第2話 鉄鋼街のコロッケパン 15
「グッ……フフッ……まさかそっちも中和銃を持っているとは思わなかった……迂闊だったよ」
カラスマはうつ伏せになったまま、視線だけを自分の目の前に立っているレンタロウに向けた。
「俺だって、電磁バリアを侵食する中和銃なんて初めて見た……怪我をするつもりは無かったんだけどな……イツツ……」
「わざわざ足を引き摺って俺の元まで来て……狩った獲物の顔でも拝みに来たか?」
カラスマは薄くニヤけてみせ、対するレンタロウは首を横に振った。
「そうじゃねぇ。最後にアンタに訊いておきたい事があったんだ」
「殺した上に尋問か……死者に鞭打つ行為だ」
「まだ死んでないだろ。その減らず口が無くなる前に教えてもらうが、お前、マフってじいさんを知ってるか? 鉄工街に」
「マフ……記憶に無いな」
「そうか……そのじいさんがお前を捜すよう俺に依頼してきたんだが、知らないのか」
「フン……厄介な奴を送りつけてくれたもんだ。しかしなるほど……これが殺し屋に狙われた時の、ターゲットの心情という事か……狙われて初めて知れる事もあるという事だな……グッ! ゲホッ!」
カラスマは自嘲すると同時に、口から赤い鮮血を吐いた。
「お喋りの時間もここまでのようだ……最後に俺の頼みを聞いてくれるか?」
「何だ」
「俺は骸になる姿を誰にも見られたくない。殺しを生業にしてる人間の……最期のプライドだ」
「……分かった」
レンタロウはカラスマに背を向け、ぎこちない動きで歩き始めた。
「……冥土に召される前に、土産を残しておこう」
すると背後から、カラスマの弱々しい声が聞こえてきた。
「俺は一度とんでもないミスを犯した事がある……ターゲットではない民間人を撃ってしまった。あの時は俺もまだ殺し屋稼業を始めて間も無かった」
ヒューヒューと、喘息にも似た息遣いで少しの間呼吸を整えてから、再びカラスマは続ける。
「依頼の期限が近づいていた当時の俺は焦っていた……その焦りと経験の浅さが仇になり……俺はターゲットの人間と青年を取り違えて撃ってしまった。作業着を着た若い青年だった……」
「作業着を着た青年……まさか」
レンタロウはマフの作業場にあった二枚の写真を思い出し、勘づいた。一枚はマフと女性との写真であり、そしてもう一枚にはマフと青年とが写った写真。その写真の青年こそ、マフの息子であり、カラスマが誤って殺してしまったのはマフの息子だったのではないかと。
そうであれば、マフのあの異常な執着心にも合点がいった。
「俺が鉄工街の精肉店で肉を買うのは、なにもあそこの肉が気に入っているからではない……あの場所の近辺こそが……グゥ……俺が唯一過ちを犯した因縁の地だからだ。あの場所で青年は……コロッケパンを食べていた……今でも当時の光景が鮮明に脳に貼り付いて忘れられず……死に際になった今でも真っ先に見えたのがあの光景だった……フッ……一生もののトラウマとはよく言うが、これがそうなのかもしれないな」
カラスマの声はどんどんか細くなっていき、その声からも後悔の念を伺う事が出来た。
「お前の誤って射殺した青年っての……それがもしかしたらマフじいさんの息子だったのかもしれんな」
「息子……クックク……なるほど、そういう事か。息子を殺した俺が、親父の差し金に殺される……見事な復讐劇が成り立ったという事か。ならば俺がここで死ぬのは……妥当という事なのだな」
カラスマは口元に笑みを浮かべる。今まで自分が与えてきた全ての事象が、自らの身に返ってきた。その事を最期に理解出来たことが嬉しかったのだ。
「自分の生き方は自分に返ってくる……それが分かっただけでも……俺の人生に意味はあっ……た……」
そして、カラスマの声は完全に途切れ、聞こえなくなった。
レンタロウは一度足を止めたが、しかしカラスマの最後の意思を尊重するため、振り返りはしなかった。
それから再び怪我をした部位を庇いながら、ぎこちない動きで歩き、墓場と呼ばれる旧団地群から遠ざかっていったのだった。
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