第七話 ひとまずはこれで
「ほら水だ、飲めるか?」
「すまん……助かる」
差し出された皮の水筒を受け取り礼を言う。
正直あまり気分が良くなかったからこの気遣いはありがたい。
僕の手が震えていたことにこいつは気付いているだろうに、何も言わないでいてくれている。
暫く僕たちはお互いに無言のまま、荒らした地面で汚れぬよう訓練場の片隅で座り込んでいた。
「ごめんなさい、大丈夫だったかしら?」
「……まあ、はい」
そこに心配そうな面持ちのジェイド先生がやってくる。
この人のお陰で助かったのだが素直な返事は出来そうもない。さっきまで命の危機にあったのだ、そうそう立ち直ったりするのは難しい。
「あーその、ごめんね?」
そんな僕に思ってもなさそうな声で謝ってくるのは先程僕に穴を開けかけた本人。頭に手を置きながら目を逸らしている姿からは反省している様子は見えない。
「……本当に悪いと思ってます?」
「失礼ねっ!? 確かにちょっとやりすぎちゃったけど仕方ないでしょ戦いだったんだから!!」
いやそれはなくね、こっちはあわや大惨事になるところだったんだぞ?しかもあくまでこれは実力を見るための手合わせだったはずでそこんとこ無視すんなよ。
しかしそんなことを言ったところで理解してくれるとは限らないのを僕は学んでいる。必要なのは寛容さだ、自分に優しくなるために相手にも優しくなろう。
それにここで臍を曲げられてチームに入れて貰えないのも困る。見つからない仲間を探すのは嫌だ。
「……で、僕はお眼鏡に叶いました?」
「まあ、及第点ってところかしら」
やめろその上から目線、別に許したわけじゃないだぞこっちは。
でも僕は黙ろう、夢のために我慢ができる男になろうじゃないか。このくらいのことに腹を立ててもいいことないって分かってるからな。
「じゃあチーム結成ってことでいいですね?」
「まだよ」
「え?」
これで話は終わりだなと、そう思っていたところに待ったを掛けるレイシア。他に何か確認するところなんてあっただろうかといぶかしむ僕を他所に彼女の視線は横に逸れる。
「まだそっちの奴とやってないじゃない」
「え、俺?」
その好戦的な目で見られていたのは可哀想なことに友人であった。
哀れな友人は僕がやった手前ここで断ることができないと察して顔を青ざめさした。ぶるぶると体を震わせた後、冷や汗を流しながらやけくそ気味に立ち上がる。
「や、やってやんよーーー!!」
格好だけは勇ましいユーリ、訓練場へと向かう背中に哀愁が見えるのは僕だけか。
「最強目指してんのがお前さんだけだと思うなよッ!!」
「なら……見せてみなさい、あんたの実力を!!」
――そうして二人は開始の合図も待たず戦い始めるのだった。
その結果は……あえて語るまい。
とにかく、僕たちは彼女のチームとして認められることとなった。
満足げな彼女に困ったような顔をした先生が今日はここまでとし、各々解散を宣言し訓練場を後にした。
お互いふらふらになり覚束無い足取りの僕ら。
その日はもう授業どころではなく、部屋に帰るまでぼんやりとした思考は続いた。
ベッドに横になった瞬間眠気が襲い、意識が遠くなっていき……――
◇
「――うぉおおお……!!」
――そして翌日、僕は訓練場を転がっていた。
何ということもない、ただレイシアの攻撃を避けようとして蹴っ躓いていたからだ。
「ちょっと! 何してんのよ!!」
「五月蝿い、こっちは本気でやってる!!」
「それが本気のわけあるかーーーッ!」
試験に関するルールが正式に公布され、その内容に生徒たちが混乱しているのを他所にさっさとチーム申請を済ませた僕たちは、早速試験に向けて練習を初めていた。
とはいえ僕らは対戦相手のことについては判明している分、それに向けた戦い方をすればいいわけで。最初に如何にしてガルドロフを仲間と孤立させるかを話していたのだが、その時レイシアがおかしなことを言い出したのである。
『ねえ、ネルスとか言ったわよね』
『はい、というか昨日名乗りましたよね僕?』
『ちょっとそこらへん走ってみてくれない?』
