第2話『みんなと待ち合わせ』

 午後5時40分過ぎ。

 俺と氷織は七夕祭りに行くため、氷織の家を出発する。和男達とは午後6時に笠ヶ谷駅の南口で待ち合わせをすることになっている。

 甚平や浴衣を着ているので、それに合わせて俺は持参した草履、氷織は下駄を履いている。カタッ、カタッ……という氷織の下駄の音が心地いい。お祭りのある夏の時期に聞くことが多いから、個人的には下駄の音は夏の音だ。


「浴衣を着て、下駄を履いて、甚平姿の明斗さんと一緒に歩いて。既にお祭り気分になっています」

「俺もお祭り気分になってるよ。普段は着ない甚平だし、隣には浴衣姿の氷織がいるからな。髪型もいつもとは違ってお団子ヘアーだし。夏の特別な時間を過ごしているんだって実感してる」

「こういう身なりになるのは夏にあるお祭りくらいですもんね。去年、七夕祭りに行ったときには、まさか次の年に彼氏と一緒に行くことになるとは想像もしませんでした」

「そうか。俺も去年の夏に、彼女と一緒にお祭りに行くとは考えもしなかったな」


 去年の今頃は好きな人がいなかったし。氷織のことは知っていたけど、一目惚れをする前だったから。当時の俺に、氷織と恋人になって、一緒に七夕祭りに行って、その後にお泊まりをするって教えたらどんな反応をされるだろう。


「今夜は七夕祭りとお泊まりを楽しみましょうね!」

「ああ、楽しもうな! 楽しみたいから、今日は雨が降らなくて良かったよ」

「良かったですよね。アーケードのある商店街が会場ですから雨天でも開催されますけど、雨が降らないに越したことはないですから。着ているものが濡れる心配もありませんし。この時期は梅雨ですから、雨が降らないのは運がいいです。あと、陽も傾いてきて、気温も下がってきましたし」

「それも含めて運がいいな。快適な中でお祭りを楽しめそうだ」

「ですねっ」


 俺のことを見上げながらニッコリと笑う氷織。本当に可愛いな。あまりにも可愛いから、和男達以外には浴衣姿の氷織を見せたくないと思ってしまう。

 氷織と話していたので、気付けば笠ヶ谷駅の北口が見えていた。

 氷織のように浴衣姿の人をちらほらと見かける。俺みたいに甚平を着る男性の人も。中にはカップルや数人ほどのグループで歩いている人もいて。きっと、彼らも七夕祭りに行くのだろう。

 北口から駅構内に入り、待ち合わせ場所の南口を目指す。

 構内にも浴衣姿や甚平姿の人がいるなぁ。改札からもそういった服装の人達が出てきていて。地元以外の人も来るほどの人気があるお祭りなんだな。

 また、構内にいる人の多くが氷織に視線を向けている。浴衣姿に目を奪われているのだろう。綺麗だもんなぁ。会場でも今のように視線を集めそうだ。

 今は……午後5時50分か。待ち合わせの時間の10分前だけど、もう誰か待っているのだろうか。


「アキ! 青山!」

「2人とも、おーい!」


 和男と清水さんの元気な呼び声が聞こえてきた。

 南口の方を見ると、南口の近くからこちらに手を振ってくる和男と清水さんの姿が見えた。2人とも高校の制服姿だ。俺と氷織はそんな2人に手を振り返す。


「こんばんは、美羽さん、倉木さん。あと、部活お疲れ様です」

「2人とも部活お疲れ様」

「おう! ありがとな!」

「ありがとう! 氷織ちゃん浴衣がよく似合ってるね! 凄く綺麗だよ! お団子に纏めた髪型も素敵だねっ」

「凄く似合ってるな、青山」

「ありがとうございます」


 和男と清水さんに浴衣姿を褒められて、氷織は凄く嬉しそうだ。

 きっと、氷織に視線を向けている大半の人が、2人と同じような感想を抱いているのだろう。


「アキは甚平姿か」

「紙透君は浴衣で来ると思っていたから、何だか意外。もちろん似合ってるよ」

「似合ってるよな! おとこって感じがするぜ!」

「ははっ」


 和男の言葉に思わず笑い声が漏れる。和男にとって、甚平は男性が着るイメージがあるのだろうか。ただ、ここに来るまでの間に、甚平姿の男性は見かけたけど、女性は一人もいなかった。俺の記憶の限りでも、夏祭りで甚平を着る女性はあまり見たことがない。

