不満解消──2

クロノール王と出会って半日もしない内にホムラ達は解放され、用意された屋敷へ案内された。


三十人の警備兵が外を警備する厳重な守りに加えて対魔法の加工を施され、屋敷の中には最低限の使用人と三人の精鋭が警備しており、極力姿を見せないようにするのは男と必要以上に接触させないようにとクロノールの気遣いだとホムラは思う




「牢屋に比べて快適だな……魔馬車に揺られて身体のあちこち痛かったし」




柔らかい椅子に深く座り、心地良さそうに目を細めながら手をクリスに向けた。




「…………はむ」



「手を食べるんじゃなくて大会の資料を頼む」


「ここに」




「使用武器は支給される剣のみで、参加者には万が一に備えて自動防御魔法発生装置も支給される……予選の参加者は千名で十個の組みに分かれてバトルロイヤル、勝ち残った十名で本選か」




資料を机に置き、立ち上がり魔馬車に積んでいた剣が入っている箱を開けて手頃な剣を探す



「予選と本選が別日のようですね」


「予選への応募も狭き門だろう、無理矢理枠を一つ取ったんだから、それなりにはやるしかないな」




ホムラは剣を二本手に取り、片方をクリスに渡す。




「お望みとあらば、この屋敷の管理者に庭を借りる許可をとって参りますのでしばらくお待ちください」




常にホムラの望む事を考えているクリスはあらかじめ屋敷の管理人や使用人達に一言言っていた為許可はすぐに貰え、鍛錬が終わる頃に風呂が入れるように用意を頼み、使用人達はホムラと鉢合わないように仕事を組み直す──万が一にも鍛錬終わりのホムラと鉢合わせて汗をかいたホムラにナニかしては国家間の問題に関わるからである。




「それではどこからでもどうぞ」


「あぁ、全力でいくぞ」




「──────ッ!!」




クリスはホムラの剣を防ぐと土煙が舞い、後ろに生えていた木が揺れた。




「また速くなりましたね」


「クリス相手にゆっくりやる余裕は無いからな」




クリスはホムラを押し返すと、一歩踏み込む




「────まずっ」




ホムラは咄嗟に横に飛び跳ねると剣は振り下ろされ、地面が爆ぜた。




「このっ!! 」




衝撃でよろめきながらもホムラはクリスに剣を振り上げると難なく防がれたが、ホムラはそのまま地を這うように駆けながらクリスの背後を狙い再び剣を振るうと流れはホムラに傾き始めた。


獣のように這いながら剣を振る事を可能とする柔軟さとスタミナ、剣士としての型にこだわりの無いホムラのスタイルは、剣士としての型をしっかり持つ者が多いこの世界の剣士からすれば厄介であり、クリスもその一人だ。


ホムラに仕えていて唯一この時だけは自慢の胸が邪魔で仕方がないと思いながら剣を振る。




(──────ふふ)




ホムラの戦い方が変わり、今度は静かに構えて立つ




(寝顔を拝見する事も、お食事を作る時も、お洋服を着せる時も、ホムラ様に仕えて幸せな時間を過ごしていますが──この時ばかりは別格!! )




『……馬鹿だなお前は、爵位は剥奪され滅びを待つばかりの僕になぜ付き従う? 退職金はくれてやるからさっさとどこかへ行け』


『──逃げる? 馬鹿を言うな、陛下のお膝元で母が反乱を企てたんだ。母の思惑は知らないが、ようやく平和が訪れたこの国を乱した罰は受けねばなるまい……優しい陛下に辛い事をさせて申し訳ないがな』


『もういい、僕はお前に何もしてやる事が出来ない、短い間だっだけどありがとうクリス、お前は剣士としてこの国を守ってくれ』




(────初めてお会いした時から私の想いは変わらない)



「あっ! 」




(笑顔でいてください、ホムラ様!! )




「おい! 止まれ!! 俺の剣折れてるかっぐあああああぁぁぁぁぁぁ!!!! 」


「きゃあっ!! 」







「疲れてる? 」


「決してそんな事はありません」




予選当日の朝、ベッドの上で使用人が主人に膝枕をしてもらいながら頭を撫でてもらうと言う奇怪な光景が広がっていた。


帝国の中心に行けばいくほどホムラに対する奇行の数々を知る事になる。クリスもその一人で内紛時代に出会った少年が悍ましい獣達に囲まれていた事を知り、貪り尽くしたい欲求を抑えながらホムラに仕え、一人の人間として崇拝し、恋を知らぬ少女としての一面と真面目な性格が混ざり合い、その結果ホムラに対して必要以上に気を使うようになってしまい、その事を気にするホムラはクリスの様子が少しでもおかしくなった時は甘えさせるようにしていた。




「何故このような事を? 」


「いつもクリスに負担をかけさせてるからなぁ」


「でしたら、もう少し大人しくしていただけたら」


「それは無理だな、俺はガリアの息子で剣士で貴族だ──それが他の男みたいにビクビクした暁にはその日が命日だ。気を張って牽制していないと何十人、いや何百人の相手をして死に、その後戦争がおこる」


