第21話『帰るまで一緒』

 8月29日、日曜日。

 とても気持ちのいい中で、俺はゆっくりと目を覚ました。薄暗い中で天井が見えるから……もう朝になっているのか。

 部屋の壁に掛かっている時計を見ると、今は午前7時前か。昨晩は日付が変わった後も氷織と肌を重ねていたけど、結構早い時間に起きられたな。スッキリもしているし。バイトや肌を重ねたことの疲れもあってぐっすり眠れたからかもしれない。


「すぅ……すぅ……」


 俺の左側から定期的に可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 寝息が聞こえる方に視線を向けると、昨日寝るときと変わらず、氷織は俺の左腕を抱きしめながら眠っていた。寝顔が可愛くて。何も着ずに寝ているから大人っぽさも感じられて。とても魅力的な寝姿だ。


「エサ……美味しいです……」


 氷織は笑顔でそんな寝言を言う。夢の中では猫になっているのだろうか。昨日は猫耳カチューシャを付けて、猫のように俺と戯れることもあったし。


「えへへっ。明斗さんの指を舐めながら食べるのも美味しいですね……」


 柔らかい笑顔でそう言う氷織。指を舐めながら食べるってことは……夢の中の俺は、指にペースト状のエサを付けて猫氷織に食べさせているのかな。そういう映像を動画サイトやテレビで見たことがある。


「餌を食べ終わったので、なでなでしてください……」


 猫氷織は俺に甘えているのかな。

 寝言を言う氷織があまりにも可愛いので、氷織が起きてしまわないように気をつけながらそっと頭を撫でる。それもあってなのか、


「気持ちいいにゃあっ」


 と、柔和な笑顔で氷織はそんな寝言を言った。

 それからも寝言を言う氷織のことを見守り続ける。定期的に可愛い寝言を言うし、寝顔が可愛いので見ていて全然飽きない。

 目覚めてすぐに恋人の寝顔をゆっくりと見られて幸せだ。いつかは氷織と同棲して、俺が早く起きられた日には氷織の寝顔が見られる生活を送れたらいいな。


「ふああっ……」


 見守り続けてから10分ちょっとして、氷織はあくびをしながら目を覚ました。氷織は俺と目が合うと、可愛い笑みを浮かべる。


「おはようございます、明斗さん」

「おはよう、氷織」


 俺は氷織におはようのキスをする。

 数秒ほどして俺から唇を離すと、目の前にはほんのりと赤みを帯びた氷織の笑顔があって。とても可愛いな。


「目を覚ましたら明斗さんがいて。おはようのキスもできて。とても幸せな目覚めです。明斗さんとお泊まりをするときには毎回そう思います」

「俺もだよ、氷織。あと、今日は10分ちょっと前に起きて、寝ている氷織のことを眺めてた」

「そうでしたか」

「夢の中で氷織が猫になっていたみたいで、俺にエサを食べさせてもらったり、撫でてもらったりしていたみたいだ。そんな寝言を言ってた」

「ふふっ、そうでしたか。昨日の夜は猫耳カチューシャを付けていましたからね。明斗さんに猫っぽく戯れましたし。えっちもしましたし」

「きっとその影響だろうな。寝言を言っている氷織、可愛かったぞ」

「寝ている間のことですが嬉しいですね。……そうだ。あの猫耳カチューシャを付けた明斗さんを見てみたいです。どんな感じか気になって」

「一度も付けていないもんな。いいぞ」

「ありがとうございますっ」


 俺はベッドから降りて、ローテーブルに置いてある猫耳カチューシャを付けてみる。


「どうだ、氷織」

「可愛いですよ! 朝から可愛い明斗さんを見られて幸せです」

「そう言ってくれて良かった」


 氷織は言葉通りの幸せそうな笑顔で俺を見ている。氷織に好評で良かった。

 ベッドに戻ると、氷織は優しい笑顔で俺の頭を優しく撫でてくれる。気持ちいいな。カチューシャを付けているし、何だか猫になった気分だ。昨日の夜、氷織が猫耳カチューシャを付けたときにはこんな気持ちだったのだろうか。


「いい子ですね」

「気持ちいい……にゃ」

「ふふっ。猫みたいに鳴いてくれて可愛いです。キュンとなりました」


 そう言うと、氷織は俺のことを抱き寄せてくる。その流れで顔を氷織の胸に埋める体勢になって。額から鼻のあたりまで氷織の柔らかい胸が当たって。顔面に氷織の胸の柔らかさと温もりを感じて、呼吸する度に氷織の甘い匂いが濃く感じられて幸せだ。

 昨日、氷織は俺の胸に顔を埋めたとき、顔をグリグリと押しつけていたな。その真似で、俺も氷織の胸にちょっと顔を押しつけてみる。……より柔らかさが感じられて気持ちいいな、これ。


