Real VRMMO

平中なごん

Real VRMMO(※一話完結)

「――うぁあっ…!」


 けたたましい悲鳴と血飛沫を上げ、目の前で石畳の上へ倒れ込む屈強な甲冑姿の対戦相手……。


「…ハァ……ハァ……ふぅ…けっこう強かったな……」


 僕は肩で息をしつつ、倒れた姿のまま薄れて消える、名も知らぬ相手を見下ろしてほっと安堵の溜息を吐く。


 この、腕に溜まった乳酸による疲労感と、いまだに残るなんとも言えない独特の感触……精肉加工工場で吊るされた牛肉を切り分ける時もこんな感じなんだろうか?


 僕は、重たい腕で手にした日本刀を顔の前に持ち上げ、鮮血に染まるその刃を満足げに見つめた。


 今、僕の心と肉体には、確かに人を一人斬った感覚がある……だが、これは現実リアルではない。すべては仮想現実バーチャルリアリティ、ゲームの中での話である。


 世のゲーマーのご多分に洩れず、僕は今、このVRMMO(※仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム)の格闘ゲームにハマっている。特に好きなのは刀剣類を使って対戦するやつだ。


 もちろん、この手のオンラインゲームにはRPGやシューティング、スポーツゲームなんかもあったりするが、やはりNPC(※コンピュータープログラムによるノンプレイヤーキャラクター)相手のものよりも、生身・・の敵とやり合う方がお互い緊張感があっていい……。


 今の時代、ゲームといえど、その経験は現実と錯覚するほどとてもリアル・・・である。


 大昔、手に持つコントローラーでやっていた頃はそのコントローラーがアクションで震える…なんて細工がしてあったみたいだが、現在のそれはそんな子供騙しの比ではない。


 今はモーションキャプチャー機能を備えたゲーム用スーツがいわばコントローラーで、例えば、部屋の中で走る動きをすれば、ゲーム内でも自身のアバターが走り、剣を振るう動きをすれば、アバターも同じ速度、同じ強さで剣を振るう。


 そして、ゲーム内で何かに触れれば、その感覚をスーツが再現して肉体に刺激を与えるし、剣で敵を斬れば、その感触もリアルに感じるというわけである。


 ちなみに、実際に得物を持ってやると、現実世界の方で室内の物を壊したりして危ないので、ゲーム内で武器の3DCGを手に取ると、ほんとに握っているかのような感覚を持つだけだ。


 もちろん、視覚的にも頭にはVRゴーグルを着け、画面は360°全天視界の、まるで現実と見分けがつかないCGの画面である。


 これが昔は平面的なモニター画面でやっていたなんて、僕らの世代からすれば信じられないほどに大変驚きだ。


 もっとも、レトロゲーム好きさんのために復刻版が発売されたりはしているのだが……。


 ま、そんなこんなで、昨今のゲームは現実世界と同じくらいにリアルなのだが、実際に肉体を使ってコントロールするために、その負荷や疲労感なんかも現実のものとなんら変わりがない。


 走れば当然、息が切れるし、剣を振るい続ければ乳酸が溜まり、腕が鉛のように重たくなるのである。


 一昔前に〝脳波コントロール〟というシステムが流行った時期もあったが、それではやはり肉体感覚との齟齬があり、作り物感が否めなかったために、よりリアリティを追求した結果、業界はこのコントローラースーツに行き着いた。


 さらに従来の脳波コントロール技術も転用して、VRゴーグルと一体化したヘッドギアによる催眠効果も追加することで、アイテムの重さなんかの錯覚度をより深化させている。


 また、ゲームによっては肉体強化してくれたり、全く現実のそれと関係のないものもあったりなんかはするのだが、その運動能力もそっくりそのままアバターに反映されるものの方がむしろ人気だ。


