第29話 千賀地半蔵の来訪と仕官
私が大林菅助を再び伊賀国へ送り出してから、それなりの日数が経っている。そして、大林菅助は一人の男を連れて戻ってきた。
報せを受けた私は、旧松殿家の屋敷で大林菅助たちが待つ部屋へと赴く。
部屋に入ると、大林菅助ともう一人の男が頭を下げて待っていた。体格を見る限りでは、中肉中背であるものの、首筋などから筋肉質な身体付きであることが察せられる。
「若様、此方が千賀地半蔵殿にございます」
大林菅助が千賀地半蔵の名を告げ、簡単な紹介をした。
「千賀地半蔵にございます。以後お見知り置きを」
千賀地半蔵も大林菅助の紹介の後に、名を告げる。
私は、千賀地半蔵に顔を上げさせる。千賀地半蔵の顔は平凡な顔付きでありながらも、独特の陰鬱な雰囲気が漂うと言うか、陰のある壮年の男であった。
「千賀地半蔵、よう参った。其方の話を聞かせてくれ」
私は千賀地半蔵に自己紹介をしてもらう。
千賀地半蔵は、自身の出身が伊賀国花垣村だと語る。先祖代々、花垣村予野で素破の頭領を務める「千賀地」一族の分家だそうだ。
伊賀国は、服部氏族の子孫である「千賀地」「百地」「藤林」の三家があると大林菅助が以前に語っていたことと同様の説明をする。
伊賀国は狭く粘土質の貧しい土地であり、地侍の小領主が犇めき合う中、生活が逼迫しているそうだ。
そのため、一族の者たちを食わせるためにも、仕官先を探しているとのことである。公方が足利義晴に代わったため、公儀に仕えることを考えている様だが、大林菅助が近衞家の子息が素破を求めていることに興味を抱いたらしい。
「ふむ。其方の事情は分かった。其方たち一族を雇うのは吝かではないが、望みを申してみよ」
私は千賀地半蔵たちの事情は分かったので、一族を雇う条件を問う。
千賀地半蔵は、住む場所や俸禄などの待遇の話についての要望の述べていく。妻子を所領に残す者もいる様だが、帯同を願う者もいる様で、家族で住める場所など重んじている様だ。
俸禄については、銭や物品払いで良い様だが、千賀地半蔵に纏めて払って欲しいとのことだ。分家の長として、一族や郷里への分配などの務めがあるのだろう。
一族分の払いの額については、依頼の度に素破を雇う額よりは割高であるが、継続して働いてもらうなら高いとは言えないと思われる。
ただ、俸禄の支払いについては、商人たちと話し合う必要があるので、千賀地半蔵には、数日の間でも、旧松殿家の屋敷に滞在してもらうことになった。千賀地半蔵たちを召抱えたとしたら、住んでもらうのは旧松殿家の屋敷にするつもりだ。
その後、商人たちを集めて話し合い、出せる上納金などの算出をさせたところ、千賀地半蔵一族を雇えそうだとの結論に至る。
また、千賀地半蔵一族の素破を商人たちに紛れ込ませ、各地の商業地域や商人たちの情報を獲得させるつもりだ。そう言った情報があれば、より商いで儲けることが可能となるだろう。
千賀地半蔵に一族とともに召し抱えると伝えたところ、伊賀国に一度戻り、一族の者たちを連れて来るとのことであった。
千賀地半蔵が伊賀国に戻ってから暫く経ち、旧松殿家の屋敷に千賀地の者が、訪ねてくる。先触れの様で、もうすぐ到着するとのことであった。
事前に連れて来る人数は聞いていたが、実際の人数を聞いて、然程差が無いことを確認する。
私は、旧松殿家の家僕たちに準備をしておく様に命じた。得体の知れない連中が増えると言うことで、良い顔をしていなかったが。大林菅助を召し抱えた時も良い顔をしてなかったので想定内だ。
そして、千賀地半蔵一行は旧松殿家の屋敷に到着する。旧松殿家の屋敷は広さの割に家僕が少ないので、空きはある。松殿家の家運が衰え、荘園が横領されいく中で、家僕たちが減っていったのだ。
取り敢えず、千賀地半蔵と補佐の者と会い、他の者たちは荷解きなどをさせることとなった。
千賀地半蔵たちと旧松殿家の屋敷の一室に入る。すると、千賀地半蔵は補佐の者を紹介し、受け入れてくれた礼を述べた。
「遠路はるばる大儀であった。これからの働きには期待しておる」
「有り難き御言葉忝のうございます。さすれば、我等の御役目を賜りたく」
私は千賀地半蔵たちを労うと、半蔵は自分たちの役目を知りたいと申し出てきた。
「其方たちに任せたい務めは多い。まずは、当家の傘下にある商家とともに、畿内の他の町や商家を探って欲しいのだ」
私は千賀地半蔵に、傘下の商家に混じり、他の商業地域や商人たちを探る様に指示すると、半蔵は頷き了承した。
そして、千賀地半蔵に近くに寄る様に手の仕草で示す。千賀地半蔵が近付くと、小声で半蔵に告げる。
「旧松殿家の屋敷と荘園を探って欲しい」
私は、千賀地半蔵に旧松殿家の屋敷と荘園を探る様に命じた。千賀地半蔵は僅かに眉を動かしたものの、頷き了承する。
私は、千賀地半蔵に旧松殿家の屋敷と荘園について探る様に命じた理由を告げた。
理由としては、旧松殿家の家臣たちが近衞家の譜代では無く、近年に家僕となったため、必ずしも信じることが出来ないこと。特に屋敷の家僕たちは、大林菅助や千賀地一族を召し抱えて、旧松殿家の屋敷に住まわせていることを快く思っていないはずだ。
なので、私への不満を抱いている家僕がいてもおかしくない。不満を抱いた家僕でも害をなさねば処分するつもりは無いが、注視しておく必要があるだろう。
また、旧松殿家の荘園には一度も赴いたことが無いので、旧松殿家の家僕たちから聞いた話しか分からない。私は旧松殿家の荘園の現状が知りたいのであった。
千賀地半蔵は私の指示を承諾し、一族の者たちが落ち着いたならば、仕事に取り掛かるとのことだ。
私は、千賀地半蔵たちに疲れを癒やす様に言い、半蔵たちを下がらせたのであった。
千賀地半蔵たちが旧松殿家の屋敷に来てから、千賀地半蔵たちのことが段々と分かり始める。
私に報告してくるのは、千賀地半蔵か補佐の者であり、どちらかが必ず私と接触出来る様にしている。補佐の者が千賀地半蔵の代理として指示をすることもある様だ。
また、千賀地半蔵は妻子を伊賀国に残してきた様で、領地の方を任せているらしい。そのため、補佐の者が妻子を伴っており、他の一族の妻子たちを取り纏めている。
千賀地半蔵の一族の中で、素破の者は命じた任務に取り掛かり、素破で無い者や妻子などは、旧松殿家の屋敷で下人として仕事をしていた。下人として働きながら、旧松殿家の家僕で誰が信じられるのか見定めているのかもしれない。
千賀地半蔵が私に仕えてから暫くして、半蔵は私にあることを申し出てきた。
「某は千賀地の地を離れました故、旧姓の服部に戻したくございます。御許しを賜りたく」
千賀地半蔵は、千賀地の名を捨て、服部の名に戻したいらしい。私はその申し出を了承する。
こうして、千賀地半蔵は名を改め、服部半蔵となったのであった。彼こそ、初代服部半蔵こと服部保長である。
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