第25話 私を……
「これはなかなか、刺激的な小説ですね」
「っ……」
意地悪そうな笑みと共に向けられた言葉に、結月の心は羞恥心でいっぱいになった。
は、恥ずかしい……っ
出来るなら、今すぐ消えてしまいたい!
まさか、こんないやらしい本を読んでいたところを、執事に見つかってしまうなんて……!
「しかし、驚きました。まさかお嬢様が、このような本に、ご興味がおありとは」
「あ、あの、それは……っ」
パラパラと文庫本を捲る執事を見て、結月は耳まで真っ赤にする。心臓は激しく脈打ち、身体は沸騰するかのごとく熱くなる。
「あ、あのね、ちがうの……っ。それは、今日、クラスの人に借りて……それで、あの……まさか、そんなに本だとは思わなくて……でも、読まないで返すのは失礼だし! 感想とか聞かれたら困るし! だから、あの……えっと……っ」
必死で弁解するものの、もはや言い訳にしか聞こえなかった。むしろ、弁解すればするほど読んでいた事実を肯定するかのようで
「あの、ごめんなさい……っ」
結月は、胸の前で、ぎゅっと自身の手を握りしめると
「どうか、お父様とお母様には言わないで!」
「……」
そう言って、まるで祈るように発せられた言葉に、レオは目を細めた。
涙目で懇願する姿は、まるで叱られた子供のようだった。
きっと、恥ずかしさよりも、恐怖が勝ってしまうほど、結月は、恐れてるのだろう。
自分の両親を──
「言いませんよ」
「……え?」
涙目の結月を見つめ、レオは優しく微笑むと、その後、手にしていた本をパタンと閉じた。
「このような本に興味を持つのは、決しておかしいことではありません。特に報告するほどのことでは……」
「……ほ、本当に?」
「はい。むしろ健全な証拠ですよ。ですから、お嬢様が謝る必要はありません」
ニッコリ笑って、報告しない旨を話すと、結月は目に涙を潤ませた。
「……っ、ありがとう」
良かった。両親には知られずにすむ。
結月は、その瞬間、ほっと胸をなでおろした。
子供の頃からずっと、女性らしくあれと、貞淑で品のある女性であれと、厳しく言われ続けてきた。
もし、知られてしまったら、自分は両親の『理想とする子供』から外れてしまう。
もし、そうなったら──
「それで、どう思われたのですか?」
「……え?」
だが、その後、意味のわからないことを問われて、結月はきょとんと首を傾げた。
「ど、どうって……?」
「ですから、お嬢様と執事が、淫らに絡み合うような本を読まれて、どのように思われたのですか?」
「っ……!」
一メートルほど離れていた二人の距離が、突如半分まで縮まった。覗き込むようにして見つめられ、結月は咄嗟に後ずさる。
だが、それより先に後退することはできず、ベッドの前で体勢を崩した結月は、そのままドサッとシーツの上に座り込んだ。
「あ、あの……どうって……っ」
突然、小説の感想を聞かれて、一度収まった羞恥心が再び舞い戻ってきた。
小説の中の二人は、とても愛し合っていた。
お嬢様と執事という身分を超えて、お互いの思いを通じあわせた二人は、それが当然とでも言うように、何度とキスをして、そして……
「ッ──さ、最後まで読んでないので、わかりません!!」
その先の官能的なシーンを思い出し、結月は顔を真っ赤にして、話を逸らした。
だが、そんな結月を見て、レオは再び文庫本に視線を落とす。
(……うまく逃げたな)
確かに最後まで読まずして、感想は語りづらいかもしれない。だが、それでもレオは、半分からかいつつも、結月がこの本を読んでどのように感じたのか、素直に興味があった。
お嬢様と執事が恋に落ちる。
もし、その内容に、少しでも『自分たち』を重ね合わせてくれていたら……
「──お嬢様」
「っ……!」
するて、レオはベッドに座り込んだ結月の前に片膝をつくと、その瞳をまっすぐに見つめた。
一瞬、驚いた顔をした結月。
そんな姿すら愛おしくて、レオは、結月の細くしなやかな手を取ると、その手を、ゆっくり自分の口元まで引き寄せる。
そして──
「お嬢様、私を愛してください」
「……え?」
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