第34話『プールデートの予定』

 6月9日、水曜日。

 朝から雨がシトシトと降り続いており、空気もジメジメで蒸し暑い。ただ、登校時は氷織と相合い傘をしたので、去年までは嫌だったこの時期もマシに思える。

 天気予報によると、明日以降も曇りや雨が降る日が続くとのこと。きっと、今日のうちに梅雨入りが発表されるんじゃないだろうか。

 外は蒸し暑いけど、学校はエアコンがかかっているので涼しくて快適だ。そんな学校の中は、体育祭の翌日だけどいつもと変わらない雰囲気に戻っていた。ただ、体育祭前に比べて、氷織や俺を見てくる生徒は多くなったかな。おそらく、借り物競走やチーム対抗の混合リレーの影響だろう。

 快適な環境の中で午前中の授業をしっかりと受け、昼休みにはいつも通りに氷織と2人きりでお昼ご飯を食べることに。


「明斗さん。さっき、スマホを見たら『関東地方梅雨入り』のニュース速報の通知が来ていました」

「おぉ、そうか。朝見た天気予報で、しばらく雨や曇りが続くって言っていたから、梅雨入りするかなって思っていたよ」

「ふふっ、そうでしたか」

「これからは蒸し暑い日も続くみたいだし……週末にプールデートしたいなって思ってる。プールなら気持ち良く遊べそうだし。それにこの前、氷織達がお見舞いに来てくれたとき、6月のどこかでプールデートしようって話になっていたから」

「覚えていてくれたんですね。私もそろそろプールデートに行きたいと思っていました!」

「そう言ってくれて良かった。スマホで予定を確認するよ」


 机に置いてあるスマホを手に取り、カレンダーアプリで今週末の予定を確認する。


「今週末だと13日の日曜日が空いてる。氷織はどうかな」

「私も空いています」

「じゃあ、13日にプールデートしようか」

「はいっ!」


 氷織は嬉しそうに返事してくれた。

 カレンダーアプリの13日のところに『氷織とプールデート』と予定を書き込む。週末にデートの予定があると、それまでの学校生活やバイトをより頑張れそうだ。

 氷織は楽しげな様子でスマホを手に取っている。俺と同じで、カレンダーアプリに予定を書き込んでいるのかな。


「ただ、今のところは日曜日も雨の予報か。行くなら屋内プールの方が良さそうだね」

「そうですね。屋内プールならいいところを知っています。といっても、去年、沙綾さん達と遊びに行った屋内プールなのですが。笠ヶ谷から下り方面へ40分ほど電車に乗ったところの八神やがみ駅の近くにあって。プールが数種類あって、ウォータースライダーもあるんです。立派な屋内プールですよ」