 そして、この格闘ゲームや戦闘のあるアクションゲームでは、疲労感や負荷ばかりでなく、攻撃を受けた際の痛みもスーツによる電気的刺激とヘッドギアによる催眠効果で感じるようになっている……しかも、リアル・・・にだ。


 無論、本当に怪我を負うようなことはないが、その痛みだけは確かなものである。


 素手で闘うゲームでは殴られたような痛みと衝撃を味わうし、このゲームみたく刀剣類を使うものなら刃物で切られたような激痛が、そして、シューティングゲームでは銃器で撃たれたのと同じ痛覚をプレイヤーも抱くというわけだ。


 そう言われみれば、それを再現するに当たって、もとになったサンプルの刺激データはいったいどうやって入手したのだろう?


 刃傷事件の被害者とか、戦地で撃たれたことのある軍人なんかに協力してもらったんだろうか?


 よくよく考えれば、そういう開発経緯はけっこう謎だ……でも、それくらいに誰からも「偽物だ!」とクレームがこないほどの、極めてリアリティのある痛みということである。


 だから、たかがゲームとはいえ、戦闘を伴うゲームをやるのにはそれ相応の勇気がいる。痛いのが苦手な人間にはまずおススメできない代物だ。


 言葉は悪いがあえて言わせてもらうと、腰抜けチキン野郎は小便チビるから手を出さない方がいい。最早、今のゲームは文字通りにガキの遊び・・・・・なんかじゃない。


 怪我をしたり、命に関わることがないだけで、痛みという点だけでいえば、現実でストリートファイトをしたり、殺し合いの決闘をしたり、恐ろしい怪物を退治に行くのとなんらその恐怖と危険性は変わらないのである。


 まあ、そうした痛みを感じないゲームももちろんあったり、無痛モードにすることもできる仕様にはなっているが、それをするのは小さなガキんちょくらいのもので、そんな生やさしいのをやっていると、やはりゲーマー仲間からは腰抜けチキン野郎とバカにされるし、痛みを伴うものでないとむしろ売れないのが業界の現状だ。


 そのため、さっき言った現実の身体能力が反映されるのとも相まって、現在のゲームでは話に聞いた昔のものと違い、〝ゲームが強い=現実世界でも強い〟という等式が完全なまでに成り立つようになっている。


 それも、〝スポーツ化した格闘技で強い〟のとイコールではなく、まさに〝ケンカが強い〟のと同じ意味合だ。


 例えば、スポーツとしては高いポイントが入ったり、一本取れるような一打であっても、それに相手が耐えてしまったら勝敗は決しないし、直後にカウンターを食らって、むしろこちらが負ける可能性だってある。


 つまり、スポーツ格闘技の技術に優れているというだけではダメで、痛みにも耐えられ、打たれ強くなくては勝者になれないのだ。


 逆に剣道では勝負に影響しないからと、首を横に傾けて面を避け、代わりに肩を打たせる回避法が存在していたりもするが、そんなことをした日には肩口から勢いよく袈裟懸けに斬られ、面を打たれよりももっと致命傷になりかねなかったりもする。


 即ち、〝格闘ゲームが強い=現実にもストリートファイトが強い〟ということになるわけである。


 その特性を活かして、最近では古流剣術や槍術など、真剣で勝負しなければ実力を推し量れない武術流派が、ゲーム内でガチな試合をするようになったという話も聞いたりする。


 まあ、現実の格闘技の強さがそのまま反映されるのは、キックボクシングや総合格闘技ぐらいのものか……それでも反則行為などルールはあるので、やはりゲームにおける勝負の方がよりシビアだ。


 それでも、この傷みを伴うゲームを求めるゲーマーは後を絶たず、むしろ長年に渡っての大人気、今や完全にスタンダードである。


 もっとも、最初に売り出された頃にはPTAやマスコミ他、その危険性や精神への悪影響を声高らかに主張し、反対する人間も少なからずいたが、今ではそんなやつ、ごくごく少数派だ。


