第11話 遭遇・5

「流石にギフトは使わないほうがいいかしら」

「そだね!これは被弾しちゃうと思うから、的は教官が最適!」


 腕を切り落とすと、黒い体液をまき散らしながら苦しむように震えだす。切り取られた手はすぐに消えてしまい、地面には一滴の染みも残らない。

 二人はなんとなく、お互いが女のレムレスと出会った時にうまく動けなかったことを思い出していると分かった。その直前に報連相が大事だと教官に教えられていたにも関わらず、自分一人で考えてドツボにはまりそうだったことを考えていた。

 今はごく普通に意見を交換しながら戦っている。相手の死角に入り込む腕を切り、背後は相手に任せる。


 大きいのが来る、教官を援護、そっち狙ってる、ちょっと移動しよう。


 絶え間なく生じる攻撃と変化する状況、そのために割く思考と適切な行動を二人で分割しているような感覚を全身で感じながら、エルデはふと思い出した。

「そうだ、さっきの女性のレムレス。医者の彼女を探しているって」

「あ!教官!多分このヴォイド女性です!この村に残った闇医者!かは知らんけど」

 言われて見れば、クラシカルな闇医者のイメージに近い手術室である、と眞紅は感じた。

「なるほどね。もっと人を救いたかった感じ?

 でももうあんた死んじゃったんだよなぁ」

 眞紅はアミティエの言葉から推理して煽ってみた。すると、目にも止まらぬ速さで一本の腕が飛んできた。

 慌ててアミティエがカバーして受け止め、それをエルデが斬った。


「ありがとー教え子達よ!……減ってるな」

 クレイドにまとわりついている腕の数が減っている。彼の足元にはじわじわと炎が広がり始めており、コアも妖しく光っていて大技の準備が整っていると分かった。

「……医者が死んだって知って祈っちゃったんだろうな、その人。

 強く、強く……ヴォイドになるくらいの愛を込めて、もう一度会いたいと。でも自分も死んじまった」

「終わらせてあげたい」

 アミティエははっきりと告げた。それを聞いて、眞紅は二人を手で制止しながら少し離れて敵に近づいた。


「あんたお医者さんだろ?怪我人増やすなよな。いや……怪我人が欲しいのか?

 お医者さんは患者がいなけりゃ治療出来ないもんな!」


 眞紅は馬鹿にするように笑った。その顔を空洞の奥から確かに見ていた。


 空洞からヴォォォォォ!と咆哮が聞こえた。生き物というよりは、巨大な機械の駆動音が近い。


 あまりの音量に思わず分析官二人は耳からイヤホンを外し、狙撃組の銃身が揺れる。近い三人は目にまでダメージが来て頭を保護しようと腕を上げてしまう。その隙をレムレス・ヴォイドは逃さなかった。

 クレイドから全ての手を放し、そのままの勢いで眞紅を薙ぎ払った。彼は高く遠く吹き飛ばされて、崖から落とされてしまった。

「教官!」


 走りだそうとする二人の眼前に炎が上がる。

 今クレイドは自由だ。


 二人は咄嗟に後ろへ下がった。それが正しい判断だった。あっという間に彼の周囲は見えないほどの炎に包まれ、超空洞の中の手術室も炎に飲み込まれて見えなくなっていった。


宇宙をも弔え我が葬炎アウレア・エラスムス!!!!」


 超火力の炎がうねるように空洞を穿つ。レムレス・ヴォイドも超空洞も零烙れいらくも区別もなく、全てが跡形もなく燃えていく。

 永遠にも感じるくらいの業火がまたもや沈静化していく。もう燃えるものも燃やすものもない、というように波のように火は消えていき、零烙れいらくの量と炎の勢いからすると少なすぎる灰と煙が視界に入ってくる。

 クレイドはQUQを見て、レムレス・ヴォイドが完全に倒されたことを確認する。それに遅れて分析官が情けない声を出して喜んでいるのを聞きながら、崖を見た。


「だから嫌だったんだ」


 彼の呟きを聞き、エルデは死神という言葉を思い出した。マウジーが死に、リッヂとブレイズが負傷し、教官が……。

 そこまで考えて剣を握る手から力が抜けるエルデの肩を、アミティエが痛いくらいに叩く。

「あなたの力じゃ外れるでしょうが……!」

「教官なら大丈夫だよ。迎えにいこ」

 アミティエは笑った。エルデは彼女の見慣れた笑顔に、ふ、と息を吐いた。

 そうすると足が軽くなっているのを感じ、彼女に続いて眞紅が飛ばされた崖へと走っていった。


『こいつら信じているのか?って言いたいんですか?』

 クレイドの心を見透かしたようにリャンが質問してきた。周囲のゼヌシージ粒子は減少し、通信障害もなくなっている。あと数分もすれば本部とも何の支障もなく通信が可能となる。

「……そうだ」

 QUQでなければ拾えないくらいの声量でクレイドは答えた。リャンはカメラ越しの男の横顔に、

『二人を手伝ってあげてください、いらないかもだけど』と頼んだ。


 ほぼそれと同時に、二人が喜びの声を上げた。

 クレイドは驚いて顔を上げ、足早に崖へと近づいた。そこでやっと崖の端に引っかかっているフックが見えてくる。

 銃型のグレーダーを持つ退魔士の中には、フックとケーブルのついた昇降機能のある銃を持つ者もいる。眞紅はまさにこれの持ち主で、銃撃以外にも移動や敵の捕縛などにもグレーダーを用いていた。

 アミティエは崖端に行ってケーブルを掴む。少し離れてエルデが揺れや崩れに警戒をしながら、指示を出す。眞紅は宙ぶらりんで生きているが、ケーブルを巻き取って上がってくる元気はないようであった。


 アミティエがさらに一歩踏み出して彼の腕を掴みあげ、そのまま安全な位置まで運んだ。眞紅はほぼ気を失っており、ケーブルを手首に巻き付けてかろうじて落ちないようにしているだけだった。体重をかけた肩は外れかけていて、手首は鬱血しこれ以上放置すると腐り落ちる危険性もあった。

「生きてる」とエルデは微笑んだ。

 彼のQUQを起動し、命の危険だけはないという表示に安心したのも束の間、バイタルをチェックしていたアフマドの「さっさと連れてきて!」と必死な声を聞いて慌てて立ち上がった。

「任せろー!」とアミティエは眞紅を横抱きして、さっきまで戦場だった荒野を走って横断し、エルデもそれに続いた。

 彼女達の顔にはもう恐怖や戸惑いはない。


 クレイドは戦いの後しか残っていない荒野に佇みながら、少し崩れた崖をじっと見ていた。

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