第68話 美濃国へ赴く準備と家臣たちとの話し合い

 父と祖父から、長井新九郎の養子に入ることを告げられてから、私は美濃国へ向かう準備を始めていた。


 細川六郎方が京の都を占領して直ぐの頃は、成敗も厳重であり、治安活動が行われていたこともあり、比較的早く外出することが出来た。そのため、細川高国の屋敷の庭園を観に行ったり、旧松殿家の屋敷を頻繁に訪れることが出来たのだ。

 しかし、次第に治安が悪化していったため、旧松殿家の屋敷を訪れる機会は減っていった。旧松殿家の屋敷を訪れるにしても、治安状況などを確認して訪れる必要があったのである。

 旧松殿家の屋敷へ赴けない分、松永久秀か黒田重隆が近衞家の屋敷を訪れ、傘下の商人たちのことや旧松殿家の家中のことなどの報告を受けていた。

 5月4日に近江国の四本商人たちが掟書を制定したらしい。それより前に保内商人たちが独自の掟書を制定しているので、それに倣ったのだろう。

 傘下の商人たちや機関衆たちから得られる商人たちの情報は、利益を生み出すのに重要である。渡辺四郎左衛門や武野新五郎からも様々な情報を手に入れさせていた。


 都の治安は日々悪くなっているため、7月24日には、里内裏は盗賊対策のため、西南側に掘を造成したそうだ。里内裏が盗賊対策をしないといけないなど、都の治安悪化は深刻なものになりつつあった。


 その様に治安が悪化する中、時期を見て旧松殿家の屋敷を訪れた私は、松永久秀などの側近たちに対して、美濃国の長井新左衛門尉の元へ養子に入ることを告げる。近衞家との関わりを表向き断つため、比叡山延暦寺に出家して偽装をすることも伝えた。


「我等はどうなるのでございましょうか?」


 松永久秀が、私の家臣たちの進路を確認する。皆も気になっていたことであるため、最側近である松永久秀が代表して尋ねたのだろう。


「美濃国では、国人として知行地を得ることとなっておる。知行地を得たならば、呼び寄せる故、それまでは今まで通りの役目を果たしてもらいたい」


 私が美濃国で知行を得たら呼び寄せると述べると、家臣たちは一様に安心した様子を見せる。再び仕官先を見つけるのは大変であるし、私に仕えることに愛着を抱いてくれているのかもしれない。


「若様は、比叡山延暦寺に赴かれるとは言え、我等とは繋がりが必要なはず。機関衆の者を何名か御側に潜ませましょう」


 服部半蔵は、比叡山延暦寺や美濃国へ赴くにしても、連絡役と護衛は必要であると言い、私に密かに何名かの機関衆を付けてくれる様だ。服部半蔵も一族の未来を私に賭けてくれているのだろう。

 その後も、家臣たちに美濃国へ赴くための準備や知行地を得た際に向けた準備などを話し合う。

 知行地の開発には、多額の銭などが掛かると予想されるので、黒田重隆に傘下の商人たちと連携して、利益を増やす様に命じておいた。

 取り敢えず、私が近江国や美濃国に赴き、直接話し合えない間は、松永久秀、黒田重隆、服部半蔵で話し合って対処することに決まる。

 因みに、旧松殿家に関しては、荘園は近衞家の荘園として組み込まれることを父に告げられていた。旧松殿家の屋敷については、私の管理下のままで良いと言われているため、松永・黒田・服部体制で維持してもらう。

 旧松殿家の家僕たちについては、地下家の公家衆であるため、近衞家のに属することとなる。


 家臣たちと美濃国行きを話した後は、大林菅助や塚原卜伝などの客分たちに話をする。大林菅助は、高野山での行者兵法の修行を終えて、都に戻っていた。

比叡山延暦寺に出家すると伝えたところ、両者から驚かれる。私が仏門など似合わないと言われたが、当たっているので苦笑するしかない。

 比叡山延暦寺に赴く理由については、含みを持たせて伝えたところ、二人も何かあるなとは感付いた様ではあるが。旧松殿家の屋敷には、松永久秀などを残しておくと言ったので、何か困ったことがあった場合には、頼ってくれることだろう。

 大林菅助と塚原卜伝は、私が都からいなくなるなら、再び旅を再開したいと申し出てきた。私が比叡山延暦寺へ赴くのを見送ってから、旅立つそうだ。

 塚原卜伝からは、残り少ない日々ではあるが、剣術など兵法の鍛錬の指導をしっかり付けてくれると言ってくれた。塚原卜伝とは互いに師弟関係と認め合う仲となっていたのである。


 その後、家僕たちにも、私の比叡山延暦寺へ出家すること伝えた。しかし、美濃国へ赴くことは伝えない。一番情報が漏らしそうな者たちだからだ。

 家僕たちには、私が出家することに伴い、近衞家に所属が移ることを伝えると、一部の者たちは、悲嘆に暮れていた。その者たちは、主に旧松殿家の家僕でも上位層の者たちである。旧松殿家の屋敷では、下の者たちに対して偉そうに出来ていた。しかし、近衞家に属してしまえば、譜代や高位の家僕たちが既におり、新参者として肩身が狭い。そのため、今までの様な生活が出来ないことから、悲嘆に暮れているのだろう。

 旧松殿家の家僕たちは、美濃国に知行地を得ても、呼び寄せるか悩ましいところである。旧松殿家の家僕よりは、近衞家の家僕の子弟や一族の者を呼び寄せた方が、譜代格なので、しっかり働いてくれそうな気がしてしまう。旧松殿家の家僕でも使えそうな者は、父に頼んで、美濃国に呼び寄せても良いかもしれない。


 家臣たちと客分に美濃国行きを伝え、家僕たちには比叡山延暦寺への出家を告げた。

 学問を伝授してくれている平井宮内、持明院基規、三條西実隆などには、比叡山延暦寺への出家を追々伝えることにしよう。

 持明院基規は、美濃国との繋がりが深く、土岐頼芸とも親交がある様なので、真実を伝えても良いかもしれない。

 他にも、都で交流のあった人物に、伝えなければならないことを考えると、比叡山延暦寺へ赴くまでに、色々とやらなければならないことがあることに気付かされる。

 美濃国へ赴くためにも、しっかりと準備をしなければならないと思い知らされるのであった。

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