事であるレオに拒否権はなく、命令通り、美結の正面まで進むと、その後レオは、騎士のようにひざまずいた。


 ここまで近づけば、直立というわけにはいかない。ソファーに座る美結よりも下になるよう、レオはかしずく。


 すると、その瞬間、美結の膝にいたペルシャ猫がスルリと抜け出し、細い手がスッと伸びてきた。


 先程まで猫を撫でていた美結の手が、レオの頬に触れる。指先が輪郭をなぞり、強引に顔を持ち上げられば、近い距離で目が合った。


 こうして触れられるのは、二度目だ。


 そして、その瞳は、前よりも食い入るように見つめてくる。


 まるで、舐めるように。


 だが、蛇が這いずり回るようなその視線に嫌悪しつつも、レオは決して目をそらさず、美結を見つめた。


 動揺などしない。今の自分は、執事として振る舞わなければならない。


 そう、例え相手が、殺したいほど憎い相手でも──


「ふふ……ねぇ、五十嵐」


 すると、ひとしきりレオの顔や肌を堪能したあと、美結の口元が、ゆっくりと弧を描いた。


 甘ったるい声が、鼓膜から脳内に入りこめば、嫌悪と不快感が同時に迫り上がってくる。


 だが、その直後──


「あなた、結月のこと、どう思ってるの?」







✣後書き✣

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139554805666681

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