 あと、和男って甚平がよく似合いそう。それこそ『漢!』って感じになりそうだ。


「ありがとう。あと、中学以降は甚平だけど、それまでは浴衣が多かったかな」


 俺が小さい頃は姉貴と同じ柄の浴衣を着たっけ。同じ柄だから、姉貴が凄く楽しそうにしていたのをよく覚えていている。


「美羽さんと倉木さんは制服姿なんですね」

「夕方まで部活があったからな。荷物を俺の家に置いてきてここに着たんだ」

「去年も和男君と一緒に制服姿で七夕祭りに行ったからね。それに、昔から私服でお祭りに行くことが多いから」

「そうだったんですね」


 そういえば、去年……和男と清水さんから七夕祭りの写真を見せてもらったけど、2人とも制服姿だったな。地元の夏祭りでも制服姿で来る人はいたし、2人は部活が終わってあまり時間が経っていないから、制服姿で来るのはごく自然だろう。

 氷織がLIMEでのいつもの6人のグループトークに、自分と俺、和男、清水さんの4人が落ち合ったとメッセージを送る。

 すると、1分もしないうちに葉月さんと火村さんからメッセージが。葉月さんはもうまもなく、火村さんはあと数分でここに到着するらしい。あと少しで全員集合すると分かって一安心だ。

 電車が到着したのだろうか。2人のメッセージを受け取ってすぐに、改札から多くの人が出てくる。その中には浴衣姿や甚平姿の人も結構いて。そういった服装の人達はこちらに向かって歩いてくる。きっと、七夕祭りに参加する人達なんだろうな。そして、改札から出てくる人達の中に、


「みんなお待たせッス!」


 黄緑色の浴衣姿の葉月さんの姿が。まもなくと言っていただけあってすぐに来たな。黄緑といっても落ち着いた雰囲気であり、白や赤の撫子の花柄が可愛らしい。葉月さんは持ち前の明るい笑みを浮かべ、こちらに向かって小さく手を振っている。


「どうもッス! メッセージを受け取ったときは電車を降りた直後だったのですぐに来られたッス」

「そうでしたか。今年も黄緑色の浴衣が似合っていますね」

「似合っているよ、葉月さん」

「大人っぽくて素敵だよ、沙綾ちゃん!」

「普段と違った雰囲気でまたいいな、葉月」


 俺達は葉月さんの浴衣姿について感想を言っていく。髪型は普段と変わらずワンサイドアップだけど、浴衣姿は初めてなので新鮮だ。清水さんの言うように大人っぽくて。

 好意的な感想を言ったのもあってか、葉月さんは白い歯を見せて笑う。


「嬉しいッス。ありがとうッス! ひおりんも浴衣姿素敵ッス! 去年と一緒ッスけど、今年の方がより似合っている感じがするッスね。大人っぽさや艶やかさが増した感じがして。これも紙透君っていう恋人がいるからッスかね?」

「ふふっ、そうだとしたら嬉しいですね。ありがとうございます」


 葉月さんの感想もあって、氷織の浴衣姿がより大人っぽく見えてきた。火村さんが来たらどんな反応をするのかが楽しみだ。凄く興奮しそう。

 あと、恋人が親友と話す光景……2人とも浴衣姿だから凄く絵になる。そう思いながら2人を見ていると、葉月さんが俺の方を向いてくる。


「紙透君は甚平ッスか。意外ッスけど、よく似合っているッスね!」

「ありがとう」


 俺って甚平を着るイメージがあんまりないのかな。火村さんにも同じことを言われるかもしれない。


「みうみうと倉木君は制服ッスか。青春って感じでいいッスね!」

「おう! ありがとな!」

「夕方まで部活があったからね。去年も制服で来たんだ」

「そうだったッスか」


 葉月さんは納得した様子で頷いていた。

 それからは5人で雑談をしながら火村さんのことを待つ。

 氷織はもちろんのこと、葉月さんも浴衣姿がとても似合っていて素敵だ。それもあって、火村さんの浴衣姿への期待が自然と膨らんでいく。彼女は凛とした雰囲気を持つ美人な女の子だし。

