エピローグ『優しさに触れた。』

 8月2日、月曜日。

 今日は昼過ぎから、俺の家で氷織とお家デートをしている。夏休みの課題をしたり、休憩中にはアニメを観たりと楽しい時間を過ごせている。

 また、休憩中に、先週末に氷織の家で開催されたお泊まり女子会について、氷織がたくさん話してくれた。

 夕食は葉月さんと一緒に作ったハヤシライスだったり、お風呂では火村さんと七海ちゃんと3人で楽しい時間を過ごしたり、氷織の部屋で『秋目知人帳』のアニメを観ながらお菓子を食べたり、寝る前は……肌を重ねることの話題で盛り上がったりと盛りだくさんの女子会だったのだと分かった。


「明斗さんとすることですからね。そこまで詳しくは話しませんでした。ただ、えっちについて話したのが嫌だと思ったのならごめんなさい……」


 赤面しながら俺に謝ってくる氷織。


「まあ……友達の火村さんと葉月さんと清水さん、あとは妹の七海ちゃんしかいない場だからね。彼女達だけならかまわないよ。そこまで詳しくは話さなかったみたいだし。他の人には秘密みたいだから。気にしないで」


 俺がそう言うと、氷織はほっと胸を撫で下ろした。もしかしたら、俺に怒られるかもしれないと思ったんだろうな。


「そう言ってくれて嬉しいです。ありがとうございます」

「いえいえ。俺も気をつけないとな……」


 氷織と付き合っていて、最後までする関係であることが嬉しいから、下手したら友人とかに話してしまうかもしれないし。

 そういえば、以前……友達から、女子だけの場だと、なかなかの下ネタトークが繰り広げられると聞いたことがある。どうやら、それは本当だったようだ。


「楽しいお泊まり女子会になったみたいで良かったな」

「はいっ! また女子会したいですね。もちろん、明斗さんとのお泊まりも」

「そうだな」


 最後に氷織とお泊まりをしたのは七夕祭りに行った日だ。一度でいいから、夏休み中にお泊まりしたい。

 氷織は俺の淹れたアイスコーヒーをゴクゴクと飲む。今も顔が赤いし、体が熱くなっているのかな。コーヒーを飲む氷織も可愛いな。


「けほっ! けほっ!」


 コーヒーを飲んでいる中、氷織が急に咳き込み始めた。結構苦しそうで、氷織は左手で口を押さえながら何度も咳をしている。


「だ、大丈夫か!」


 俺は氷織のすぐ側まで行き、右手で背中を軽くさする。氷織の着ている青のノースリーブの縦ニット越しに強い熱が伝わってきて。

 俺が背中をさすったからだろうか。氷織の咳が治まり「はあっ……はあっ……」と長い呼吸をするように。そのことに一安心した。ただ、それでも氷織の背中をさすり続けた。


「体がかなり熱くなったので……アイスコーヒーをゴクゴク飲んだんです。ただ、勢い良く飲んだせいか……気管の方にコーヒーが入っちゃって。むせっちゃいました」


 そう言うと、氷織は俺の方に顔を向ける。むせたのもあって、さっきよりも顔が赤くなっていて。ただ、そんな顔に微笑みが浮かんでいた。


「そういうことあるよな。咳は治まったみたいだけど、体は大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。明斗さんが背中をさすってくれたおかげですね。ありがとうございます」

「いえいえ。ただ、氷織のためになれて良かったよ」

「ふふっ」


 上品に笑うと、氷織は「ちゅっ」と俺にキスしてきた。一瞬、唇が重なっただけだけど、いつものキスよりも氷織の唇からは強い温もりを感じられた。

 あんなに咳き込んで苦しむ氷織を見たのは初めてだったから不安になった。ただ、すぐに治まって良かった。咳き込んだ直後だから、今も呼吸が少し乱れているけど、これもすぐに治まるだろう。


「ひっ」


 ……うん? 氷織から聞き慣れない甲高い声が聞こえたけど。


「ひっ」


 あっ、同じような声が氷織からまた聞こえてきた。どうしたんだろう? そう思って氷織のことを見た直後、


「ひっ」


 三度、氷織から甲高い声が聞こえた。その瞬間に氷織の体がピクッと震える。

 この定期的に聞こえる短い声。それに伴って、体がピクッとなることからして、


「しゃっくりか」

「……みたいですね。きっと、さっき激しくむせてしまったのが原因かと……ひっ、思います」


 話している途中でしゃっくりが出たからか、氷織ははにかんでいる。そんな中でも、氷織は再び「ひっ」としゃっくりしてしまう。


「しゃっくりする氷織も可愛いけど、早く止めたいよな」

「ですね。まずは……息を止めてみましょう、ひっ」

「息を止めるのはいいって聞いたことがある」

「私もです。では、やってみます」


 氷織は息を止め始める。そんな氷織は真剣な様子。この方法でしゃっくりが止まればいいんだけどな。

 氷織はじっとしているけど、たまに体がピクッと動くことが。ひっ、と声が出ないだけで、しゃっくりはまだ治まらないか。

 ずっと息を止めているからか、氷織の顔色が段々と悪くなってきた。効果がなさそうだしここで止めさせよう。


「氷織、息を止めるのはここでやめようか」

「……ぷはっ。息を止めるのは効果ない……ひっ、ですね」

「そうだなぁ。他には……俺がしゃっくり出たときは、水を一口飲んで止めたことがある。ただ、さっきコーヒーでむせったし、しゃっくりに繋がったからそれは避けたいよな」

「ですね。水を飲むのもしゃっくりを……ひっ、止めるいい方法の一つだとは分かっていますが。ひっ」


 それに、水を飲んでいるときにしゃっくりが出たら、またむせって苦しい思いをしてしまうかもしれないし。今回、この方法を使うのは止めておくか。


「氷織はこれまでしゃっくりが出たときにはどうやって止めてた?」

「一人でいるときには……ひっ、今のように息を止めたり、飲み物を飲んだりしました。誰かと一緒にいるときは、驚かされたり、くすぐられたりしてしゃっくりを止めていました。ひっ」