「──────そんな馬鹿達は滅んでしまえばいいのです」


「優しいな」


「ホムラ様は背負いすぎです」


「カッコつけるやめ時を見失ったしな、もう少し頑張るさ」




ホムラは頭を撫でる手を止めて両手を広げる。




「さ、マーキングしてくれ」



クリスは起き上がるとホムラを抱きしめる──首元に魔法の口付けをして、僅かな痛みと共にホムラの異性を魅了するすべてを魔法で封じた。


マーキングと言う行為、ホムラが剣士が大勢いる場所で剣を振る際に、匂いや汗、息遣いなどで興奮させないようにクリスの魔力でホムラを包みこむ魔法と共に身支度を整え大会会場に向かった。



会場を見てホムラは日本にいた頃見た事はあっても中に入る機会には恵まれなかったドーム球場の数々を思い出しながら会場に入ると視線が一斉にホムラに集中した。

様々な視線を向けられるが気にする事はなく、身に纏う貴族服に相応しい男であるようにと堂々とした姿で手続きを済ませて特別に用意された更衣室に向かおうとすると数人の剣士達に囲まれた。




「ここは男の来る場所じゃねぇぜ」


「恥ずかしい目に会いたくなければ失せな」




一眼でわかるぐらいの三流剣士にホムラは思わず鼻で笑う




「馬鹿にしてんのかい!? 」


「試合前にぶちのめしてやろうか!! 」




クリスが剣に触れようとした瞬間、ホムラ達を囲っていた剣士の一人が殴り飛ばされた。




「貴方は確か、リーンさん」




軍服に身を包んで不機嫌そうなリーン、ホムラを見て迷惑だと言わんばかりの表情を浮かべながら腰の剣を抜いた。




「失せろ、王に恥をかかせる気か」



「ケッ! あのリーンが今や国の犬か! 」


「野蛮なお前がいつまで上品でいられるかな! 」




剣士達とリーンとの間の只ならぬ関係にホムラは興味を抱く、がこれ以上余計な真似をするとリーンに刺されると感じて大人しく見守る事にした。




「もう一度言う、失せろ」




一触即発の空気に周りに緊張が走るとすぐに係員が仲裁に入る。


腕前が三流とは言え狭き門を突破してこの大会に参加した以上こんなところで失格なんて馬鹿らしい、剣士達はリーンを挑発しながらその場をおとなしく離れた。




「来い」


「あ、ちょっと!? 」




リーンはホムラの腕を乱暴に掴むとその場を足早く去り行為室へ連れて行く、リーンに邪念も何も感じなかったクリスは反応が遅れて慌ててついて行った。




「着替えたか? 」


「あぁ、着替えたけど」




控室に二人が入るとクリスは服を畳み、リーンは控室に置かれた箱からブレスレットとアンクレット、チョーカーを取りだして手早くホムラに装着していく




「キツくないか? 」


「ちょ、ちょうどいいけど」


「そうか」


「手慣れていますね」


「世話のかかる妹達がいるからな、どうだ?身体に異変は? 」


「少しひりひりする……ちゃんと防御魔法が作用しているってことか」


「あぁ、男に魔力は毒だがこれは本来男が装着する事を想定していないから我慢しろ」


「は、はい……」


「放送がかかるまでここに待機しておけ、どの組で予選をするかは案内係が呼びに来る」


「……何から何までありがとう」


「フン、男がうろちょろして迷惑だが、王の客人とあらば丁寧に扱うしかあるまい」




控室から出て行くリーンにホムラとクリスは唖然としながら見送っていた。




「すごく優しい人だな……」


「えぇ、言葉がキツい方ですが、とても親切な人ですね」




暫くするとリーンの言う通り放送が始まり、第一組の予選に選ばれたホムラは係員の誘導に従い地下に設けられた円状の舞台の元に着いた。




「さっきの男じゃないか」


「へへっ、お前の使用人もこうるさいリーンもいねぇ! たっぷり可愛がってやるよ! 」


「彼女とはどんな関係なんだい?」




「アイツは元々海の向こうの大陸でアタシらと組んでた野盗さ、まぁ正確には身寄りのないガキ共に飯食わすために私服をこやした上級民から盗んでいたのさ」


「あの王様になって腐敗した政治家は失脚して、実力のあるアタイらは雇われ剣士になったのさ」


「偉いさんを嫌っていたあのリーンが従順に尻尾を降ってるんだからなぁ、よっぽど可愛がってもらってるんだろうさ」


「なんたって私達は野良でアイツはちゃんと飼って貰っ出るんだからなぁ!」



「そっか、もういいからどいてくれ」




女達に興味を無くしたホムラは舞台に上がり、他の九十九人を見てこの組みにいる剣士達の事情が同じような連中だと薄汚くギラつく瞳を見て広角が上がってた。




「全員まとめてかかって来い、今日でお前達は剣士廃業だ」

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