第3話『七夕祭り-みんなで-』
写真撮影会が終わり、俺達は七夕祭りの会場である笠ヶ谷南商店街に向かって歩き始める。
駅の北側とは違って、会場のある南側には浴衣姿や甚平姿の人が多い。そういった服装の人は俺達と同じく、商店街の方に向かって歩いている。
あと、和男や清水さんのように制服姿の人も割といる。きっと、2人みたいに、部活帰りに来ているのだろう。
駅から少し歩くと、俺が氷織に一目惚れし、氷織が俺に正式に付き合おうと告白してくれた場所である公園が見えてきた。ベンチに座ってゆっくりしている人達もいれば、屋台で買ったのか綿菓子やたこ焼きといったものを食べている人達の姿も見受けられる。
「公園にも結構人がいるんだね、氷織」
「会場のすぐ側ですし、広いですからね。屋台で色々買って、公園で食べる年もありました」
「そうなんだ」
もし、会場にかなり多くの人がいて、会場内にゆっくりできそうなスペースがなかったら、公園に来るのも一つの手だな。覚えておこう。
公園の横を通ると、いよいよ笠ヶ谷南商店街が見えてきた。たくさんの屋台が並んでおり、提灯や吹き流しといったお祭りらしいものが飾られていて。アーケードからつり下げられている大きな飾りもある。美味しそうな匂いも香ってきて。七夕祭りの会場に来たんだなぁ。
「ここがお祭りの会場なんだな」
「そうですよ、明斗さん。人も多いですし、ここからだと屋台しか見えませんが、会場の中には立派な笹があるんです」
「そうなんだ。短冊コーナーで願いごとを書いて、笹に飾るコーナーがあるって前に言っていたな。じゃあ、いつでもいいから、みんなで願いごとを書いて笹に飾らないか? この祭りは七夕祭りなんだし」
「いいですね! 私もこの祭りに来ると毎回書いていますし」
「去年も書いて、ひおりん達と一緒に飾ったッスね」
「俺達も書いたよな、美羽」
「そうだね。隣同士に短冊を飾ったよね」
「いいわね。短冊に願いを書くなんていつ以来かしら。楽しみだわ」
「じゃあ、決まりだな」
どんな願いごとを書くか考えておかないと。ただ、書くなら氷織かこの5人絡みの願いごとになると思う。
あと、みんながどんな願いごとを書くのかも気になるな。特に氷織。もし許されるなら、笹に飾ったときに短冊を見てみよう。
――ぐううっ!
すぐ近くから、お腹の音が盛大に鳴ったぞ。
鳴った方に顔を向けると、そこには腹を擦って朗らかな笑顔を見せる和男がいた。
「ははっ! 鳴っちまったぜ! 今日は部活でたくさん走ったからな。美味そうな匂いもしてくるから、凄く腹減ってきたぜ!」
「頑張って走っていたもんね、和男君。去年もお祭りに来たら、食べ物系の屋台に連続で行ったよね」
「そうだったんだ。俺も5時までバイトだったからお腹空いてるな。じゃあ、まずは食べ物系の屋台に行こうか」
「賛成だ!」
和男が元気良く返事したのもあり、氷織達4人も頷いたり、「いいね」と肯定の返事をしたりした。
俺達は会場の笠ヶ谷南商店街の中に入る。
アーケードに電灯が設置されているので、会場内は明るい。これまで行ったお祭りでは、明かりは屋台や提灯によるものだけだったので薄暗かった。なので、この明るい祭りの風景は新鮮だ。
あと、会場に入っただけあって、これまでとは比べものにならないくらいに多くの人がいる。また、男性中心にこちらを見てくる人が多い。氷織だけでなく、火村さんと葉月さん、清水さんといった美人だったり、可愛かったりする女子が一緒にいるからだろう。
「このお祭りって本当に人気なんだなぁ。駅では改札から浴衣姿や甚平服姿の人が何人も出てくるところを見たし」
「70年近く続いているお祭りですからね。商店街の全てが会場の大規模なお祭りですし。あとは、NRと東都メトロの2つの駅からすぐに行けるのも一因かと」
「なるほどなぁ」
歴史のある大規模なお祭りなんだ。周りを見てみると……老若男女問わず多くの人がいるな。きっと、この中には七夕祭りの大ファンで、何十年も毎年欠かさずに来ている人もいるのだろう。
屋台にいる人も、お祭りにいる人も楽しそうにしている人が多い。きっと、これが七夕祭りの人気が長年続いている一番の理由じゃないだろうか。
「おっ、あそこに焼きそばがあるぜ!」
和男は意気揚々とした様子でそう言うと、焼きそばの屋台に指さす。
焼きそばの屋台では、頭にタオルを巻いたスキンヘッドのおじさんが楽しそうに焼きそばを作っている。お祭りでは定番だし、ジュージューという音や、ソースの美味しそうな匂いに惹かれる。
「焼きそばいいね、和男君!」
「そうだな。しっかり食べられそうだから。氷織はどう?」
「私も食べたいです。昼食以降、お菓子とかはあまり食べていないのでお腹空いてて」
「あたしも3時までバイトあったからかなぁ。あのおじさんが作っている焼きそばを見たら、急にお腹空いてきたわ」
「いい匂いもするッスからね」
「よし! じゃあ、みんなで焼きそば食おう!」
