第25話 久しぶりの「お願い」
今日は朝から大変でした。
アルチーナ姉様の婚約パーティーが近付いて、その時に着る私のドレスも仮縫いまで進んでいて、午前中はそれで潰れました。
仕立ての業者は、さらにお母様のドレスの打ち合わせをするそうです。
大変ですね。
……私も大変でしたけれど。
どうやら少し身長が伸びていたようで、お針子さんたちが深刻な顔で話し合っていました。そんなに大変なことなのかと緊張しましたが、どうやら今後も身長が伸びる可能性を考慮していたようです。
肉付きもほんの少しだけ良くなっているそうで、デザインを少し変えてみようかとか、微修正をしやすい仕立てにしておこうとか、いろいろ考えてくれていました。
私はよくわからないので全面的にお任せですが、それでも疲れました。
「お嬢様……じゃなくて奥様。お飲み物を用意しましょうか」
「そうね、お願いするわ」
ネイラの提案は魅力的で、私はすぐに飛びつきました。
でも、ネイラが部屋を出ようと扉を開けた途端、廊下を緊迫した様子のメイドが走り去るのが見えました。
「……今のはお姉様付きのメイドね。何かあったのかしら」
「気になりますね。お飲み物を用意するついでに、探りを入れてきましょう」
思わず戸口で二人でメイドを見送ってしまいましたが、ネイラが慣れたようにそう言った時。
「あら、エレナ。いいところで会ったわね」
廊下の向こうから、お姉様が現れてしまいました。
今日も大変にお美しく、でもとても不機嫌そうなお顔をしています。
でも、私が気になったのはお姉様のご機嫌状態ではありません。今日は昼ごろ出かける予定と聞いていたのに、アルチーナ姉様は外出用の服ではありません。やや気楽な普段着のままです。
「今日はお出掛けすると聞いていたのですが」
「やめたわ。気が乗らないから」
……あ、なるほど。
あのメイドは、外出が中止になるかもしれないことを知らせに行ったのですね。
馬車の支度はできているでしょうし、お弁当ももうバスケットに詰めている頃でしょうから、今頃大騒ぎになっているに違いありません。
それにしても、珍しい。
今日はいい天気だし、今日のドレスはお気に入りのものが選ばれていたし、お姉様の金髪はいつにも増して甘く輝いています。お姉様が不機嫌になる要素はありません。
それに、今日はお姉様のお友達との集まりだったはず。嬉々として出かけると思っていたのに、急にやめると言い出すなんて。
一体何があったのでしょう。
「あの……もしかして、体調が良くないのですか?」
「違うわよ。今日は晴れすぎているから、嫌になっただけ。天気が良すぎると、ヘラヘラするばかりのおバカな子たちの顔が見えすぎるのよ。考えただけでうんざりするわ」
ふん、と鼻先で笑われてしまいました。
……えっと、まあ、お姉様がお元気なら、それはそれでいいことです。
でも。お姉様は今日会う予定の人たちとは仲がいいと思っていたのですが、実はそうでもなかったのでしょうか。
「では、せっかくバスケットに色々詰めていますから、昼食はお庭で召し上がるのはいかがですか? お花が咲いてきれいですよ」
お姉様の後ろで気落ちしているメイドたちに気を使ったのか、ネイラが明るい声で提案をします。
それを聞いて、メイドたちの目に輝きが戻りました。
今日のバスケットの中身は、力作のようですね。
「いやよ。明るすぎるところは嫌って言ったでしょう? バスケットはあなたたちで処分していいわよ」
「でも……はい、かしこまりました」
メイドたちはまたガッカリとしてしまいました。
朝から頑張ってくれた料理人やメイドたちには気の毒ですが、お姉さまが嫌だと言い出したら、もうダメです。
あとでこっそり労ってあげましょう。
密かに決意をしていたら、アルチーナ姉様は私を見つめ、ポンと手を叩きました。
「そうね、そんなに気になるなら、エレナが代わりに行けばいいのよ!」
「……え?」
「あなたが出掛けるなら、お弁当は無駄にならないじゃない。あ、でも、あの子たちとのお茶は無視していいわよ。一緒にいても本当につまらないから。それから……そうだわ! ついでに四つ葉のクローバーを探してきてちょうだい。なんだか急に四つ葉を見たい気分になったわ。馬車もあるから遠出もできるでしょう? 郊外のリンドール公園がお勧めよ。ね、いいわよね、お願いね!」
……え?
もしかして、私が出掛けることになったのですか?
メイドたちは確定したように動き始めています。
おかしいですね。お姉様が出掛けるはずだったのに、なぜこういう話になったのでしょうか。
確かにいろいろ無駄にならずに済みますが。でも……!
……あきらめましょう。
久しぶりに、アルチーナ姉様の「お願い」をいただいてしまったのですから。
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