第十話 戸惑い
あの後、ユーリに声を掛けてくれたお陰で動くことできるようになった僕は彼女の背中を追い訓練場へと戻ってきた。
そのことにまだここへ残っていた生徒たちは驚いていたが、こっちはそれどころではない。
先ほどあんな醜態を晒したというのに――彼女はそんなことなんてなかったみたいな態度であまりにも普通な彼女の様子に僕はどうすればいいのかで頭がいっぱいだったからだ。
あれだけ息巻いて語った過去や内心のことをああもいい笑顔で笑い飛ばされてしまったのは始めての経験で、当然恥ずかしいという気持ちもある。
しかしそれ以上に僕を混乱させたのはさっきから無意味に上がる顔の熱だ。そのせいか彼女の話が全然耳に入ってこない。
「ちょっと」
「ッ!?」
顔、近っ……!
ボーっとしていた視界に突然現れた彼女の顔。
驚いてばっと身を引く。
手は自然と顔の前に掲げられていた。
「何その反応、こっちの話ちゃんと聞いてた?」
「す、すいません!」
不味い……ッ!
意味の分からない焦りが浮かぶ、でもどうしようもなく今の僕はこの顔を見られたくないと思ってしまう。こんなことどうだってないことのはずなのに――彼女に知られてしまうのではないか?――そんな自分でもよくわからない、漠然しか思考が無意識に体を動かす。
――何を知られては不味いのか?
脳の片隅にある冷静な部分がそう問いかけるが答えは出せない。
そのくらい、僕の思考はほとほと無様に成り下がっていた。
咄嗟の行動にいぶかしむが彼女だったが、大したことではないと思ったのかそれ以上何かを言うこともなく顔を放す。
「何? さっきのことなら気にしてんの?」
「そ、それは……まあ……」
「意味なし!!」
叱責――ともとれるそれに僕は体を強張らせる。
「いいこと、あんたにちょっと重い過去があろうがそれを私は気にしない。だからあんたも気にする必要はないの、わかった?」
そっ――、
「……そうそう、切り替えられるものじゃ、ありませんよ」
頭の中で言おうとした言葉を、苦しくても声に出していた。
黙るのは卑怯な気がしたからだ。
少なくとも真正面から向き合おうとしてくれる彼女に対して、例え弱音でもきちんと言葉にしなければならないと感じたからだった。
「切り替えなさい!」
「……いや、出来ないって言ってるじゃないですか」
でも、流石にこれは無理矢理が過ぎる。
そりゃ幼い頃から比べれば立ち直るのには時間は掛からないようになったがそれでもこの短時間でそれをしろというのはいくらなんでも無茶というものだ。
少しだけ、時間が欲しかった。
せめて頭を整理するための時間が。
「あっそう。だったら――」
しかしそんな僕のなど彼女には関係なかった。
いや関係があるからこそ容赦がなかったというべきか。
「――考え事なんて出来ないくらい、追い込んでやろうじゃないの!!」
彼女はそう言い放つやいなや「――《焔緋刃》!!」と叫び、周囲に得意の炎刃を展開させた。それも手合わせの時に見せた枚数を越え、両の手の指と同じ十。背に浮かぶそれは翼かはたまた赤い爪かと見紛う偉容。
その存在と彼女が口走った言葉の意味に、ここ最近馴染みとなった冷や汗が背中を撫でる。
それは僕の背後で様子見をしていたユーリも同じなようで……。
「おいおいおい何やらかす気だ大将聞いてないぜこんなの危ないなんてもんじゃねぇ今すぐ」
「問答無用!!」
「逃げろお前ら巻き添え食らうぞ!!」
警告を言ったか言わなかったかの間に既に彼女は行動を始めていた。
号令と共に舞い踊る炎刃。
まるで鳥のように空から襲い掛かり猟犬の群れのように統率のとれた攻勢が広い訓練場を蹂躙しだす。
これには周囲にいた戦闘系魔法士たちも面を食らって慌てたように逃げ出す。
中には面白そうな顔をして迎え撃とうとする奴もいたが自慢の魔法が簡単に蹴散らされるのを見て顔色を変えて遁走している。
そしてそれは当然、僕たちを中心に巻き起こっていることなので……。
「うぉおおかすっったーー!!」
「頭だ屈め!!」
「てぇあぁああ!!」
もう、それはもう大変なことになっていた。
四方八方から突撃してくる炎刃をほぼ反射で回避し、体を動かせるだけ動かして何とか直撃を食らわないように立ち回る。
てかこれ急所とか構わず狙って来てるぞ!?
「戦いの準備に手こずってるようじゃ、肝心の本番で実力を発揮出来ないでしょうがーーー!!」
「だからってここまでするか普通ーーー!!」
「というか俺はよくね!? 巻き込むなよネルスこらっ!!」
「そんなこというな仲間だろ!」
「この後に及んで言うことがそれかぁあああ!!」
「余裕がありそうね! だったらもっと激しく行くわよ!!」
「「勘弁してくれっ!」」
それからしばらく訓練場には僕らの悲鳴と彼女の高笑いが響いたたいう。
これは騒ぎを聞き付けた教師が来るまで続き、その日は訓練場の使用が禁止される結果となってしまった。
ただ、お陰というか何というか、頭を悩ませていた原因不明な不調はどこかにいってしまっていた。
手段については言いたいことはあったけど、それでも僕のためにしてくれたことに何というか、暖かいような歯痒いようなものを感じて。
教師と言い合いをしている彼女を横目に見ながら、その名前のつけられない感情に思いを巡らしていた。
◇
さて、朝から色々あったものの時間はそれほど経っておらずもう少しで昼食時といったところ。
一足先に食堂に来ていた他の生徒たちはもう噂になっているのか、それとも事情がどこかから漏れたのか、遠巻きに視線を向けてくる中で僕たちは端の方のテーブルに陣取っていた。
「ふう、全く頭の固い教師め。あんなもんで警告出すなんてやり過ぎよ!」
「いや、やり過ぎはそっちでしょう」
「何よこの諸悪の根源が。あんたがうじうじしてるからやっただけでしょうが」
水の入ったコップを持ちながらその手でこっちを指差すレイシア。絶対に違うのにそう言われてしまうと罪悪感を抱いてしまうのは傷が開き掛けた影響だろうか。
「それは……すみません」
「はい暗い! やめてよねそういうのもう」
「私が気にしないっていうんだからもういいの。だから謝るのはやめなさい」
禁止! 私に謝るのは禁止よっ!――そういう彼女の勢いに押されるようにして思わず頷いてしまった。
それに満足したように見せる笑顔はやはり、どこか惹かれるものがある。
「はい! じゃあこの話は今後しないこと! それより試験での戦い方のことを話しましょ。これまでのことを私なりに纏めたからちょっと見てちょうだい」
そうしてどこから持ってきたのかペンとインク壺をテーブルに取りだし、そこに紙を広げる。
「いや、こんなとこで話すのは不味くないですか?」
「そうだぜ、どこで野郎の手下が見てるか分かったもんじゃねぇし」
前を歩いていくからついてきたけれど、それなら別の場所で話すべきだろう。
しかしそんなことは既に折り込み済みとでもいうようにドヤっとした顔をするレイシア
「ふふん。そのくらい何てことないわ」
そうしてペンを軽快に動かして描き出していく絵図に僕らは驚きを隠せず二人して目を見開くのだった。
何故なら――
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