 その理由の一つには、こうしたゲームが流行りだしてからというもの、現実世界での殺傷事件や暴力沙汰が減少するという思わぬ副産物の社会的効果があったこともある。


 まあ、実際にそんなことしなくても、仮想現実空間でほぼ同じようなことを行なっているのだ。それが人間の本能的な闘争本能を満たす刺激の代替物となっているのか? あるいは血気盛んなヤンチャクレどもも、罪に問われてまで現実世界でそんなことしなくてもゲーム内でタイマン張れれば満足なのか……確かにオンラインだと、ゲーム内でイキがってるグループ同士がバッタリ出会って即ケンカ祭り…なんてこともザラにあるしな。


 ともかくも、この傷みを伴うゲームはある種のガス抜きの役目を果たし、ゲームの刺激性が強まるのと反比例して、現実の世の中はむしろ平和になっていった。


 すると咄嗟に手のひらを返して「実際に傷みを知るゲームは人格形成の上でたいへん有効な学習ツールです!」なんて主張する教育学者も湧いてくる始末だ。


 ま、実際にそんな効果が出ているのでその意見は至極もっともだとは思うのだが、その変わり身の早さはなんともはや…である。


 なんて、いろいろ勝手なことを偉そうに宣っているが、かくいう僕にしてもそうしたゲームの刺激なしでは生きていけない廃ゲーマーとなりつつあり、こうして毎日のようにオンラインで遭遇エンカウントした赤の他人と擬似的な殺し合いを繰り広げている。


「……痛っ!」


 それまでは何も感じなかったのだが、不意にジンジンと左の二の腕が熱くなってきて、すぐにそれは強烈な傷みへと変わる。


 見れば、動きの邪魔になるからと甲冑のパーツを装備していなかったその部分が、パックリと裂けて真っ赤な鮮血がダラダラと流れ落ちている。


 おそらく相打ちだったのだろう……ドーパミンの影響か? まるで気付かなかったが、どうやら僕もさっき斬られていたみたいだ。


 それが戦いを終え、脳内のドーパミンが減少したことで、今頃になって傷みを感じ始めたらしい。


「くっ……これ以上はちょっと無理だな……今日はここまでか……」


 ドクドクと、脈打つ傷口の擬似的な痛覚は、やはり偽物・・とはとても思えない、耐え難いほどの激痛である。


「フゥ……今日も生き残った……」


 だが、その強すぎるほどの痛みがまたいい……この痛みが〝生きてる〟って感覚を強烈に…現実世界で生活しているよりもむしろリアルに感じさせてくれる。


 このようなゲームをやっていると、戦場で命を賭して闘う兵士達や、古代ローマのグラディエーターの気持ちがなんだかわかるような気がする。


 そうして、リスクを背負って…殊に命をとるかとられるかの極限状態で闘うことは、ある意味、ギャンブルと似ているかもしれない。


 実際に死ぬわけではないけれど、勝てば天国負ければ地獄……ゼロか百か? すべてをこの一瞬に賭ける強烈な刺激には、何物にも代え難い、中毒になるほどの魅力があるのである。


 ……そうだ。これが、本当に命を賭けるゲームだったらどうだろうか? ゲーム内で斬られれば、痛みを感じるだけでなく、命を失うことにもなりかねないのだとしたら……。


 その、本当に命を賭けた闘いは、今以上に刺激的で、蠱惑的な魅力に満ちたものになるのではないだろうか?


 無論、法律上も倫理的にも認められてはいないが、闇ではそうした〝命を賭ける〟ゲームが非合法に行われているという噂も聞く。


 人間は、本能的に刺激を求める存在だ……そして、その刺激にもその内慣れて、さらなる強い刺激を求めるようになってゆく……。


 斬られた左腕の仮想現実バーチャルな傷に熱く焼けるような痛みを感じながら、僕はその命を賭ける非合法なゲームに抗い難い憧れを感じていた。

                                                  

(Real VRMMO 了)

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