第15話『おみやげ』

 氷織と葉月さんと一緒に、愛莉ちゃん絡みの話をしたり、アニメを観たりすることが楽しくて、気付けば午後3時を回っていた。

 ちなみに、これまで火村さんと愛莉ちゃんが起きた様子は見られない。七海ちゃんのベッドが気持ち良くて、ぐっすりと眠れているのかな。

 お昼ご飯を食べてから2時間ほどが経ったので、ちょっとお腹が空いてきたねと話していたとき、

 ――プルルッ。

 ローテーブルに置いてあるスマホが鳴った。3人ともスマホを置いてあるし、みんなマナーモードにしているので、誰のスマホが鳴ったのか分からない。

 自分のスマホを確認すると……特にメッセージやメールなどは来ていなかった。ということは、鳴ったのは氷織か葉月さんのスマホか。


「あっ、友美さんからメッセージが来ました」

「友美さん……ああ、愛莉ちゃんのお母さんッスか」

「そうです。……仕事が終わって、今は萩窪駅にいるそうです。愛莉ちゃんの面倒を見てくれたお礼に、何かスイーツを買ってからここに戻ってくるそうです。沙綾さんと恭子さんの分もあるとのことです」

「それは嬉しいッスね!」


 甘いものが食べられると分かって、葉月さんは結構嬉しそうだ。

 朝、愛莉ちゃんと一緒に来たときには葉月さんと火村さんはいなかった。ただ、午前中に、愛莉ちゃんと一緒に仲良く写った写真を氷織が友美さんにLIMEで送ったから、2人の分のスイーツも買ってきてくれることになったのだろう。


「友美さんがスイーツを買ってきてくれるから、何も食べないでおくか」

「そうッスね」

「そうしましょう。友美さんには了解の返事を送っておきますね」


 そう言い、氷織は笑顔でスマホをタップしていた。

 それからも、俺達は3人で愛莉ちゃんのことや、現在放送されているアニメのことを話しながら友美さんが帰ってくるのを待つ。また、その間も火村さんと愛莉ちゃんがこの部屋に来ることはなかった。

 氷織が友美さんからのメッセージを受け取ってから30分ほど。

 ――ピンポーン。

 インターホンの音が鳴り響いた。タイミング的にも、友美さんが戻ってきた可能性が高いと思われる。

 インターホンが鳴ってから1分ほどして、


『愛莉ちゃーん。みんなー。友美が帰ってきたよー。リビングに来てー』


 という陽子さんの呼びかけが聞こえてきた。やっぱり、インターホンを鳴らしたのは友美さんだったか。

 はーい、と氷織が返事した。

 俺達3人は氷織の部屋を出る。ただ、1階に行く前に、火村さんと愛莉ちゃんがお昼寝をしている七海ちゃんの部屋に向かう。


「うん……」

「ふああっ……」


 部屋の中に入ると、インターホンの音や陽子さんの呼びかけもあってか、火村さんと愛莉ちゃんはベッドの上で体を起こしていた。火村さんは体を伸ばしており、愛莉ちゃんは目を擦っている。ちょっと眠たそうにしているので、ついさっきまでずっと眠り続けていたことが窺える。


「何かインターホンの音とか陽子さんの声が聞こえた気がしたんだけど」

「……おばちゃんのこえ、きこえたきがする」

「仕事が終わった友美さんが戻ってきたんです」

「おかあさん、おしごとおわったんだ!」

「愛莉ちゃんのお母さんに会えるのね!」


 それまで眠たそうにしていたのが嘘であるかのように、火村さんと愛莉ちゃんの目がパッチリとしたものになる。2人とも友美さんに会えるから嬉しそうな笑顔になっていて。可愛い女の子達だ。

 俺達5人は一緒に1階に降りて、リビングに向かう。

 リビングに入ると、陽子さんと亮さん、そして仕事から戻ってきた友美さんの姿が。俺達に気付いたようで、陽子さんは笑顔で俺達に向かって小さく手を振る。


「みんなただいま~」

「おかえり! おかあさんっ!」


 愛莉ちゃんはとても嬉しそうに言い、友美さんに勢い良く抱きつく。親子の微笑ましい光景だな。


「友美さん、お仕事お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「ありがとう、氷織ちゃん、紙透君。あと、愛莉の面倒を見てくれてありがとう。……そちらの2人が氷織ちゃんのお友達ね」

