第13話 グロイン侯爵と騎士たち



 まず目に入ったのは、色鮮やかなマントでした。


 様々な色や模様がずらりと並んでいて、思わず目を奪われました。マントの種類と同じ数の視線が私に集中していることに気付いたのは、少し後になってから。


 室内にいたのは、廊下にいた人たちよりさらに威圧感のある騎士様ばかりでした。背が高くて、体が分厚くて、自分がいつもより小さくなった気がします。

 数歩入ったところで立ち尽くしていると、ハーシェル様がズカズカと前に出てくれました。


「滅多に本部に出て来ない顔まであるじゃないか。急に雑務に目覚めたとは感心だな」

「うるせぇぞ。俺たちだって、やる気が出る時もあるんだよ」

「それはいいことだ。だが、キアシル殿とグィド殿は少々酒臭いな。飲んでいたのにわざわざ駆けつけてきたのか?」

「はん、このくらいどうってことないな」

「それはいいことだ。せっかくだから、溜まっている書類を片付けていってくれ。文官たちが泣いて喜ぶぞ。だが今はむさ苦しすぎる。さっさと退きたまえ!」


 ……確かに、二人ほどマントがくしゃくしゃの騎士様がいますね。

 それに、よく見たら半分ほどは騎士隊服の着方が雑です。ボタンがずれていたり、紐の結び目が偏っていたり傾いていたり。無精髭が伸びている人も、髪が乱れている人もいます。

 全身が隙なく整っているのは、ハーシェル様以外は一人か二人というところでしょうか。

 そんな騎士様たちが、渋々といった顔で左右に分かれました。


 視界が一気に広がりました。

 そしてようやく、グロイン侯爵様が大きな執務机の向こうに立っているのが見えました。


「あ、あの、貴重なお時間をいただきありがとうございますっ!」

「それは構わない。申し訳ないが、今、副官も従者も出払っている。何ももてなせないことをお詫びする」

「そんなことは気にしないでください! 急にお邪魔してしまったのはこちらですから!」


 私はひたすら恐縮してしまいます。

 侯爵様は何か言おうとしたようですが、口を閉じて目を部屋の隅へと動かしました。その動きを察したのか、ハーシェル様が椅子を運んできてくれました。


「硬い、硬すぎるなぁ、オズウェル。何日ぶりかの奥方との再会だろう? 我らは退散するから、ゆっくり話をしたまえ」


 おい、君たちも行くぞ。

 ハーシェル様はぞんざいな口調で騎士様たちを扉の外へと追い立てていきます。

 びっくりして見送っていたら、自身も室外へと出たハーシェル様が振り返り、私に笑顔を向けてくれました。


「盗み聞きはさせないから、安心してください。それから、オズウェル。私の従者にお茶を準備させようと思うが、いいだろうか? ついでにピューリスかフリードの部屋から、気の利いた菓子も奪ってくる。だから、しばらくは絶対に奥方を引き止めておけよ」

「ああ、わかった」


 グロイン侯爵様が頷くと、ハーシェル様は「ごゆっくり」と言いおいて扉を閉めました。

 そう言えばルーナの姿もありません。彼女も外にいるようです。

 廊下からはまだ何か騒がしい声が聞こえますが、部屋の中は急に静かになりました。



 机の向こうの侯爵様は、まだ立ったまま。

 侯爵様と用意してもらった椅子を何度か見てから、おずおずと座りました。すると、待っていたかのように侯爵様も座ります。

 少しほっとした時、侯爵様が口を開きました。


「お会いするのは十日ぶりくらいか。お元気だったか?」

「は、はい。侯爵様は、遠い地への視察があると聞きました。その、ずっとお忙しかったのでしょうか」

「出発まで日数が迫っているから、それなりには」

「そうですか。……どちらまで行かれるのか、伺ってもいいですか?」

「北東の砦だ」

「北東……?」


 王国の地図を思い浮かべます。

 王都から北東方向にある砦と言えば……。


「ロイバス砦、でしょうか?」

「よくご存知だな」


 意外だったのか、侯爵様は褒めてくれました。

 でも私は一人で気まずくなっていました。……地理の勉強はアルチーナ姉様と一緒にしましたから。


 いけない。いけない。

 侯爵様がせっかく気を遣ってくれているのですから、会話を途切れてはいけないのに。

 私はひどく緊張しているようで、何を話せばいいか、すぐには思いつきませんでした。

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