第181話 餅津木家の思惑

※ご注意※


一部、不快な表現があります。

お気をつけください。


✣✣✣✣✣





「ねぇ、阿須加さん! ここだけの話、もうキスはご経験されたの?」


「え?」


 だが、その後、話は更にセキララなものになって、結月はあからさまに頬を赤らめた。


 なんとかポーカーフェイスを崩さずにいたのに、その瞬間、あの執事との甘く濃厚なキスを思い出してしまったから。


「あ、それは、えっと……ッ」


「きゃー! その反応は、もうね!」


「やだ~、どうでした!? キスのご感想は!?」


「ご、ご感想……っ」


 ズズズッと、興味深々に乗り出してくる学友たちに、結月は改めて、レオとのキスを思い出す。


 幼い頃、教会で交わしたキスは、とても囁かな可愛らしいものだった。


 だけど、8年たって、今与えられているキスは、甘くしびれるような大人のキス。


 時には優しく、時には強引に、攻められれば、経験のない結月は、あっさり呼吸を乱され、キスだけでクタクタにされてしまう。


 ていうか、なんでレオって、あんなのキスが上手いの?


「あ、あの……! ごめんなさい、私の口からは、とてもじゃないけど……っ」


 ──言えない!


 あんな、情熱的なキスをされてるなんて、クラスメイトの前では絶対言えない!!


 だが、そんな結月の反応を見て、クラスの女子たちは


(まぁ、思ったより濃厚なキスをされてるみたいね)


(いつも穏やかな阿須加さんが、こんなに赤くなるなんて! 冬弥さん、なかなかやるじゃない!)


 と、冬弥に関する、別の誤解を抱いているのだった。




 ✣


 ✣


 ✣





「――は、っくしゅ!!」


 一方、餅津木もちづき家が所有するビルでは、ソファーにこしかけ、タバコをふかしていた冬弥が、くしゃみをしていた。


 今日はやたらと冷える。そのせいなのか、はたまた、誰か噂でもしているのかわからないが、さっきからくしゃみが止まらない。


「おい、冬弥。クリスマス前に風邪なんて引くなよ!」


 すると、そのタイミングで、冬弥の兄である春馬はるまが声をかけてきた。


 冬弥より八つ年上の春馬は、のちに父の跡を継ぎ、餅津木グループの次期社長となる男だった。


 今は父の傍で、経営や企画について学んでいるのだが、末っ子である冬弥は、その春馬の仕事を何かと手伝わされ、つかいっぱしりにされることが多い。


 春馬が面倒だといった仕事を代わりに片付けたり、今みたいに暇だから話し相手になれと、突然呼び出されたり。


 まぁ、この人使いの荒さは、末っ子だからというよりは、冬弥がめかけの子。


 つまり、上の兄達と、母親が違うせいもあるかもしれない。


「呼び出したんなら、先に部屋に来てろよ。なんで俺が待たされるんだ」


「そう言うなよ、冬弥。俺は次期社長だぞ。色々と忙しいんだ。それより、マジで風邪とか引いてねーだろうな。クリスマスに結月ちゃんと二人っきりで過ごせるってのに、体調崩したら元も子もねーからな」


「分かってるよ」


 兄に念押しされ、冬弥は、タバコをふかしながら、眉根を寄せた。


 春馬の話は、例の結月とのクリスマスデートの話だ。12月24日の夜、冬弥は結月を餅津木家に招く。


 当日は、ディナーを両親とともにとったあと、冬弥の部屋で二人っきりで過ごすことになるのだが


「冬弥、分かってるだろうが、今度は上手くやれよ。とっとと子供ガキ仕込んで、結婚まで持ちこめ。お前が、阿須加家に婿入りしなきゃ、俺たちの計画も始まらねーからな」


「…………」


 冬弥の横にドカッと腰かけ、同じようにタバコに火をつけた春馬が、笑いながらそういった。


 餅津木家が、阿須加家との婚姻を望む理由。それは、阿須加家が所有する土地を手に入れること。


 ホテルを多数所有する阿須加家は、なかなか良い場所に土地を持っていた。そしてそれは、大型ショッピングモールを手がける餅津木家にとっては、喉から手が出るほど欲しいもの。


 だが、その土地を買いとるとなると、どうしても莫大な金がかかる。そこで餅津木家は、阿須加家に縁談の話をもちかけた。


 冬弥が、阿須加家の次期当主となれば、いずれ阿須加の全ての土地が、餅津木家の物になるから。


 そして、その計画は約8年前。冬弥が12歳の時から、すでに始まっていた。

 

「いいか、この計画は、全てお前にかかってるんだからな。今度は、前みたいにしくじるなよ」


「分かってるっていってんだろ! んなこと言うために、わざわざ呼び出したのかよ」


「そりゃな。出来の悪い弟を持つと、兄ちゃんは苦労するんだよ」


「…………」


「まぁ、もう恋人同士にはなってるわけだし、クリスマスに一晩一緒だって分かってるなら、あっちもだろうさ。いい報告待ってるぜ、冬弥。ついでに、結月ちゃんを抱いた感想も聞かせてくれよ。けっこうイイ身体してるもんな、あの娘」


「…………」


 誕生パーティーの日、結月は赤いドレス姿で訪れた。もしかしたら、その姿を思い出して、そう言っているのかもしれない。


 だが、ケラケラと笑いながら、肩をトンと叩いた春馬に、冬弥は軽く眉をひそめる。


 今はまだ婚約者とはいえ、いずれ弟の妻になる相手に対して、何を言っているのか。その下品な振る舞いには、身内といえど反吐が出る。


 だが、この兄に逆らったらどうなるか。すくなくとも、餅津木家ではやっていけなくなる。それだけは、冬弥だって、よくわかっていた。


「あぁ……もう失敗なんてしねーよ」


 タバコをふかし、少し遠くを見つめながら、冬弥は、ハッキリと答えた。


 もう、失敗なんてしない。


 結月が、餅津木家に入ってしまえば、こっちのもの。屋敷の中なら、もう、あの執事の邪魔も入らない。

 そう、例え、泣こうが喚こうが、もう結月に、逃げ場はない。


(今度こそ、結月を組み敷いて、俺だけのものにする……)


 8年前に、俺を拒絶したことを、とことん後悔させてやろう。


 その体に、たっぷり俺の証を刻みつけながら──…



 

 

 

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