「はい。葉月沙綾さんと火村恭子さんです。沙綾さんは部活が同じで、恭子さんはクラスメイトのお友達です」

「初めまして。葉月沙綾ッス」

「火村恭子といいます、初めまして! いやぁ、さすがは愛莉ちゃんのお母さんで氷織と七海ちゃんの叔母さんで陽子さんの妹さんだけあって綺麗で可愛らしいですね!」


 葉月さんはいつも通りの笑顔と口調で自己紹介するけど、火村さんは興奮した様子で自己紹介し、とても早口で友美さんのことを褒めた。どうやら、友美さんも火村さんにはドストライクだったようだ。

 火村さんのマシンガントークを受けたけど、友美さんは「ふふっ」と明るく笑う。


「現役の女子高生に褒められて嬉しいよ。恭子ちゃんに沙綾ちゃんね。2人も愛莉の面倒を見てくれてありがとね」

「いえいえ。あいりんのおかげで楽しい時間になったッス」

「あたしもです! 可愛い愛莉ちゃんと一緒の時間を過ごせて幸せでした! それに、昼食後には2時間以上一緒に昼寝しましたし!」

「そうだったの。保育園ではお昼寝の時間があるし、休日もお昼ご飯の後はお昼寝することがあるからね。ありがとう、恭子ちゃん」

「いえいえ! こちらこそありがとうですよ!」


 愛莉ちゃんと一緒に過ごせた上に友美さんに褒められたからか、火村さんはとても幸せそうな笑顔になっている。そんな火村さんを友美さんは嬉しそうに見ていた。


「愛莉。お母さんがお仕事に行っている間、いい子にできていたかな?」

「うんっ!」

「愛莉ちゃんはとてもいい子にしていました」

「氷織の言う通りです」

「そうだったのね。良かったわ。愛莉、偉いね」


 友美さんは優しい笑顔で愛莉ちゃんの頭を撫でる。それが気持ちいいのか。それとも偉いと褒められたからなのか。愛莉ちゃんは「えへへっ」と嬉しそうに笑った。


「愛莉がここでいい子にしていたご褒美と、みんなが愛莉の面倒を見てくれたお礼にドーナッツを買ってきたわ」


 そう言い、友美さんはローテーブルに置いてある箱形の手提げを右手で指し示した。


「わぁい! ドーナッツ!」

「ドーナッツ大好きです!」

「嬉しいッス!」


 愛莉ちゃんと火村さん、葉月さんは嬉しそうに言う。


「あの箱のデザイン……笠ヶ谷駅近くにあるドーナッツ屋さんですね」

「あのドーナッツ屋さんか。美味しいよな」


 これまでの放課後デートや休日のデートで、氷織と何度か行ったことのあるドーナッツ屋さんだ。「昔から家族で何度も食べているドーナッツ屋さんです」と氷織がオススメしてくれたことがきっかけだった。ドーナッツはもちろんのこと、コーヒーや紅茶も結構美味しいんだよな。


「氷織ちゃんと紙透君は知っているんだね。笠ヶ谷駅に戻って、何を買おうか考え始めたときにドーナッツ屋さんを見つけてね。紙透君達の味の好みが分からなかったから、プレーンドーナッツとチョコレートドーナッツの2種類を買ってきたわ。ここにいる8人と七海ちゃんの分をね」

「そうなのね、友美。ありがとう。おやつにいい時間だし、さっそくみんなで食べましょうか」

「やったー!」


 陽子さんの提案に、愛莉ちゃんは両手を挙げて大喜び。そのことに、ここにいる他の7人がみんな笑顔になった。

 それからはアイスティーやアイスコーヒーを淹れ、8人でリビングのローテーブルを囲んでドーナッツを食べることに。座っている位置はお昼ご飯と同じであり、友美さんが火村さんの隣に座ることになった。

 ドーナッツはプレーンが5個、チョコレートが4個ある。

 8人それぞれがプレーンかチョコレートか好きな方のドーナッツを箱から取る。ちなみに、俺、火村さん、亮さん、陽子さん、友美さんがプレーン、氷織、葉月さん、愛莉ちゃんがチョコレートだ。