「驚かせたり、くすぐったりするのも止めるいい方法だって聞くな」


 そうして体を刺激することで、しゃっくりの原因である横隔膜のけいれんが治まるメカニズムなのかな。俺も姉貴が一緒にいるときにしゃっくりが出たときは驚かされたり、脚とかをくすぐられたりしたなぁ。


「せっかく明斗さんが……ひっ、いますから……く、くすぐってほしいです」


 氷織は俺を見つめながらそんなお願いをしてくる。頬を中心にほんのりと顔が赤くなっていて。しゃっくりを止めるためだけでなく、くすぐられたい願望もありそうな。今まで全然やったことないから。

 ただ、恋人からおねだりされているし、俺も氷織のしゃっくりを止めることに協力したい。正直、くすぐってみたい気持ちもあるけど。


「分かった。俺がくすぐるよ」

「ありがとうございます……ひっ」

「どこをくすぐってほしいとかある?」

「……わ、腋や脇腹でしょうか。ひっ。そのあたりが弱いので、くすぐられたらより効果がありそうです」

「腋と脇腹ね。了解」


 俺がそう言うと、氷織は着ているノースリーブを少しだけ捲り上げて、お腹を露わにする。直接くすぐってもらおうって考えか。あと、今日の氷織のお腹も綺麗だ。

 俺は氷織と向かい合う形になって座り、両手を氷織の脇腹に添える。その直後に「ひっ」と氷織はしゃっくりして。その際の体の震えが両手に伝わってくる。


「じゃあ、くすぐるよ」

「は、はいっ。お願いします。……うふふっ!」


 両手で脇腹をくすぐり始めると、くすぐったいのか氷織はさっそく大きな声で笑い始めた。これは結構な効果がありそうだ。

 今は脇腹だけど、不意打ちに氷織の腋をくすぐることも。そうすることで驚きも与えられて、より効果が出そうだから。実際、脇腹から腋に移すと、氷織は「ひゃあんっ!」と可愛い声を漏らしていた。

 くすぐり始めたときはしゃっくりが出ていたけど、その頻度も段々少なくなってきた。


「うふふっ、くすぐったいですけど何だか気持ちいい……」


 氷織は恍惚とした笑みを浮かべながらそう言ってくる。脇腹や腋に直接触れているから、今の氷織を見ていると段々とドキドキしてきて。

 脇腹と腋をくすぐり続けたことで、氷織のしゃっくりも出なくなってきた。代わりに出るのは「んっ」「あっ」といった甘い声で。そろそろ止めても大丈夫かな。


「このくらいでいいかな」


 くすぐりを止めると、俺のくすぐりで体の力が抜けたのか、氷織はぐったりとした様子で俺の胸の中に顔を埋めてきた。そんな氷織のことをそっと抱きしめる。


「はあっ、はあっ……くすぐられて力が抜けちゃいました」

「そうか。やり過ぎちゃったかな。ごめん」

「いえいえ。くすぐられるのが気持ち良かったですし。それに、しゃっくり……止まりましたから。明斗さんのおかげです。ありがとうございます」


 氷織は俺を見上げながら、ニッコリとした笑顔を見せてくれる。依然として頬を中心に顔が赤くなっているのも相まってとても可愛い。しゃっくりが止まったことにほっとしたと同時に嬉しい気持ちになる。


「いえいえ。しゃっくりが止まって良かったよ」

「ありがとうございます。あと、明斗さんに腋と脇腹をくすぐられたら……ムラムラしてきちゃいました。ですから、いっぱいキスしてもいいですか?」


 普段よりも甘い声色で氷織はそう言ってくる。

 氷織の体をくすぐるのはこれが初めてだった。気持ちいいと言っていたくらいだから、ムラムラしてくるのも自然なことだと思う。


「いいよ、氷織」

「ありがとうございますっ」


 可愛い笑顔でそうお礼を言うと、氷織は俺を抱きしめてキスしてくる。

 ムラムラしていると言うだけあってか、氷織はすぐに舌を絡ませてきて。しかも、かなり激しくて。そのことで氷織の生温かさが伝わってくる。あと、氷織がむせるまでアイスコーヒーを飲んでいたから、コーヒーの香りが濃く香ってきて。だから、気持ち良さだけじゃなくて、美味しさも感じられるキスで。

 氷織から唇を離すと、氷織はすぐ目の前で俺に可愛い笑顔を見せてくれる。


「むせたり、しゃっくりしたりしたのを止めてくれたからでしょうか。いつも以上に幸せな気持ちになっています」

「ははっ、そうか。だから、いつもよりも激しく舌を絡ませてきたのかな」

「そうですね。明斗さんの優しさに触れて、明斗さんが本当に好きだって思えて」

「そうか。俺も氷織が大好きだぞ」

「私もですっ」


 ニコッと笑って、氷織はそう言ってくれる。そんな可愛い姿も好きだと思いつつ、今度は俺からキスをした。

 高2の夏休みはまだ1ヶ月近くある。氷織と一緒に過ごして、一つでも多くの思い出を作っていきたいな。

 気付けば、氷織を抱きしめる力が強くなっていた。全身から伝わる氷織の温もりは心地良くて。特に唇から伝わる温もりは愛おしくも感じられたのであった。




特別編5 おわり

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