第16話 松殿家の断絶によって旧松殿家を任される

 松殿家当主である松殿忠顕が6月3日に亡くなったと傅役から告げられた。今後の動向については、祖父の近衞尚通と父の近衞稙家が話し合っている様だ。

 祖父と父の動きは早く、私が松殿宰相の猶子になっていたため、松殿家の祭祀は近衞家が継承すると主張し、松殿家の屋敷と荘園は、近衞家の物となることを朝廷に承知させた。

 祖父と父は松殿家の小さな荘園でさえ、禁裏御料や他家の手中に入れさせたく無かった様である。

 

 その後、祖父と父に呼び出された私は、現段階で私に松殿家を相続させるつもりは無いと告げられる。そのため、松殿家は断絶することとなった。

 祖父と父が言うには、松殿家を継承したところで、私に旨味は無いそうだ。確かに、元々は摂関を輩出した家とは言え、零落れてしまっている。

 このまま近衞の子として生きた方が有利であるのは確かだ。近衞家としても、松殿家との親子関係が無くなったことで、近衞家の手札として使いやすくなったと言えるだろう。


「松殿家の屋敷と荘園は、其方に預ける故、松殿家の家僕たちを上手く使ってみよ」


 父から松殿家の屋敷と荘園を与えられることを告げられる。

 要は、松殿家の屋敷と荘園を運営して、松殿家の家僕たちを食わせてみろってことだろう。

 確かに、当家の家僕は多いから、松殿家の家臣たちが入り込む余裕は無いし、このままでは近衞家の負担が増えてしまう。松殿家の家僕たちが路頭に迷ってしまうのも、公家社会全体のことを考えるとよろしくないことだ。

 私にとっても、自由に使える財(カネやモノ)や人が増えるのでありがたいと言えばありがたい。

 しかし、幼子に任せて良いのかと思ってしまうが、公家衆は家によって差はあるけれど、嫡男が朝廷に出仕するのは5歳ぐらいからが多い。そのため、寿命の短い時代では、公家の子息に人を使う仕事を早く覚えさせるためか、幼くして役目を与えることは、有り得ることなのだろう。



 その後、松殿顕家の葬儀が終わるともに、松殿家の屋敷と荘園は、私の管理下に入ることとなった。

 松殿家の家政を担う家僕とは、軽く面通ししたものの、屋敷や家臣の状況など分からないことが多い。特に気になるのは、旧松殿家の財務状況だ。


 私は、傅役や護衛の者たちを連れて、松殿家の屋敷へと向かうことにした。その際、渡辺四郎左衛門にも同行してもらっている。

 松殿邸を訪れると寂れており、ところどころ修繕が必要だと見受けられる様な屋敷であった。


「若様、ようこそいらっしゃいました」


 松殿家の家政を担っていた家僕たちの代表者が出迎える。そのまま、屋敷の中へと案内された。

 屋敷の一室にて、家政を担っていた家僕たちが集まり、改めて松殿家の状況についての説明を受ける。

 松殿家の状況も他の公家たち同様に厳しい様だ。荘園は押領され、僅かに残った荘園で家僕たちを養わなければならなかったはずだが、朝廷からの官職手当も相当な支えになっていたはずだ。

 しかし、朝廷からの手当も往時に比べれば少なかったり、遅配もあったことだろう。そう考えると、松殿宰相の死によって、官職手当が無くなったことは、今後の旧松殿家の運営が出来るか微妙なところである。

 帳簿等も見せてもらうが、パッと見では芳しく無い。渡辺四郎左衛門を見やると、私の視線に気付いたのか、首を振る。

 旧松殿家の財政状況は、商人から見てもよろしく無い様だ。どうしたもんかな。

 取り敢えずは、近衞邸に戻ってから、渡辺四郎左衛門と話し合うとしよう。


 その後は、他の主要な家僕たちと顔合わせを行う。

 取り敢えず当家から持ってきたキカラスウリの種を渡し、荘園で栽培させる様に命じる。少しでも稼ぐタネが必要である。荘園内でキカラスウリを探して栝楼根を採集することも推奨しておいた。


 近衞邸に戻った私は、渡辺四郎左衛門とともに話し合う。予想していたとは言え、公家の財政状況の悪さはショックであった。


「松殿家は分かっていたとは言え、酷かったな」


「公家衆は多くがあの様なものでしょう。公儀と昵懇でもない限り、どこも厳しゅうございます。松殿家は荘園が僅かなのが気がかりではございますが」


 渡辺四郎左衛門は、松殿家の窮状は予想通りだった様で、動揺は少ない様だ。

 烏丸家、日野家、広橋家、飛鳥井家、勧修寺家、上冷泉家、高倉家、正親町三条家などと言った昵懇公家衆たちは、他の公家衆に比べると幾分かはマシの様である。

 摂家でも筆頭である近衞家は別格に荘園を持っていたので、公儀と昵懇で無くても何とかなってきた。他の摂家は困窮している家もあるぐらいだ。

 なので、渡辺四郎左衛門は松殿家の荘園が僅かであることを懸念している。


「荘園からの実入りには、あまり期待出来ぬ。当家の荘園の様に栝楼根を育てさせるなどして、少しでも実入りを増やさねばならぬな」


「若様のおっしゃる通りかと。栝楼根を育てる様に命じられたのはよろしゅうございます。されど、栝楼根として商えるには、今少し時間がかかりましょう」


 渡辺四郎左衛門の言うとおり、キカラスウリから売れる大きさの栝楼根になるまで、まだ時間がかかるのだ。

 どうしたものやら。他の収入源となるものを探さねばなるまい。


「若様がお好きに出来る荘園を得られたのは良きことにございます。荘園を豊かにすれば押領されるばかりにございますれば、程々になさいませ」


 渡辺四郎左衛門から、収入増を目指すばかりに荘園を発展すれば、押領されるだけだと釘を差される。


「では、どうすれば良いのだ?」


「前から若様とお話ししておりました元商人を引き続き探しましょう。細川京兆家の跡目争いで動きがありそうだと噂になっております。不幸にも店を失う商人など現れるやもしれませぬ」


 細川京兆家の後継者争いである「両細川の乱」で、細川澄元が畿内に再び進出する準備が整いつつあるとの噂が流れている様だ。1518年の大内義興の帰国により、細川高国方の主力が喪失し、パワーバランスが大きく崩れてしまった。

 このままだと、畿内の戦乱は再び激化するだろう。渡辺四郎左衛門の言うとおり、候補に相応しい元商人が現れるかもしれない。

 渡辺四郎左衛門とは更に話し合い、栝楼根が穫れる様になれば、松殿家の収入も少し改善されるかもしれないので、もし危ない様であれば多少の支援はすると言われる。

 渡辺四郎左衛門には、白粉商人とともにプールしている銭を投機に回してくれる様に頼んだ。両細川の乱が激化すれば、様々な物価が上がるだろうからな。既に遅いかもしれないが、手堅いところを狙ってくれる様に頼んでいる。

 取り敢えず、旧松殿家を自由に出来ることになったが、諸々の利益を出すには時間がかかりそうだ。

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