「ふふっ、顔を押しつけてきて」

「昨日の猫氷織を思い出してさ。……柔らかくて気持ちいい。幸せだ。氷織の胸が好きだなって改めて思うよ」

「そう言ってくれて嬉しいです。可愛い猫明斗ちゃんですっ」


 弾んだ声で氷織がそう言った直後、頭にさっきと同じ感触が。きっと、頭を撫でてくれているのだろう。

 それにしても、目が覚めてすぐに、恋人のお願いで裸のまま猫耳カチューシャを付けて、恋人の胸に顔を埋めている男子高校生って俺くらいじゃないだろうか……と思った。

 氷織の希望で猫耳カチューシャを付けた俺の顔をスマホで撮影した後、お泊まりでは恒例になっている朝風呂に一緒に入るのであった。




 現在放送されていて氷織も俺も観ているアニメの最新話や、うちにあるアニメのBlu-rayを一緒に観てお家デートを楽しんでいく。

 また、氷織が着ている服は、ゴールデンウィーク中のデートで、姉貴がバイトをしているアパレルショップで購入した青いフレンチスリーブのワンピースだ。そのときは姉貴が試着に付き合ったり、会計を担当したりしたっけ。氷織はこの服を気に入っており、これまでに何度か着ているところを見たり、この服を着て火村さんや葉月さんなどと遊んだときの写真を送ってもらったりしたことがある。

 青いワンピース姿の氷織を見て、氷織からワンピースを何度も着ていると言われた姉貴は、


「氷織ちゃんがそのワンピースを何度も着てくれて嬉しいよ! 気に入ってくれているんだね。本当によく似合ってるよ。お昼からのバイトを頑張れそうだよ!」


 と、凄く嬉しそうにしていた。氷織も嬉しそうで。2人を見て、俺も嬉しい気持ちになった。

 氷織と一緒に過ごすのが楽しくて、氷織が帰る夕方まではあっという間だった。


「では、私はこれで帰ります。今回もとても楽しい時間を過ごせました。お世話になりました。朝ご飯とお昼ご飯、美味しかったです」

「良かったわ。またいつでも泊まりに来てね」

「青山さん、いつでもおいで」

「はいっ。ありがとうございます。お邪魔しました」

「じゃあ、氷織を家まで送ってくるよ」


 昨日、俺の家に来ている間に約束した通り、氷織の家まで送ることに。

 昨日と同じく俺はボストンバッグを持つ。氷織は着物バッグを肩に掛けて、花火大会の射的でゲットした猫のぬいぐるみとカチューシャが入っている紙の手提げを持って。もちろん、一緒に歩いているので手を繋いで。

 今日も一日よく晴れた。ただ、今は午後5時過ぎで、日も傾き始めてきたので暑さはそこまで厳しくない。


「明斗さんにボストンバッグを持ってもらっているので、昨日、家からゾソールに行ったときよりも楽です」

「そう言ってもらえて良かった。もし、着物のバッグや手提げを持ってほしいときは遠慮なく言っていいからな」

「ありがとうございます。……あと、5時過ぎになって、暑さも和らいできているのも楽だなって思う理由ですね」

「そっか。確かに、そこまで暑くないよな。あと3日で9月になるだけのことはあるな。一番暑い時期だと、この時間帯でも結構暑かったし」


 夏休み中は夕方にバイトが上がることも多かったけど、夏真っ盛りの頃は暑い中帰ると疲れたっけ。あと、バイト中に入口前の掃除に出ることがあるけど、暑い時期は夕方や日が暮れても暑かったことを覚えている。


「ただ、もし、今より暑かったとしても、明斗さんとこうして一緒に歩けるなら、家まで平気な気がします。実際、コアマに行ったときは、明斗さんと一緒に炎天下の中で開会まで2時間以上待ったり、人気サークルの列に1時間以上並んだりしましたし。その時間も楽しかったですから」

「そうだったな。あのときは結構暑かったけど、氷織のおかげで楽しかった。俺も氷織と一緒なら、今より暑くても平気だな」

「明斗さんも同じ気持ちで嬉しいですっ」


 氷織は言葉通りの嬉しそうな笑顔を見せてくれて。そのことがとても嬉しくて。


「家まで送るって言ってみて良かったよ。こうして一緒に歩くのが楽しいし」

「私も楽しいです。ちょうど昨日の今頃の時間から、明斗さんとずっと一緒にいましたし。少しでも長く一緒にいられて嬉しいです」

「俺も嬉しいよ、氷織。これからも、氷織が泊まりに来たときは家まで送るのを定番にしようか」

「いいですねっ。私も、明斗さんがうちに泊まり来たときも、明斗さんを家まで送るのを定番にしたいです。少しでも長く一緒にいたいですから」

「そっか。じゃあ、お互いに、お泊まりのときは家まで送るのを定番にしよう」

「はいっ!」


 氷織はニコッと笑いかけながら元気良く返事をした。


「花火大会デートもお泊まりも今日のお家デートも楽しかったです!」

「俺も楽しかったよ。これも、海水浴デートの帰りに、氷織が花火大会に一緒に行きたいって言ってくれたおかげだ。ありがとう、氷織」

「いえいえ。誘ってみて良かったです」


 氷織はそう言うと、ニッコリと笑いかけてきた。その直後、俺の手を握る力が強くなったのが分かった。

 それから、今回の花火大会デートからのことや、昨日と今日の間に観たアニメのことなどで話が盛り上がりながら、氷織の家まで一緒に歩いていくのであった。

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