第12話 葬炎

 ドームシェルターに戻った二人は、静かに眞紅を台の上に置いた。アフマドはすかさずQUQを起動し、大きなため息をつきながら医療キットを広げている。

「お疲れさま。二人もチェックするから左腕出して」

 ゲイランの言う通りQUQが見えるように腕を上げると、彼女の腰のポーチについた機械から伸びた小型の読み取り機が点滅した。

「ほぼ無傷。小さい切り傷と打撲はQUQに任せましょう。休んでいて」

 そう言うと彼女もアフマドとともに眞紅の手当てに参加した。アミティエは未だ各方面に連絡を試みたりデータをまとめたりしている分析官や忙しい救医官の邪魔をしないように、荷物の前に座り込んだ。


 フォリーが眺めている地図を見るに、狙撃手二人は哨戒を続けている。レムレスとゴレムは完全に消えたようで赤い点も青い点もなくなっており、粒子も安定していると計器には記されている。

「クレイドさんは?」

 エルデの問いかけに小さく首を振るアミティエ。

 二人はすることもないのでシェルターの外に出ると、マウジーの焼け跡の前に佇むクレイドを見つけた。

 声をかけていいのか否か、二人は互いに聞くことも出来ず、ただ戸惑う視線を交わすだけだった。


「三人とも平気か?」

 その空気を割るように、背後から眞紅が声をかけてきた。

「教官!?無事なんですか?」

「意識戻るの早くない!?ってか怪我したの教官だけだし!」

「その様子じゃお前らは大丈夫だな。よし!ゆっくり休むように」

「だから~!それは教官でしょー!?」

 二人に食ってかかられて眞紅はたじろぎながら笑った。彼の後ろから青筋を立てたゲイランが迫っており、アフマドは「ちょっとだけ!ね!」と彼女を止めている。


「ごめんごめん。クレイド、怪我してないか?」

 あはは、と笑う眞紅を、クレイドは信じられないものを見る目で見ていた。

 返事がないのを不満に思った眞紅は、そのまま彼の隣に歩いていく。おぼつかない、まではいかないがどこか不安の残る足取りだが、歩けるほどに回復はしている。

「いやぁ助かったよ。さすが一級執行官、見事仕留めてくれるとは」

「……なぜ囮を?」

「最適解だろ。アタッカーを自由にするためなら何でもしなきゃあな。

 いつかはそういうのはアミティエやエルデのギフトに任せるけど、今は俺がやるのが一番だったから」

 あからさまな溜息で返事をされて、眞紅は苦笑いを浮かべる。

「崖にぶら下がってる時にさぁ」

 眞紅は彼の疲れた様子を気にせずに自分の状況を思い返した。列車に轢かれたような衝撃と後から遅れてやってくる痛みの中、何とかケーブルで自分の身体を空中に固定し、ゆらゆらと吊られたまま見た空には。


「宇宙まで昇りそうな炎が見えたんだよ。そんでもってお前のあだ名思い出した」


 空が落ちぬよう支えている柱にも、空へ至るようこしらえた橋にも、空を駆けるように伸ばした腕にも見えたのだ。

 眞紅を思わず詩人にしたくらいには、忘れられない光景となった。


「……死神か?」

 クレイドにはそんな考えが分かるはずもない。眞紅は「違う違う」と笑って手を振った。

「もう一個のカッコいい方。いや死神もカッコいいけど。

 葬炎ってこういうことかぁと」

 そうしてマウジーのいた場所を見る。灰も充分風に乗って飛んで行ってしまって、もう野火があったのかもしれない、くらいの跡になっている。


「優しいギフトだ。皆を連れて行ってあげられるなんて」


 また風が吹いた。最後の一欠片の灰が草に絡まっていたらしく、その風に背を押されるように空へ舞い上がった。二人はなんとはなしに目で追いかけた。真っすぐ空高くに飛んで行って、あっという間に見えなくなってしまった。

 クレイドはそっと目線を眞紅に向けた。彼はまだ空を見ている。流石にヒビが入ったメガネのレンズで瞳がよく見えず、表情を読むのも難しい。

「あと便利。街の外でも死体がすぐ焼ける」

 静かな空気など気にはせずに、眞紅はパッと悪戯っぽい表情を浮かべてクレイドを見る。クレイドはじっとりとした目を眞紅に向けた。


「いやいや本気で感心してんだよ。野外での事故やレムレスに襲われての死亡だと器として死体が残されちまうだろ。事故や殺害だと遺族や仲間も動揺して祈りがちだし。遺族の前で二度目の死を見せるのは、まぁ、ほんとに嫌だからさ。その前に遺体をどうにかできるのはいいよ。手っ取り早く救える」

「……遺体が焼かれるのを見るのも酷だろう」

「そりゃあね。それを他人にやらせる俺が最悪なのもそれはそう。でも人を救うのに特化したギフトに思えるってだけ。生者も死者も区別なく助けられるなんて凄いよ。ギフトって名前に相応しい力だ」


 あはは、と乾いた笑いを見せる眞紅に、クレイドは少し驚いたような表情を見せた。やっぱり印象より表情が変わりやすい、と眞紅は思った。

 ふとクレイドが、物凄くかすかに笑った。

「……変わった奴だな」

 ありがちなセリフを言われてしまい、眞紅も反射的に笑ってしまう。

「よく言われるよ。あんたは逆にどこにでもいる奴だな。皆と同じこと言うじゃん」

「全くもってその通りだが……初めて言ってもらえたな」


 今度は誰が見てもわかるくらいに、ふっ、と息を漏らして笑った。

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