第195話 冬弥の部屋


 餅津木家にて──冬弥の両親との会食を終えた結月は、"離れ"にある冬弥の部屋に向かっていた。


 晩餐をすませた大広間から、少し歩くと、その先には長い回廊があり、その廊下を真っ直ぐに進んだ先に、六角形の小ぶりな建物があった。


 先程いた大きな建物の2階には、冬弥の両親の寝室があるらしいが、どうやら冬弥の部屋は、あの建物から遠く離れたこの建物にあるらしい。


 妾の子として生まれたせいか、はたまた義理の母と部屋を離されているせいか、同じ敷地内とはいえ、両親と離れて過ごす冬弥の姿に、少なからず同情してしまう。


 その姿は、両親に嫌われ屋敷に一人置き去りにされた自分と、とても似ているように見えたから。


「結月さん、さっきは、すまなかったね」


 すると、部屋にむかいながら、冬弥が申し訳なさそうに話しかけてきた。すまなかったとは、先程の両親の会話の事だろう。


「いいえ。ご両親は、あまり仲が宜しくはないのですか?」


「まぁ、そうだな。親父がめかけなんて作らなきゃ、ちょっとはマシだったろうが」


「…………」


「あぁ、言ってなかったけど、俺の母親は、さっきの人じゃない。あれは血の繋がってない義理の母親だ」


「そう……なんですね」


 冬弥が妾の子だということは、執事が仕入れた情報で既に知っていた。だが、結月はあくまでも初めて聞いた体で話をあわせる。


「本当のお母様は、どうされたのですか?」


「出ていったよ、俺を置いて。まぁ、居ずらかったんだろうな。あんなにグチグチ言われりゃ」


 それは、あの義理の母のことを言っているのだろう。口ぶりからするに、冬弥の母親をいびり倒して、あの正妻が追い出したのかもしれない。


(なんだか、可哀想な人ね……)


 妾の子として生まれ、母親には置き去りにされ、更には、その母親を嫌う義母の元で暮らしている。


 その窮屈な状況は、たとえ裕福でも、幸せとは言いがたいような気がした。


 もしかしたら、冬弥にとって阿須加家との縁談は、この窮屈な屋敷を出るための最良の手段だったのかもしれない。阿須加家に婿入りすれば、次期当主として、一番いい形で両親の元を離れられるから。


「結月さん」

「……!」


 瞬間、長い回廊を抜けた先で、冬弥が立ち止まった。建物の中の一角。結月の部屋と同じくらいの大きな両開きの扉の前に立つと、待ち構えていたメイドがその扉を開いた瞬間、冬弥が結月を中へと誘い入れた。


 きっとここが、冬弥の部屋なのだろう。

 それを理解し、結月は小さく息を飲んだ。


 この先、自分は、この部屋で冬弥と二人きりになる。逃げ場などどこにもなく、婚約者と一夜を共にすることになる。


 だが、覚悟はして来た。

 今更、怖気づいたりはしない。


「失礼します」


 柔らかに笑って、結月は中へと入った。


 広い部屋だ。落ち着いた雰囲気のモダンな部屋。家具や装飾品も優美で品があり、ソファーやテーブルも一級品だった。


 やはり父が選んだだけあり、餅津木家に、今どれほどの力と財力があるかは、息子の部屋を見ただけで、すぐに分かる。


 だが、その広い部屋の奥、これみよがしに鎮座したベッドが目に入った瞬間、結月はおもむろに眉をひそめた。


 当然といえば当然だが、ベッドは一つしかなかった。広く優雅なキングサイズのベッド。そのため大人二人が横になっても、十分な余裕がある。だが、やはり、心の奥には微かなかげりが生まれる。


 先日、結月は誰もいない屋敷の中で、レオと契りを交わした。


 豪奢なベッドの中で二人で身を寄せ、一晩中、愛された、あの甘美な夜の出来事は、結月の肉体にも精神にも刻まれ、一生忘れることはないだろう。


 だが、一つ間違えば、あの夜と同じ行為を、今度は、好きでもない男と行わなければならなくなる。


 そしてそれは、何としても避けなくてはならない。


「結月さん」

「……っ」


 瞬間、冬弥が結月に手を伸ばしてきた。まるで、肩を抱き寄せようとでもするように、冬弥の手が、結月の背後に回る。


 すると、結月は、肩に触れられる寸前、スルリとそれを交わし


「まぁ、立派なクリスマスツリーですね!」


 立派なもみの木と、色とりどりの電飾。賑やかに点灯するクリスマスツリーの前まで進むと、結月は無邪気に微笑んだ。


 ベッドに組み敷かれる以前に、冬弥には指一本触れさせないと、結月はレオと約束していた。


 あんなにも過保護なレオのことだ。きっと今頃心配で胃を痛めてるかもしれない。それに、万が一のけとがあれば、レオは冬弥を……いや、餅津木家ごと滅ぼしかねない。


 となれば、なんとしても、レオを悲しませないようにしなくては。


「お部屋にツリーがあるなんて、素敵ですね」


「あぁ、結月さんが喜ぶと思ってね」


「まぁ、私のために? とても嬉しいです」


 結月が、嬉しそうに笑えば、冬弥は珍しく頬を赤らめた。婚約者同士、いい雰囲気を醸し出しているかもしれない。

 するとそこに、部屋の前にいたメイドが、唐突に声をかけてきた。


「冬弥様。入浴の御準備は、いかが致しましょうか?」


「あぁ、もう少し結月さんと話をしたいから、9時頃準備してくれ」


「はい。畏まりました。では、またお時間になりましたら参ります。結月さま。ご入浴の際は、わたくしたちが、お手伝いをさせていただきますので、その際は、なんなりとご命令ください」


「え?」


 瞬間、結月は困惑した。


 入浴のお手伝い──それはつまり、脱いだり着たり体を洗ったりを手伝うと言うことで。だが、そうなれば


(っ……もしかして、レオに付けられた跡、見られちゃうんじゃ)


 身体には、レオが付けたキスマークの跡が、まだしっかりと残っていた。だが、そんな姿を、餅津木家のメイドたちに見られてしまったら──?






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