第131話 探偵のお仕事

「おめでとう~!」


 その後、報告を終えると、ルイが盛大に祝福してくれた。


 自分が一肌脱いだおかげで(女装したおかげで)友人の思いが通じたのだ。これほど、喜ばしいことはない!


「それで? 結月ちゃんには、過去のことも、全部話したの?」


「いや、それは話さないことにする」


「え? なんで?」


「結月が好きになったのは、昔の俺じゃなく、執事の五十嵐レオだ。それなのに、昔のことを話して、これ以上混乱させたくない」


「ふーん……まぁ、記憶がない以上、混乱はするのは確かだろうけど、結月ちゃんは、思い出したいんじゃないの?」


「そうかもしれない……でも、無理に記憶を刺激させたくない。それに、話して思い出せなければ、それこそ結月は、思い出せない自分を責めるかもしれない。そんなことはさせたくない」


「相変わらず、レオは、結月ちゃんに甘いなぁ……」


 少し呆れつつも、レオの気持ちを理解したのか、ルイは、その後『話せ』とは言わなかった。


 なにより、思い出せないならそれでもいいと、レオも覚悟を決めていた。


 結月が、また自分を愛してくれた。


 今は、ただそれだけで、十分幸せだから――…



「それで? これから、どうするの?」


 すると、またルイが問いかけてきて、レオは再びルイに視線をあわせる。


 どうする──とは、結月を奪うための計画のことだ。


「まずは、使用人を


「うわ~、怖ーい♪」


 レオの容赦ない発言に、ルイが楽しそうに答えた。


「追い出すなんて物騒だな~。まぁ、邪魔者なのは確かだろうけど」


「使用人がいるかぎり、結月が、あの屋敷を離れることはない。家族みたいに大切にしている人達だからな」


「でも、先に辞めさせた運転手とメイド長はともかく、若い二人は、辞める理由がないんじゃない?」


「問題は、そこだな……」


 真剣な表情でレオが考え込む。


 残る使用人は、メイドの相原 恵美と、コックの冨樫 愛理。

 あの二人は、屋敷を辞めたいなんて微塵も思っていない。


 なにより、あの仕事をやりがいとし、とても充実した毎日を送っている。


「しかも、二人とも住み込みなんでしょ? そう簡単には、追い出せないんじゃ……」


「あぁ、だから、まずは、二人の身辺調査からだ」


「身辺調査? 女の子のことを嗅ぎ回るのは、ちょっとなー。下手したらストーカーで捕まるよ?」


「大丈夫、調べるのはだ」


「え? 男?」


 すると、レオはカバンの中から、メモを取り出した。


 そこには、男性の名前と住んでいる地域。あとは、職場の住所などが書かれていた。


「時間があるときでいい、この男について調べて来てほしい」


谷崎たにざき 雅文まさふみ……この人は?」


「冨樫の元カレ」


「元カレ?……を調べてどうするの?」


「別れた原因をつきとめて、復縁させて、あわよくば寿退に持ち込みたい」


「無茶言わないで!?」


 あまりにもなムチャぶりに、ルイが奇声を上げた。


 寿退社とは、何を言っているのか!?

 いつもにこやかなルイも、さすがに笑顔が引き攣った。


「レオ馬鹿なの!? 結月ちゃんと結ばれて、脳内お花畑になってるんじゃないの!?」


「なってない」


「だって別れてるんでしょ、この二人!?」


「あぁ、先週別れたばかりだ」


「先週!? そんな二人、復縁させるだけでも無理な話なのに、寿退社とか、ありえないでしょ!?」


 これが数年後に復縁するなら、ない話ではないが、別れたばかりの二人なんて、もはや犬猿の仲と言ってもいいくらいだ。


「無茶は承知だ。だからこそ、まずはこの男がどんな男かを調べてきて欲しいと言っている」


「調べても無理だと思うよ。それに、僕に探偵業は向かないよ。こんな見た目してるんだから……」


 呆れつつ、ルイがそういえば、レオは目を細めた。


 確かに、こんなに綺麗なルイだ。目立ちまくるせいか、探偵に向かないのは確かだろう。


 だが、屋敷の業務があり、なかなか自由がきかないレオにとって、今はルイに頼るしかない。


「頼む、お前だけが頼りだ」

「……っ」


 真摯に頭を下げ、頼られると、どうもNOとは言いづらくなる。


 なにより、これが上手くいかないと、レオは、結月を連れて逃げることが出来ない。


「はぁ……わかったよ。その代わり、上手くいかなくても文句言わないでよ?」


「あぁ、わかってる」


 レオから、谷崎のメモを受け取ると、ルイは改めて、それを凝視する。


 まずは、この男の調査から。


 復縁できるかは、その後だ!





 ✣



 ✣



 ✣





戸狩とがり、ちょっときて」


 その頃、阿須加家の別邸では、結月の母親である美結ゆみが、メイドの戸狩を呼び寄せていた。


 美結の身の回りの世話をする戸狩は、とても手際がよく、優秀なメイドだ。


 常に冷静で物怖じしない性格だからか、多少なりと冷たい印象も抱くが、美結自身は、彼女をとても気に入っていた。


「お呼びでしょうか、奥様」


「えぇ……今すぐ、五十嵐を呼び出してちょうだい」


「五十嵐をですか? 一体どのような、ご要件で?」


「そうね……今後のことで、ちょっとね」


 そう言って微笑んだ美結の口許が、不気味な弧を描く。


 こういう時の奥様は、常にそばに居るメイドの戸狩ですら、なにを考えているのか、よくわかなかった。


「かしこまりました。ただちに」


 だが、それをあっさり飲み込むと、戸狩は一礼し、すぐさま電話をかけに向かった。


 そして一人、部屋に残った美結は


「そろそろ、探りを入れてみなきゃね。執事に化けた、復讐者さんに──」


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