退魔士クレイドと殺しても死なない男
@eapuyama
第1話 運命・1
あなたの大切な誰かが死んだとしても、再び会いたいなどと決して願ってはならない。神様どうか、などと祈ってはならない。
この世界では、その願いと祈りは叶ってしまうのだから。
荒廃した村があった。空風に吹かれて崩れた岩壁が砂塵となって舞うばかりで、人どころか野犬やネズミすら見かけることはない。時折遠くで置いて行かれた家財道具が朽ちて地面を転がり落ちる音が聞こえてはくるが、しばらくするとすぐに風の音だけになる。
そんな静寂なる死の村に、うごめく人影がある。
片腕はなく、目は窪み、右足首は真横に曲がって骨がむき出しになっている。
死体だった。死体が動いていた。
腐った肉がこびりついた骨と、かろうじてまだ動いている左足で器用にバランスをとったそれは、非常に緩やかな歩みでどこかへ向かおうとしている。だがすぐに倒れてしまった。
数十秒ほど倒れたままの状態で静かにしていたが、突然頭を上げた。
目の前に何かが現れたからだ。
「やぁどうも、おやすみ」
眼鏡の男がそう言い終わる前に、哀れにも動いていた死体から、首が跳ねられた。一瞬の出来事であった。いつの間にか死体の足元にもう一人いたのだ。
「……レムレス一体撃破」
怪しく輝く宝石のような装飾をつけた剣を持つ少女は、努めて冷静に報告した。
「グレーダーの欠け等もありません」と彼女は自身の剣を見ながら続けた。
敵であるレムレスと武器であるグレーダーの状態は、二人の左手首についている、一見白いブレスレットのような通信デバイス・QUQにすぐ記録がつけられた。
「よくやったエルデ」
「はい、眞紅教官。教官がいてくださったからです」
快活で優しい男の声に、エルデは少し安心した。足元に転がる死体はもうない。血が一瞬で乾き腐敗臭も消え、小さな砂の山になっていた。
「アミティエはどうだ?倒せたか?」
眞紅は傍らにある、まだ壁と天井がある家屋の中に声をかけた。
明るい少女の声で「倒せましたー!」とだけ聞こえてくる。
かつて家主の部屋であっただろう少し豪華な壁に空いた穴をくぐると、そこには砂の山の前で腕を組む、斧型のグレーダーを持った少女がいた。
彼女は二人に気が付くと気難しそうな顔から一転、花が咲いたような笑顔を見せる。
「エルデ、教官!このとおりあたしは無傷です!いぇい!」
巨大な両刃の斧を片手で軽々と持ち上げながら、アミティエは嬉しそうに二人の元へと近づく。エルデもまた友人の無事は姿を見て安心する。
「会話出来たか?」と眞紅は砂の山を指さし尋ねる。
「ダメでした。声は出てたんですけど、うめき声だけになっちゃってました。
足も潰れてて身動きも取れてなかったですね。ちゃんと映像と音声のデータとって残してます」
アミティエは誇らしげに左腕を掲げQUQを見せつける。
「分析に回したらなんて言われると思う?」
「えーと……。器の中身はほとんどなくなって、放っておいてもそのまま乾いて死んでた、ですかね。でも半年くらいは動ける……いや綺麗な感じだったから……。いえやっぱ半年で!」
くるくると表情を変えながら、悩みに悩んで答えを出すアミティエ。そんな教え子を見て眞紅は満足げに微笑む。
「俺の見立てでも半年だな。レムレスは生者の死者に対する生き返ってほしい、もう一度会いたい、そういった祈りで蘇った動く死体、ただの化け物だ。
魂が抜けて空になった死体を器として、それを祈りという水が満ちている間は生きているように話せるし動ける。
話せなくなったらもう末期だな、もう人間のふりが出来ないってことだ」
エルデは教官の語る授業でやった内容を、再確認するように口に出す。
