第102話 夢と復讐

「にゃーん」


 穏やかな朝、朝食をすませたルイは、和室でルナと戯れていた。


 ルナが来てから、約半年。


 月日が流れるのは早いものだが、ルナとの生活にも慣れ、今では、本当に家族のように感じるようになってきた。


 とはいっても、ルナは友人から預かっている大切な愛猫だ。


 いつかルナとお別れする日が来るのかと思うと、無償に寂しさを感じてしまう。


 ピンポーン!


 すると、突然インターフォンがなって、猫じゃらしが持つ手が止まる。


(こんな朝から誰だろう?)


 そんなことを考えていると、あっさり猫じゃらしをルナに奪われた。


 ルイは、じゃれつくルナに「ちょっと、まっててね」と声をかけると、立ち上がり、玄関へと急ぐ。


 すると──


「あれ? レオ?」

「………」


 そこにいたのは友人の五十嵐レオだった。


 だが、いつもの私服姿ではなく黒のスーツを着たレオは、どう見ても仕事中なのがわかる。


「わー執事さんだー! いらっしゃい! 平日に来るなんて珍しいね?」


「お前のその笑顔、何とかならないのか?」


「あれ~? お客様を笑顔で出迎えて、怒られたのは初めてだなー」


 どうやら、すこぶる機嫌が悪いらしい。

 それに、いつも来るのは、休日の土日のみ。


 それが一変、平日の朝、しかも勤務中にやってきたレオに、ルイは何かしらを察した。


(うーん、これは、かなりストレス溜まってるな)


 その後、レオを家にあげると、ルイは真っ先にルナがいる和室に通した。


 すると、中で寛いでいたルナを見るなり、レオはスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めると


「ルナ!」


 と、自分の愛猫の名を呼び、その後駆け寄ってきたルナをギュッと抱きしめた。


 まるで精神を落ち着かせるかのように、一息つくレオ。それを見て、ルイが話しかける。


「どうしたの? 結月ちゃんに、何かあったの?」


「…………」


 その後、少しばかり深刻な表情をしたレオは、その「なにか」をゆっくりゆっくり話し始めた。









 第102話 『夢と復讐』








 ✣✣✣



「何、その婚約者、最低だね」


 その後、和室の中で、ひとしきり話を聞いたルイは、結月の婚約者の話を聞いて眉をひそめた。


 女の子を酔わせて無理やり手篭めにしようとしただけでなく、それを揉み消し、なかったことにしたのだ。


 しかも、あろう事かそんな男との仲を、レオは取り持たなくてはならないらしい。


「また、色々と辛い立場だね」


「あぁ、なんで俺が、わざわざ、あんな男と結月を……っ」


 ルナを撫でながら苛立つレオは、相当参っているようだった。


 無理もない。


 好きな女の子に、自分以外の男を好きになるよう仕向けろと言われたのだから。


「その縁談、破談に出来ないの?」


「無理だろうな。今の阿須加家には餅津木の財力が必要だ。ホテルが経営不振に陥ってる」


「だから、お金のために娘を結婚させるって? まるで人身御供だね」


「そうだな。でも、結月は親には逆らえない。それに、餅津木にも何かしらの得があるはずだ。子供が出来てから籍を入れるなんて、そんな条件を承諾するくらいだからな」


「……なるほどね。つまり餅津木家としては、早く結月ちゃんとの間に子供を作って結婚したいわけだ。それで、手っ取り早く手を出そうとしたと?」


「あぁ、だから、これから先はあまりここには来れなくなる。今はできるだけ、結月の傍にいてやりたい」


 そう言って真剣な表情で呟いたレオの言葉に、ルイは小さく息をついた。


 つまり、会いに来れなくなるから、それを詫びるために、ルナに会いに来たのだろう。


 結月が学校に行ってる今の時間帯に……


「ルナのこと頼む」


「うーん、僕はかまわないけど、ルナちゃんは寂しいんじゃないかな。それに、まさか休みなしで働く気なの?」


 レオにルイが問いかければ、レオに抱かれているルナはぴくりと耳を動かした。


 まるで、主人を心配しているとでも言うように……


「ねぇレオ。ただでさえ休み少ないのに、これ以上働いたら、ぶっ倒れるよ。だいたい、そんなネタ持ってるならさ、とっととリークしちゃえばいいのに、僕、出版社に勤めてるお友達ならたくさんいるよ?」


「………」


 まるで、甘い誘惑のような、そのルイの声に、微かに心を揺さぶられる。


 翻訳家とモデル。

 二足の草鞋を履くルイだ。


 出版業界にそれなりのツテがあるのは、理解出来る。


 だが──


「いや、大手企業を敵に回すとなると、何かしらリスクが高まる。お前に迷惑はかけたくない」


「……迷惑かけてもいいって言ってるのがわからないのかな?レオは一人で抱え込みすぎなんだよ」


「一人でいい。これは俺にとって、復讐も兼ねてるんだ。そんな俺の復讐に、お前を巻き込むわけにはいかない」


「……」


 瞬間、ルイは悲しげに目を伏せた。


 復讐──その重い言葉に、幼い頃、レオから聞いた話を思い出す。


 レオは今、結月を奪うことで『夢』と『復讐』どちらも、叶えようとしているから。


望月もちづき 玲二れいじさんだっけ? 8年前に亡くなった、レオの本当のお父さん」


「……」


「阿須加家のホテルで働いてたんだよね。それで、この家で一緒に暮らしてた」


 ルイが問いかければ、レオはその後、家の中を見回しながら答えた。


「あぁ……俺は全く気づけなかった。あの時、親父が苦しんでたこと」


 この家には、色々な感情がつまってる。


 喜びも、哀しみも、そして、腹の底から込み上げてくるような、怒りですら──


「結月も親父と同じだ。あいつらに利用されて苦しんでる、俺はもう、二度と奪われたくないんだ」


 自分の"大切な人"を──


 だからこそ、なにがなんでも奪うと決めた。

 心から愛した、大切な大切な女の子を──



「……はぁ、わかったよ。止めて聞くような男じゃないもんね、レオは。そこまでいうなら、もうなにもいわない。でも、僕はレオの味方だから、困ったことがあったら、なんでも力になるよ」


「……あぁ、ありがとう、ルイ」


 ルナを撫でながら、レオは微笑する。


 心強く、そして、温かい、この友人に感謝しながら───

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