 また、残りのチョコレートドーナッツは七海ちゃんのものに。氷織曰く、七海ちゃんはチョコレートドーナッツが大好きなので喜ぶだろうとのこと。


「友美、買ってくれてありがとね。それじゃ、いただきます!」

『いただきまーす』


 陽子さんの号令で、俺達はドーナッツおやつタイムに。

 俺はプレーンドーナッツを一口食べる。


「……うん、美味しい」


 優しい甘味で、香ばしさもあってとても美味しい。氷織とのデートでもプレーンドーナッツは何度か食べるから、そのときのことを思い出す。

 氷織の方を見ると……氷織はチョコレートドーナッツを美味しそうにモグモグと食べている。氷織もチョコ系のスイーツが好きだからなぁ。可愛いな。

 俺の視線に気付いたのか、氷織は俺の方を向いてニコッと笑う。


「チョコレートドーナッツ美味しいです」

「良かったな。やっぱり、ここのドーナッツ美味しいよな」

「美味しいですよねっ」


 弾んだ声でそう言う氷織。氷織とこういった会話ができるのが嬉しい。何度も行ったことがあるドーナッツ屋さんのドーナッツを買ってきてくれた友美さんに感謝だ。


「チョコドーナッツおいしい!」

「チョコ美味しいッスよね、あいりん!」

「プレーンドーナッツ美味しいですっ!」

「このドーナッツ屋さんのドーナッツは昔から変わらず美味しいわ」

「そうだな、母さん」

「みんなに喜んでもらえて良かった。……本当に美味しいね、陽子姉さん」


 みんなもドーナッツに満足しているようだ。


「ただいま~」


 玄関の方から七海ちゃんの声が聞こえてきた。部活から帰ってきたのか。

 リビングにいる俺達8人全員で、


『おかえり』


 と七海ちゃんに言った。リビングから大勢に言われたのが予想外だったのか、「へっ?」と七海ちゃんの甲高い声が聞こえた。

 それから程なくして、玄関の方に繋がっているリビングの扉が開く。すると、そこにはエナメルバッグを肩に掛けた制服姿の七海ちゃんが。


「ただいま。あっ、みんなでドーナッツ食べてる」

「友美が仕事帰りに駅前のドーナッツ屋さんで買ってきてくれたの。七海の分もあるわよ」

「そうなんですね! 友美さん、ありがとうございますっ! あと、お仕事お疲れ様ですっ!」


 七海ちゃんはとても嬉しそうに、大きな声でお礼を言った。こういうのを見ると、運動系の部活に所属している子らしいなって思う。


「いえいえ。七海ちゃんも部活お疲れ様」

「ありがとうございます! あと、沙綾さんと恭子さん、こんにちは!」

「どうもッス、ななみん!」

「こんにちは、七海ちゃん! 七海ちゃんと会えて幸せだわ! あと、ベッドありがとう! いい匂いで気持ち良かった!」


 会えて「幸せ」と言ったり、ベッドの匂いの感想を言ったりすることに火村さんらしさを感じる。


「ふふっ、それは良かったです」

「七海も一緒にドーナッツを食べましょう? 七海の好きなチョコレートドーナッツをとっておきましたよ」

「ありがとう! 着替えて、手を洗ってくるね!」


 七海ちゃんは嬉しそうに言うと、リビングを飛び出していった。あの様子からして、チョコドーナッツが大好きなのだと分かる。

 2、3分ほどして、スカートとパーカー姿になった七海ちゃんがリビングに戻ってきた。自分でアイスティーを淹れて、氷織と陽子さんの間のローテーブルの角部分に座った。


「いただきまーすっ!」


 元気良く言い、七海ちゃんはチョコドーナッツを一口食べる。美味しいのか「ん~っ!」と可愛らしい声を漏らしながらモグモグと食べていて。その可愛らしい姿は愛莉ちゃんと重なる部分がある。


「美味しいっ! 部活の後だから凄く美味しい!」

「チョコドーナッツおいしいよね! ななみちゃん!」

「そうだね!」


 七海ちゃんと愛莉ちゃんは笑い合う。これが従姉妹同士の笑顔か。滅茶苦茶可愛い。2人からマイナスイオンが出ているんじゃないかと思えるくらいに癒やされる。


「ねえねえ、あきとくん」

「うん?」

「……あきとくんのドーナッツ、ちょっとたべてみたい」

「愛莉ちゃんとは違うドーナッツだもんな。いいよ、ちょっとあげる」

「ありがとう! じゃあ、わたしのドーナッツもちょっとあげるね!」

「嬉しいなぁ。ありがとう。チョコ、気になっていたんだ」


 愛莉ちゃんと違うドーナッツになったのが分かったとき、愛莉ちゃんから一口交換をお願いされると思っていたよ。


「あたしも一口交換を狙っていたのに、紙透に先を越されたわ! 愛莉ちゃん、あたしとも一口交換しない?」

「うん、いいよ!」


 愛莉ちゃんと火村さんの食べるドーナッツが違うと分かったとき、火村さんが愛莉ちゃんに一口交換をお願いするとも思っていたよ。


「良かったね、愛莉」

「うんっ!」


 愛莉ちゃんとドーナッツを一口交換する。その際は互いに食べさせ合って。チョコレートドーナッツも美味しいな。あと、俺のドーナッツを食べさせたときの愛莉ちゃんはとても可愛くて。

 また、氷織ともドーナッツを一口交換したり、愛莉ちゃんと今日遊んだ内容を話したりして、とても楽しいドーナッツおやつタイムになった。

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