第40話『プールデートの帰りと誕生日の提案』

 サマーベッドで休憩した後、俺達はウォータースライダーで2人乗りの浮き輪に乗って滑ったり、25mプールで一緒にクロールを泳いだりするなどして、屋内プールでの時間をたっぷりと楽しむ。

 ただ、楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの。気づけば、午後6時近くになっていた。


「もうこんな時間なんですね」

「そうだな。あっという間だ。営業終了まではまだまだ時間があるけど……どうする?」

「そうですね……そろそろ帰りましょうか。たっぷりと遊んで楽しめましたから。お腹も空きましたし」


 満足そうな笑顔でそう言う氷織。


「分かった。俺もたっぷりと楽しめたし、今日は帰ろうか」

「はいっ」


 氷織が笑顔で返事したので、プールで遊ぶのはこれで終了することに。

 屋内プールを後にして、俺は男子更衣室の中に入る。

 これまでに何度か更衣室に入ったけど、今が一番人が多い。更衣室の中にいる人のほとんどは、水着から私服に着替えている。午後6時頃まで遊ぼうと考える人が多いのかな。スイムブルー八神は午後8時まで営業しているけど。

 更衣室の中にあるシャワールームで髪と体を軽く洗い、俺は水着から私服に着替える。その後にドライヤーで髪を乾かす。

 忘れ物がないかどうかをチェックし、男子更衣室から出る。すると、そこには……まだ氷織の姿はなかった。氷織の髪はとても長いから、髪を洗ったり、手入れしたりするのに時間がかかっているのかもしれない。あとはスキンケアとか。

 ここに来たとき、水着に着替える氷織を待っていた場所と同じところで待つ。


「そういえば、まだスマホを見てなかったな」


 水中メガネや財布を取りに更衣室へ戻ったけど、そのときはスマホを確認していなかった。誰かからメッセージとかが来ているかもしれない。

 スラックスのポケットに入れていたスマホを手に取り、スリープを解除すると、LIMEで複数人から写真やメッセージが届いている通知が。

 LIMEアプリを開き、トーク一覧を見ると、氷織と火村さんと葉月さんから新着のメッセージや写真が届いたと印が付いている。

 まずは氷織とのトーク画面を見ると……水着に着替えた直後に撮影した俺達の写真が何枚も表示されている。氷織や俺とのツーショット写真はもちろんのこと、俺の水着写真まで送ってくれたっけ。


「全部保存しておこう」


 全ての写真をスマホに保存し、アルバムにあることを確認する。

 次に火村さんとのトーク画面を見てみよう。午後3時頃に新着メッセージが1件届いている。


『氷織とのプールデートは楽しんでる? 3人で選んだ黒いビキニはどうかしら?』


 という内容だ。火村さんは今日の午後に俺と氷織がプールデートをすると知っている。それに、最初に氷織へ黒いビキニを勧めたのは火村さんだからな。俺がどんな感想を抱くか気になったのだろう。

 ただ、葉月さんも氷織の新しい水着を選ぶ場にいた。もしやと思い、葉月さんの方のトーク画面を確認すると、


『ひおりんとのデートを楽しんでいるッスか? あと、水曜日に買った黒いビキニ姿のひおりんはどうッスか?』


 予想通り、葉月さんも同じような内容のメッセージを送ってきていた。彼女も氷織の新しい水着姿についての俺の感想が気になったんだ。一緒に氷織の水着を選んであげたのだから、それは自然なことなのかも。


『今まで気づかなかったよ、ごめん。黒ビキニ姿の氷織は凄く良かった! ささやかだけど、あの水着を選んでくれたお礼に、明日、学校の自販機か購買部で好きな飲み物を一つ買わせてほしい。あと、プールデートは最高に楽しかったよ』


 というメッセージを、火村さんと葉月さんにそれぞれ送った。

 ――プルルッ。

 おっ……さっそく火村さんから返信が届いたぞ。見てみよう。


『それは何よりだわ! 氷織から聞いたかもしれないけど、あの黒ビキニを最初に勧めたのはあたしなの! 凄く良かったわよね。明日、何の飲み物を奢ってもらうか考えておくわ』


