第32話 足利義稙の死と素破の拡大

 4月3日、陸奥守護の伊達稙宗が、足利公儀に石清水八幡宮造営の奉加を命ぜられたため、造営料を寄進したそうだ。地方の有力大名とは言え、中央権力と結び付いていると支出が増えて大変だと思ってしまう。

 伊達氏って、そんなに税収入があるんだろうか?



 京の都に、前将軍の足利義稙が4月9日に死去したとの報せが届いた。

 足利義稙は、細川高国と対立し、和泉国へと出奔していた。その後、和泉国から淡路国志筑浦に逃れ、再挙を図っていたらしい。

 細川高国の妻方の兄弟である和泉守護・細川澄賢や河内守護・畠山義英らを味方に付け、細川高国と戦っていた様だ。そして、大永元年(1521年)10月には、堺まで巻き返したものの、戦力が集まらなかったため、細川高国に敵わなかった。

 その後の足利義稙は、沼島で暫く潜んでいた様だが、再起のために細川讃州家の許に赴いている。

 そして、4月9日に阿波国撫養で死去したのであった。

 足利義稙は、征夷大将軍の職を追われた後、諸国を流浪した経緯から「流れ公方」「島の公方」などと揶揄されていた。

 噂話では、細川高国と対立して出奔した足利義稙が乗った船には、「たぞやこの鳴門の沖に御所めくは泊り定めぬ流れ公方か」という狂歌が貼り出されたそうだ。

 足利義澄と言い、足利義稙と言い、近年の足利将軍は不安定である。細川京兆家の家督争いも加わって、足利公儀の権威は凋落の一途を辿っていた。

 細川高国と足利義晴によって、安定し始めている感はあるが、この安定もいつ迄保つのだろうか?



 服部半蔵が私に仕えて、一年以上が経った。服部一族の素破としての働きは、思っていた以上に役立っている。

 旧松殿家の屋敷においてある木桶らも、服部一族の者たちが管理してくれる様になった。旧松殿家の家僕たちは、関わりたがっておらず、ほぼ放置状態だったので、管理してくれているのは有り難い。

 服部一族の現在の活動は、商業地域や商家に対する情報収集が主となっているが、その他にも有益な情報や噂話を集めてもらっている。

 そのため、其れ等の情報を傘下の商家に伝えることで、収益が上がり、上納金も増えていた。

 私は将来に備えて、素破の規模を拡大したいと考えおり、服部半蔵と話し合うことにしたのだ。


「服部半蔵よ、服部一族の働きは見事である」


「有り難き御言葉にございまする」


「其方たちの働きにより、利をより多く得ることが叶った。故に素破の数を増やしたいと思うのだが、其方はどの様に考えるか聞きたい」


「素破を増やすのですか……?」


「如何にも。有用な素破をより多く抱えたいと思っておる」


 私が服部半蔵に素破を増やしたいが、どう思うか問うたところ、半蔵は困惑していた。将来的に武士になるとしても、有用な素破を多く抱えておきたいと思っているのだ。


「服部一族では事足りぬと言うことでしょうか……?」


「然にあらず。先を見据えて、其方の配下を増やした方が良いと思ったまでよ。素破の頭は其方のままだ」


 服部半蔵は、服部一族だけでは求められている実力が足りないのかと危惧していた模樣。私はそれを否定し、将来的に服部半蔵の部下を増やした方が良いと考えたと伝え、素破の取り纏めは半蔵のままだと述べると、半蔵は安堵した様子をみせる。


「素破を増やすならば、素破を育てるか、召し抱えるかにございましょう。しかし、素破を育てるには時がかかります。服部の一族の子たちも鍛錬をさせておりますが、まだ難しいかと」


「服部一族の子たちは鍛錬を行っているのか…。服部一族以外の者を鍛えられるか?」


「服部一族以外の者を鍛えるのですか…?鍛えるのは構いませぬが……」


 素破を増やすには、育てるか、他所から雇うかのどちらかだそうだ。そして、服部一族の子供たちは素破として鍛錬しているとのこと。

 私は、服部一族以外の者も素破として教育出来ないかと問うと、あまり乗り気では無い様だ。


「京の都や畿内では、孤児がおろう。そういった者たちで、もし見込みがありそうな者がおったならば、素破として鍛えて貰えぬか?無理にとは言わぬが」


「分かり申した…。もし、素破として見込みがありそうな者を見つけたならば、素破として鍛えて御覧に入れましょう…」


 私が都や畿内の孤児で見込みがありそうな者を見つけたならば、素破として教育してくれと頼むと、服部半蔵は一応は承諾してくれたのであった。


「話の続きではあるが、素破を新たに召し抱えるとなると、伊賀の者が良いのか?」


「いいえ、伊賀の者は止めておいた方がよろしいかと。伊賀の素破は千賀地、藤林、百地の何れかに属しております。もし、藤林や百地に属した者を雇えば、様々なことが筒抜けになりましょうぞ。千賀地に属する者とて、我ら一族は若様に仕えておりますが、他の者は信ずるのは難しいかと。故に、伊賀の者は雇わぬ方がよろしいかと思われます」


 私は、服部半蔵が部下として使いやすい様に、伊賀者を雇用した方が良いか尋ねたところ、半蔵からは伊賀者は雇わない方が良いと言う答えが返ってくる。

 伊賀者は千賀地、藤林、百地のどれかに属しており、藤林や百地に属した者を雇えば、当家の情報が筒抜けになってしまう様だ。

 千賀地の者でも、服部半蔵の様に一族ぐるみで仕えているならともかく、他は信用出来ないと言う。

 臨時的に雇って、重要でない仕事をさせるなら良いと服部半蔵は追加で申していた。

 伊賀者を召し抱えるのは難しい様だ。


「ならば、甲賀などの他の者は如何であるか?」


「甲賀者などはの素破は各々で違います故、信の置ける者なら、召し抱えてもよろしいかと」


 私は、服部半蔵に甲賀者などはどうかと尋ねると、各々で条件や人物が違うので、信用出来る者なら召し抱えても良いと半蔵は答える。

 その後、服部半蔵と甲賀者で信用出来る者はいるかなど話し、結果的に半蔵の知り合いの甲賀者などに話をしてくれることとなった。


 以後、服部半蔵が素破の頭として、信用出来る素破を紹介する様になり、私が召し抱えることで、有力な素破集団へと成長していくこととなるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る