和男を先頭に俺達は近くにある焼きそばの屋台に向かい、1人1つずつ焼きそばを購入した。おじさんが鉄板で焼いていたのもあり熱々である。また、おじさんの粋な計らいで、体のデカい和男には値段そのままで大盛りにしてくれた。
焼きそばの屋台の近くにちょっとした休憩スペースがあるので、俺達はそこに行って焼きそばを食べることに。
「それじゃ、いただきまーす!」
『いただきます!』
和男の号令で、俺達は焼きそばを食べ始める。
湯気が物凄く立つほどに熱いので、俺は何度か息を吹きかけてから焼きそばを一口食べる。
「……あぁ、美味しい」
家で作る焼きそばとは違い、ソースが香ばしくて麺がちょっとパリッとしている。具もキャベツと豚肉、紅ショウガというシンプルさがいい。
「美味え! 最高だ!」
満面の笑みを浮かべてそう言うと、和男は焼きそばをガツガツ食べている。あの様子なら、大盛りでもペロリと平らげそうだ。和男を見ていると食欲が増してくるなぁ。また、そんな和男のことを、清水さんがすぐ側から幸せそうに見ていた。
「焼きそば美味しいですね、明斗さん」
「美味しいよな。お祭りで食べる焼きそばって凄く美味しく感じるよね」
「分かります。本当に美味しいですよね。普段と違って外で食べるからでしょうかね。あとは……明斗さんも一緒に食べているのもありそうですね」
「……今、口の中で焼きそばの旨みが広がったよ」
「ふふっ。明斗さん、食べさせてあげます」
「ありがとう。じゃあ、俺も」
俺は氷織と焼きそばを一口ずつ食べさせ合う。さっき、自分で食べたときよりも美味しさが増している気がする。
氷織は俺が食べさせると、モグモグしながら笑顔で「美味しいですっ」と言ってくれる。凄く可愛いんですけど。この後も、屋台で食べ物を買ったときには一口食べさせてあげたい。
「あぁ、熱いわ。屋台の鉄板から感じた熱気よりも熱いわ」
「熱いッスねぇ。でも、微笑ましいッスね、ヒム子」
「そうね。紙透が物凄く羨ましいけど、気持ちが和むわ。それにしても、この焼きそば美味しいわね」
「そうッスね! 熱々の鉄板で作るんで、家で作るのとは一味違うッス」
「鉄板で作るのも美味しさの理由の一つなんでしょうね。あと、恭子さんにも一口食べさせてあげましょうか?」
「ありがとう!」
お礼を言うと、火村さんはさっそく氷織に焼きそばを食べさせてもらう。そのときの火村さんは本当に幸せそうで。恍惚とした表情になり、氷織を見つめながら「美味しい」と呟いていた。
お腹が空いていることや、焼きそばが美味しいこと。氷織が食べさせてくれたこともあり、焼きそばを難なく完食できた。
全員が食べ終わったので、休憩スペースを出て屋台の方へ戻る。
「焼きそば美味かったぜ! よーし、食いまくるぞ!」
「おーっ!」
和男と清水さん、焼きそばを食べたらかなり元気になったな。空腹が解消されて、食欲が増したのかも。そういえば、去年の夏に2人が見せてくれた七夕祭りの写真……何かを食べているときの写真が多かったな。
「あっ、お姉ちゃん! 紙透さん達もこんばんは!」
気付けば、前方から浴衣姿の七海ちゃんが。青や水色の水玉模様の白い浴衣がよく似合っているなぁ。可愛い。さすがは氷織の妹。
また、七海ちゃんの側にいる浴衣姿の3人の女の子が、俺達に向かって「こんばんは」と挨拶してくれる。俺達も七海ちゃん達に挨拶する。
「会場で会えたらいいねってお姉ちゃんと話していましたけど、まさか実際に会えるなんて! 嬉しいですっ!」
「私も嬉しいですよ。七海もみなさんも浴衣がよく似合っていますね」
「みんな可愛いッスね!」
「みんな可愛いわ! 特に七海ちゃんは……」
ニッコリと笑ってそう言うと、火村さんは七海ちゃんの頭を撫でる。そのことに七海ちゃんはとても嬉しそう。七海ちゃんがニコッと笑った瞬間、火村さんは「うへへっ」と厭らしさも感じられる笑い声を出す。
「お姉ちゃんはもちろんですけど、恭子さんも沙綾さんも浴衣姿が素敵です! 紙透さんの甚平姿もいいですね! 普段とは違った雰囲気で」
「ありがとう。七海ちゃんも浴衣似合ってるよ。可愛いね」
「ありがとうございますっ! 美羽さんと倉木さんも制服姿いいですね!」
「おう! 俺達は直前まで部活があったからな。それに、去年も制服で来たしな」
「放課後デートって感じで楽しんでるよ。あたし達は焼きそばを食べたけど、七海ちゃん達も屋台を廻ってる?」
「はいっ! たこ焼きや綿菓子、りんご飴などを」
「そうなんだ。どれもお祭りって感じでいいね!」
「妹さんが食べたラインナップを聞いたら、腹減ってきたぜ」
凄いな、和男は。ついさっき、大盛りの焼きそばを食べたばかりなのに。陸上部の練習後だし、今の和男なら食べ物系の屋台を制覇できそうだ。
火村さんの希望で、七海ちゃん達と一緒に火村さんのスマホで何枚か撮影。七海ちゃんの友人達は氷織や葉月さんと面識があるそうで、結構楽しそうに写真に写っていた。
七海ちゃん達と別れて、俺達は食べ物系の屋台を廻っていくのであった。
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