 火村さんの興奮した姿が想像できる文面だな。

 ――プルルッ。

 おっ、今度は葉月さんから返信が届いた。


『デートを楽しめて良かったッスね! ひおりんの新しい水着も気に入ってもらえたようで何よりッス。奢ってくれるのは嬉しいッス! 明日を楽しみにしているッス』


 葉月さんもデートを楽しんだことと、氷織の黒ビキニが似合っていると思ったことを喜んでくれている。2人ともとてもいい子で、氷織のいい親友だと思う。


「お待たせしました、明斗さん」


 気づけば、俺のすぐ側には元の私服姿に戻った氷織の姿が。俺と目が合うと氷織はニコッと笑った。


「スマホを見ていましたけど、ゲームですか?」

「ううん、LIME。氷織が送ってくれた水着姿の写真を保存したり、火村さんと葉月さんからのメッセージに返信したりしてた。2人とも『デートはどうだ? 氷織の新しい水着姿はどうだ?』ってメッセージが来たから。凄く良かったって返信していたんだよ」

「ふふっ、そうだったんですね」


 氷織が微笑みながらそう言うと、彼女のバッグから『ブルルッ』とバイブレーションのような音が聞こえる。

 氷織はバッグからスマホを取り出し、画面を見る。すると、彼女は可愛らしい笑みを浮かべた。


「私にも2人からメッセージが来ました。『デート楽しかったみたいだね。明斗さんに水着姿を気に入ってもらえて良かったね』って。2人に返信したら、帰りましょう」

「そうしよう」


 氷織はスマホを素早くタップしている。嬉しそうな笑顔で。親友2人から『良かったね』とメッセージをもらえたのが嬉しかったのだろう。

 火村さんと葉月さんへの返信が終わったので、俺達はスイムブルー八神を後にする。

 日の入りの時間まで小一時間ほどあるが、雲が広がっているから結構暗い。来たときとは違って雨は降っておらず、少しひんやりしている。駅に向かって歩いていると、涼しさが気持ちいいと思うくらいで。プールで疲れた俺達には幸いだった。

 7、8分ほど歩いて八神駅に到着する。

 日曜日の夕刻なのもあって、来たときよりも人が多い。俺達のような私服姿の人はもちろんのこと、部活帰りや仕事帰りなのか、制服姿の人やスーツ姿の人も見受けられる。

 駅の電光掲示板を見ると、上り方面の東京中央線快速の電車で最初に発車するのは、2番ホームに到着する電車だ。ただ、その数分後に発車する八神駅始発の電車が3番ホームにあるという。座れる確率が高そうだから、という氷織の勧めで、俺達は八神駅始発の電車に乗ることに決めた。

 3番ホームには既に始発の列車が到着していた。

 階段に近い車両は既に多くの人が座っている。なので、中の様子を見ながら先頭車両の方に向かって歩いていく。すると、すぐに空席が多くある車両を見つけた。中には7人掛けの席全て空いているシートもあって。

 俺達は7人掛け全てが空席になっているシートに行き、端2つの席に腰を下ろした。


「氷織の読みが当たったね。凄いな」

「当たって良かったです。それに、この電車の方が遅く出発しますから、より長く明斗さんと一緒にいられますし」


 そう言うと、氷織は俺を見ながらはにかむ。可愛いことを考える恋人だなぁ。

 屋内プールでたくさん遊んで、施設からここまで歩いたからか、この座席が凄く気持ちよく感じられる。ちょっと眠くなってきたけど、氷織と一緒にいるんだし寝ないようにしないと。

 それから数分ほどで、俺達の乗る電車は定刻通りに発車する。


「4時間近く遊んでいたので、八神を離れるのが寂しいですね」

「そうだな。俺も寂しい。でも、そう思えるのは、あのプールで遊んだ時間がとても楽しかったからなんだろうな」

「明斗さんの言う通りでしょうね。思い返すと、屋内プールでは楽しいと思うことがたくさんありました。色々なプールで遊んだり、ウォータースライダーを一緒に滑ったり。ひさしぶりにクロールを50m泳いだり、明斗さんにクロールを教えたり」

「俺も楽しいことがたくさんあったよ。クロールを教えることも楽しいと思ってくれたのは嬉しいな」

「ふふっ。楽しい中でも、明斗さんにキュンとなったことがたくさんありました。水着姿がかっこよくて。転びそうになったり、ナンパに誘われたりしたときには助けてくれて。クロールが25m泳げるように頑張って。楽しそうな笑顔をたくさん見せてくれて。このプールデートを通して、明斗さんのことがより好きになりました」


 幸せそうな笑顔でそう言うと、氷織は俺の右肩に頭を乗せてきた。


「嬉しいな。俺もプールデートを通して、氷織をより好きになったよ。黒ビキニ姿はとても素敵で。プールで遊んだり、ウォータースライダーで滑ったりする姿は可愛くて。俺のあんなに酷い泳ぎを見ても、丁寧に分かりやすく教えてくれて。氷織の素敵な部分にたくさん触れて、今まで以上に好きになったよ」