『話出来てます僕?』
まあ断ることでもないので軽く走ってみたのだが、何か気に障ったのかいきなり魔法で攻撃してきたのである。
これを避けるために地面を転げていたというわけだ。
「――遅すぎるんですけどっ!!」
そして言うことにかいてこれである。
こっちはただ言われたことをやっただけだというのに酷い仕打ちだ。
「鈍足で悪いかっ!? 足の遅さが魔法士にとってそんなに問題か!!」
「大有りよこの馬鹿!! 昨日みたいなことになったら避けれないじゃないのよ!!」
確かに彼女の言わんとしていることは分かる。
僕は実は目も当てられないほど足が遅い、ちょっと跳んだりはできるのだがどうにもそれが限界。
昨日彼女にやられたように貫通力の強い魔法であれば僕の用意した防壁など意味を成さないと言いたいのだろう。
それは当然の懸念だ、しかしそれは僕が一人の場合に限る。
「そのためにそこの風使いが要るんだろうが!」
地面に踞りながら彼女の後ろを指を指す。
しかしそのユーリには目も向けず、
「出来るか!! こいつが使えるのはボール一個だけでしょうが!!」
と大きな声で否定した。
「わーお俺すっごい低評価」
「黙ってなさい!!」
貶されたにしては軽い調子の友人に辛辣に対応するレイシア。ユーリは魔法で風の球体を生み出すことができるがその数は一つと手数に乏しい。威力と速度はそこそこだが大きさも頭と比べて少し大きいくらいなのでそこが不満なのだろう。
彼女は頭を振り回し、髪を掻き乱しながら絶叫するように声を張り上げる。
「これじゃあ私の作戦が台無しじゃない!! 昨日必死で考えたガルドロフの陣営ボッコボコにする作戦が!!」
「ちなみにどのくらい考えたんだ?」
「三分!」
考えたって言わんわそんなもん。
「なあユーリ、今からでもチーム移籍を考えないか?」
「まあ待てよネルス、この際内容も聞いておこう。というわけでリーダー作戦の内容は?」
「バッ!とやってバーッ!とやってバン!!よ」
「俺ちょっと人余ってないか探してくるわ」
「頼んだ」
「行くな頼むなこの馬鹿どもが!! これでどうやって勝てっていうのよ!?」
あまりにも抽象的な作戦にどういうものか想像することもできず、これなら別の人と組んだ方がマシであると判断した僕たちに罵倒を浴びせる彼女も同じく問題児であることは言わないでおこう。話が横道にそれてしまうからな。
「そうはいってもだレイシア、僕たちはこれしかできないしそれで勝負するしかないんだぞ? なら出来ることで戦おうじゃないか」
「だからどうやってよ? 言っとくけど私が考えた作戦を越えるものなんてそうそうないわよ」
「まずは試合開始と共にガルドロフへ全力しよう」
「話聞いてる?」
少なくともお前よりはな。
ただ意図的に無視しているだけだ。
「これに対して相手の行動は主に二つに分けられます。
つまりガルドロフ本人が対処するか、その仲間が対処するかだでしょう」
もしガルドロフが対処するならその隙を彼女が突き一対一に持ち込みつつ取り巻きを僕らで引き離す、仲間なら三対二の優位で速攻で脱落させる。
「幸いなことに僕らは全員中遠距離での攻撃手段を持っている、この長所を活かした作戦を考えるべきだと思いますが」
「うぅん……」
「不満ですか?」
「何か卑怯臭い」
じゃあどうしろってんだよ。
「でもよう、即興チームであれこれやろうってのもどうかと思うぜ? どうせ本番なんて予想外のことが多いんだし、いくつか決め事して後は流れでって方がいんじゃね?」
「それも言えてるけど……」
そんな風に話し合いをしているところで、僕らがいる訓練場に近づく足音が聞こえてくる。そちらの方へ視線を向けてみれば――
「――何だ、こんなところに居やがったのか卑怯者がよぉ……」
――そこには取り巻きを連れた目付きの悪い茶髪の男。
ガルドロフ=バーンリングスが不遜な態度でこちらを見下していたのだった。
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