1章 秩父

1. 京香の誘い

 翌日、いつものように当校した真姫。


 フルネームを「分梅ぶばい真姫」というこの少女は、いつものようにバイクで当校し、駐輪場に愛車を置いた。


 東京都立府中ふちゅう本町ほんまち高校。

 府中市の名所とも言える大國魂おおくにたま神社、そして競馬で有名な東京競馬場にほど近い場所に建つ、その高校は、どこにでもある公立高校だったが、真姫は「バイク通学」が出来るということが、この高校を選んだ理由の一つだった。


 400ccまではバイク通学が認められている、この高校。


 基本、面倒臭がりで、電車通学なんてかったるいと思っている彼女には、その方が良かったし、免許取得までは、原付で通っていた。


 その彼女のバイクの横には、ホンダの有名なスクーターがあった。白い車体に流線形のボディが目立つ、そいつはホンダ PCX150。爆発的に売れている、ホンダのベストセラー的なスクーターだ。


 その持ち主が京香だった。


 というよりも、原付はともかく、それ以上の、つまり125cc以上の「バイク」でわざわざ通学している生徒は、真姫と京香くらいしかいなかった。


「はろはろー、真姫ちゃん。バイク、慣れた?」

 休み時間に、わざわざ真姫の教室まで遊びに来た、京香が、独特の挨拶で声をかけてきた。


 身長162センチくらい。丸っこい、愛嬌のある顔立ちで、眼も丸くて大きい。ショートカットの髪を少しだけ茶色く染めている。明るい表情を見せる、年頃の女子高生らしい少女だ。


 それが彼女、矢崎やざき京香。

 真姫とは、同じ中学出身の腐れ縁で、今でこそクラスが違うが、かつては同じクラスで、仲が良かった。

 もちろん、クラスが分かれた今でも仲はいいが、ほとんど京香が一方的に真姫に構っている感じだった。


 京香の家は、府中市内にある、中華料理屋で、そこの配達をやらされている関係で、彼女は16歳になった春に、速攻で普通二輪免許を取得し、普段は店での配達はスーパーカブを使っているらしい。


 つまり、真姫よりもバイクに関しては、「慣れて」いる先輩だ。


 元々、原付に乗っていた真姫は、この京香に勧められて、何となくバイクに乗ることを決め、普通自動二輪免許を取ったのだった。


「京ちゃん。私、まだ免許取ってから、1か月経ってないんだよ。相変わらずいきなりすぎだよね」


「んなことないって。『習うより慣れよ』だよ。バイクなんて、走ってりゃ、そのうち慣れるって」


「いや。まだ怖いけどね、私は。交差点とか、いきなり車出てくるし、ウィンカー出さない奴も多いし」


「それなー」


 休み時間のわずかな時間でも、絡んでくる京香。どちらかというと、一人を好む、クールで落ち着いた雰囲気があり、言い換えると「女子高生らしくない」、達観したところがある真姫には、少ない友人の一人だった。


「まあ、大丈夫だよ。私ががっつり走らせてやるって。秩父行って、わらじカツ丼食って、バズってるところ行って、SNSに上げよう! この京香先輩に任せなさい」


「何で上から目線だよ」


 そんな京香の様子がおかしくて、つい微笑んでしまう真姫。

 内心では、まだまだバイクに乗るのが「怖く」て、全然スピードすら出せていないのだった。


 その時、次の授業を知らせるチャイムが鳴り響く。

「んじゃ、そゆことで。よろよろ~」

 相変わらず、独特の明るい挨拶と共に、風のように去って行った京香を見送りながらも、真姫は頬を緩めていた。


(京ちゃんは相変わらずだなあ。まあ、いいか。バイクに慣れてる京ちゃんが一緒なら)

 一応は、バイクに乗っている時間が長い、京香のことをそれなりには信頼していた真姫。


 まだバイクを買ってから、ほとんど距離は走っておらず、走っても近場ばかり。

 ほとんどコンビニやスーパーへの買い物くらいにしか使っていなかった。


 まだまだ、バイクのことを知らない真姫の初めての「旅」がようやく始まろうとしていた。

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