 夕暮れの時間に近づいているのもあり、氷織の家を出発したときよりも空が暗くなっている。所々にある雲は濃い茜色に色づいていて。これから七夕祭りとお泊まりの夜が始まるのだと思うと、気持ちが高揚としてくる。


「みんなお待たせ!」


 葉月さんと落ち合ってから数分ほど。

 南口のロータリーの方から浴衣姿の火村さんがやってきた。赤い生地に淡い桃色の桜柄という浴衣だ。葉月さんと同じく、髪型は普段と同じのポニーテール。微笑んで手を振りながら歩く様子はとても美しい。俺達5人はそんな火村さんの浴衣姿を見て「おおっ」と声を漏らす。


「火村さん、こんばんは。赤い浴衣がよく似合っているね」

「恭子さんらしい雰囲気で素敵です。桜の花がまたいいですね」

「雅な雰囲気で素敵ッスよ!」

「桜の花柄だから和って感じでいいね!」

「そうだな、美羽! 似合ってるぜ!」

「みんなありがとう! この浴衣はとても好きだから、中学の頃から着ているの。氷織達に褒めてもらえて凄く嬉しいわ」


 そう言うと、火村さんは「えへへっ」と声に出して笑う。そんな火村さんはとても可愛くて。自分のお気に入りの浴衣を褒められたら、そりゃ嬉しくなるよな。


「みんなの服装も素敵ね! 美羽と倉木は制服だけど学校帰りって感じでいいし。そして、氷織の浴衣姿は美しすぎるわ。青い浴衣が凄く似合っているし、髪型も普段と違ってお団子ヘアーだし。いつもはなかなか見られないうなじがたまらないわね。……最高だわぁ」


 うっとりとした表情で氷織を見つめながらそう言う火村さん。想像通りの反応なので微笑ましく思えるよ。

 ――ゴクッ。

 うん? 火村さん……今、生唾を飲みませんでした? 視線が氷織の首筋に向いていません? 口元も緩んでいる気がするのですが。氷織のうなじの匂いを嗅ぎたいとか考えていそうだ。火村さんの怪しげな反応を前にしても、氷織は落ち着いた笑みを浮かべている。


「ありがとうございます、恭子さん」

「浴衣姿を見られて幸せよ! あと、髪を後ろで纏めているのはお揃いね!」

「ふふっ。形は違いますけどお揃いですね」

「うんっ!」


 氷織も認めた共通点があって、火村さんは凄く嬉しそう。


「沙綾の浴衣姿も素敵ね。普段より大人っぽく感じるわ」

「嬉しいッスね。ヒム子も大人っぽいッスよ」

「ありがと。あと、紙透が甚平なのは意外だったわ。氷織は浴衣を着るって言っていたから、氷織に合わせて浴衣なのかと」

「俺も中学からこの甚平を気に入って着ているんだ」

「なるほどね。せっかくのお祭りだし、自分が気に入ったものを着るのがいいわよね」

「そうだよな。氷織も似合っているって言ってくれたし」

「良かったわね。あたしも……甚平姿の紙透もいいと思うわよ」

「ありがとう」


 俺がお礼を言うと、火村さんは俺に向かって微笑みかけてくれる。火村さんとの親交が深まって、彼女の笑顔を向けられることが多くなってきた。ただ、今は浴衣姿なのもありちょっとドキッとした。


「お祭りに行く前にみんなの写真を撮りたいわ。特に氷織」

「もちろんいいですよ。記念に撮りましょう」


 それから少しの間、俺達はスマホを使って写真撮影会に。

 6人全員での自撮りはもちろんのこと、氷織達女子4人や俺と和男の男子2人、氷織と火村さんと葉月さんの浴衣3人娘の写真など、様々な組み合わせの写真を撮っていくのであった。

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