「二十一グラムの魂が抜けた分の祈りが満ちれば再び人は動く。でも器は同じでも中に満ちているものは本人の魂や心ではない。
その齟齬はレムレスにとって許しがたい飢えとなる。
だから齟齬を埋めるため、レムレスは器に残った生前の記憶を元に、本来の器の持ち主の願いを叶えようとする。乾いて朽ちるまで動き続ける……」
「……生き返って、なんて祈られなきゃ、生き返れたりしないのにね」
「祈りで蘇り願いに縛られる、故人の顔をしたまったく別の生き物、レムレス。……哀れね」
「失礼」
眞紅はアミティエが倒したレムレスの残骸である、砂の山を指の腹で優しく崩す。その中から非常に小さい宝石が出てきた。それは眞紅の持つ銃、エルデの持つ剣、そしてアミティエの斧についているものと非常に似ていた。
「末期のレムレスにはコアは無いことが多いと言ったな。でもある時はあるから調べなきゃダメだぞ」
コアと呼んだ小さな石を、眞紅はQUQで簡易スキャンをかけてからアミティエに渡す。
彼女はがっくりと大きく肩を落としながら、腰のポーチからカードくらいの大きさのケースを取り出した。側面を押すとカシュッと小気味のいい音を出して半分ほど開く。中からひんやりとした冷気が出てきて、外気と反応して白く見える。ケース内部には白い粘土のようなものが入っており、そこにコアをぎゅっと押し込んで固定したのち、スライドして閉めた。
「油断してたー!しゃべれないからもう一片も残らず枯れ果てたと思ってたー!」
「私もコアはないと思ってたわ。私たちまだまだね」とエルデはフォローした。
「西暦とかいう先史時代がレムレスのせいでぶっ壊れてからまだ百年だ。俺達だけじゃなくて世界がまだまだ分からないことだらけなだけだよ。人工知能だって全能とは程遠い」
彼らの暮らす電脳都市国家レイオールは、人工知能ネーレイスと彼女の端末であるQUQによって統治・管理される国である。
そこでレムレスにまつわるあらゆる事象を担当する国家公務員が退魔士であり、今はその訓練生達の卒業試験の最中であった。
アミティエはほんの少しだけの影を落として、
「人工知能が完璧なら悩まないのかな」と呟く。
生まれた瞬間から全市民に着用を義務付けられるQUQは、何も答えない。
「どうだろう。人工知能ネーレイスのおかげで色々助かってはいるが……彼女達が完成することも、完璧と呼ばれることもないと思う。結局人間が作るものだからな。
人間だって自分自身の願いすら分からないんだ。他人や不特定多数の祈りや願いなんてものを観測しようがない。レムレスの相手は俺達がするしかなくて、人工知能はバックアップがせいぜいなんだよ」
励ますような優しい声で眞紅は笑ったが、アミティエは相変わらずどこか拗ねたような顔だった。
「わかりますけどぉ。でもあたし人間だからこそレムレスの生前のこととか考えちゃうんです。別人って言われても、知り合いがこうなっちゃったら、あたしちゃんと倒せるのかなぁとか、祈っちゃうんじゃないかなぁとか」
「よくないなぁ。何度も教えただろ。レムレスは生前の人間の顔と身体と記録だけ渡された、別の意識を持った化け物なんだよ。
それと俺にとっちゃレムレスなんて機械と一緒で」
その時、隣の部屋から物音がした。それとほぼ同時に、眞紅が手にしていたサブマシンガンに似た型の銃を撃つと、薄い壁を貫通してターゲットに見事命中する。そして壁の向こうで盛大に何かが倒れた音がした。
「死んでない。あれは切断しないと」
眞紅は断言した。二人が壁の隙間から隣の部屋を伺うと、頭に穴の開いた男性がゆっくりと起き上がるさまを目撃した。
「……誰かいるのか?」と、それは、はっきりしゃべった。
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