 思ったことを素直に伝えると、氷織は真っ赤な顔に可愛らしい笑みを浮かべ、


「……嬉しいです」


 俺にしか聞こえないような小さな声でそう言った。そんな氷織の頭を優しく撫でると、はっきりとした熱を感じられて。

 こうして話すと、今日のプールデートが本当に盛りだくさんで楽しかったと実感する。その時間を通して、お互いに相手のことがより好きになって。デートとして最高だったと言えるんじゃないだろうか。


「今日のプールデートのおかげで、本当にいい週末になったよ。明日からの一週間も頑張れそうだ」

「私も頑張れそうな気がします。ところで、来週末……19日の土曜日。明斗さんの誕生日の日のことで提案があるのですが」

「うん」


 今月に入ったとき、氷織に俺の誕生日が6月19日であることを教えた。誕生日当日は土曜日なので、氷織と一緒に過ごすことだけが決まっており、詳細な内容はまだ決めていない。バイトのシフト希望が通ったので、誕生日当日はちゃんと彼女と一緒にいられる。

 氷織の提案……どんな内容なのか楽しみだ。

 氷織はふーっ、と長めに息を吐くと、真剣な表情で俺のことを見つめてくる。


「誕生日当日は土曜日ですから、翌日もお休みです。なので……明斗さんの家にお泊まりしたいです。どうでしょうか?」


 しっかりした口調でそう言ってきた。そんな氷織の顔は見る見るうちに赤くなっていく。

 まさか、俺の家に泊まりたいと言ってくるとは。今まで氷織と一緒にお泊まりの経験もないから凄くドキドキしてくる。頬中心に顔が熱くなっているのが分かる。きっと、氷織と一緒で顔が赤いんだろうな。


「……俺も氷織とお泊まりしたい。もし、誕生日の夜をずっと一緒に過ごせたら、凄くいい誕生日になると思うから」

「ありがとうございます」

「ただ、泊まりだとお互いの家の許可が必要だな。たぶん、うちはすぐにOKが出ると思う。歓迎しそうだ」

「ふふっ。私の方は既に話をしてあります。紙透家のみなさんの許可がもらえたら、19日は泊まってもいいと両親が言ってくれています」

「さすがは氷織だ」


 母親の陽子さんはすぐに許可してくれそうなイメージがあるけど、父親の亮さんはよく許可を出してくれたと思う。正式に付き合った直後に、ちゃんと挨拶したのが良かったのだろうか。それ以降も氷織と喧嘩したり、悲しませたりすることもなかったし。


「仮に泊まることが決定したら……その日は俺の家でお家デートにするのが良さそうかな」

「そうですね。明斗さんと一緒に部屋で過ごすのは好きですし。ですから、私もお家デートがいいかなと思っていました」

「そっか。俺も氷織と一緒に部屋で過ごすのが好きだよ。じゃあ、お家デートしよう」

「はいっ! あと、当日は夕ご飯に明斗さんの好きな料理を作りたいと思っています。もちろん、御両親や明実さんにも美味しいと思ってもらえる料理を」

「おぉ、それは嬉しいなぁ。じゃあ、家に帰ったら、夕食のことも含めて家族にお願いしてみるよ」

「はいっ! よろしくお願いします!」


 まだ、俺の方は許可をもらえていないけど、氷織はとても楽しそうな様子に。今の氷織を見ると、誕生日に一夜を共にできたら凄く幸せな時間を過ごせるだろうと強く思わせてくれる。

 それから、俺の自宅の最寄り駅の萩窪駅に到着するまで、今日のプールデートのことを中心に氷織とずっと話し続けたのであった。




 家に帰り、家族揃って夕食を食べているときに、氷織が誕生日当日に泊まりたいことと、夕食に俺の好きな料理を作りたいことを伝える。氷織はご家族からの許可を既にもらっていることも話して。

 すると、両親も姉貴も、どちらについても二つ返事で快諾してくれた。母さんと姉貴は「最高の誕生日になるんじゃない?」と言ってくれて。

 夕食後、氷織に家族から泊まることも、料理を作ることも許可が出たことをLIMEのビデオ通話で伝えると、


『ありがとうございます! 今から明斗さんの誕生日が楽しみです!』


 弾んだ声でそう言ってくれた。

 約1週間後に迎える17歳の誕生日は、恋人とお家デートして、恋人の作った夕食を食べて、恋人と一夜を共にするのか。母さんと姉貴の言う通り、最高の誕生日になりそうだ。

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