「そうなんだ。そのプール施設には行ったことがないな。今の話を聞いたら行きたくなってきた」

「では、そこにしましょう」

「ああ」


 氷織がオススメする屋内プールだから、きっといい施設なのだろう。いくつもプールがあったり、ウォータースライダーがあったりするのは魅力的だ。


「プールデートだから、もちろん水着が必要だな。穿けるものは家にあるけど、デートだし新しいものを買おうかな」

「私も新調したいと思っています。明斗さんとのプールデートですから」

「そうか」


 氷織の水着姿か。プールデートのためにどういう水着を買うのか楽しみだな。氷織は美人でスタイルもいいから、色々な種類の水着が似合いそうだ。


「明斗さんって今日の放課後は空いていますか?」

「うん。バイトないし空いてるよ」

「そうですか。もしよければ、笠ヶ谷の東友へ一緒に行きませんか? 6月に入って、レジャー用の水着もたくさん売り始めたんです」

「そうなんだ。じゃあ、行こうかな。いいのがあったら買おう」

「はいっ」


 財布にはある程度のお金が入っているから、水着一着を買う分には問題ないだろう。

 プールデートに行くことが決まったからか、今日はいつもよりも氷織の笑顔をたくさん見ながらお昼ご飯を食べるのであった。




 放課後。

 俺は教室を出たところの廊下で、氷織の掃除当番が終わるのを待っている。恋人を待っているし、これから一緒に水着を買いに行くので、こういう時間もいいなと思う。

 氷織が来るまで何をしていようかな。ソシャゲでもするか。それとも、面白いWeb小説を探して読むか。そんなことを考えながら、スマホに手に取ったときだった。


「紙透! あたしも一緒に東友へ行くわっ! 氷織の水着選びに協力したいから!」


 気づけば、俺のすぐ近くに火村さんが立っていた。火村さんはとっても楽しそうな様子で俺のことを見ている。


「ちなみに、氷織には話を通してあるわ。紙透が良ければいいよって言ってくれてる」

「そうか。……水着選びに協力したいのも本当だろうけど、一番の目的は試着した氷織の水着姿を見ることなんじゃないか?」


 火村さんのことだからな。その可能性は十分にあり得る。

 火村さんは笑顔を浮かべたままだけど、それまで俺に向けていた視線がちらつき始める。どうやら図星のようだな。


「口では何も言っていないけど、目で答えを言っているよ、火村さん」

「さ、さすがは紙透ね。一緒に行けば、氷織のあ~んな水着姿や、こ~んな水着姿を拝めるじゃない! それに、うちの高校には水泳の授業はないし」

「なるほどね」


 確かに、水着を買いに行くのは、氷織の水着姿を見られる数少ないチャンスか。しかも、試着という形で氷織の様々な水着姿を見られる可能性がある。考えたな、火村さん。


「氷織の嫌がることはしないって約束できるなら一緒に行っていいよ」

「約束するわ!」


 火村さんは白い歯を見せながら笑い、俺にサムズアップしてきた。氷織の水着姿を見たらどうなるか不安だが、とりあえずは火村さんを信じることにするか。


「どうしたッスか、ヒム子。紙透君にサムズアップして」


 スクールバッグを肩に掛けた葉月さんが俺達のところにやってきた。サムズアップする火村さんを見てか、葉月さんはクスクス笑っている。


「これから、氷織の水着を買いに行くのよ。週末の紙透とのプールデートのために。それで、水着選びに協力しようと思って。氷織の嫌なことはしないって紙透と約束していたのよ」

「おおっ、そうッスか。今日は特に予定ないんで、あたしも行っていいッスか? 去年もひおりんの水着を一緒に買いに行ったッスから」

「いいよ、葉月さん」


 去年は一緒に水着を買いに行っているのか。それなら、氷織の水着選びの大きな助けになってくれそうだ。あと、万が一火村さんが暴走したときに彼女も一緒だと心強いから。

 それから10分ほどして、氷織がスクールバッグを持って教室から出てきた。


「お待たせしました。……あら、沙綾さん」

「掃除当番お疲れ様ッス。2人から話を聞いて、あたしも一緒に水着選びに協力することに決めたッス」

「そうなんですね。嬉しいです。では、4人で東友に行きましょう」

「うんっ!」


 火村さんは元気いっぱいにお返事。そのことに氷織は楽しそうにクスッと笑った。まあ、たまにはこの4人で放課後を過ごすのもいいだろう。部活やバイトがあって、全員の予定が合う日もそんなにないし。

 俺達は学校を後にして、笠ヶ谷駅の北口にある東友笠ヶ谷店へ向かうことに。

 今も雨がシトシト降っており、朝よりもジメッと蒸し暑い空気になっている。登校するときと同じで氷織と相合い傘をしているけど、氷織から感じる温もりは心地いい。

 10分ほど歩いて、東友笠ヶ谷店に到着。少し汗を掻いたので、エアコンのかかった店内が天国に思える。

 氷織曰く、衣料品のフロアは3階にあるとのこと。なので、俺達は入り口近くにあるエスカレーターで3階まで向かった。

 3階に到着し、水着売り場へ歩いていく。

 周りを見ると、女性向けの衣服の直営売り場や、女性向けのアパレルブランドの専門店のテナントがあって。だからか、女性のお客さんが多く、中には氷織達のような学生服を着た女の子もいる。また、火村さんや葉月さんが周りをよく見ながら歩いているのが可愛らしい。


「ここです」


 氷織はそう言って立ち止まる。

 俺達の目の前には、様々な種類の女性向け水着が多く陳列されている。


「結構な種類があるね」

「そうですね。……明斗さん。一緒に私の水着を選びますか? それとも、別行動にして、新調した水着はデート当日までのお楽しみにしますか? 私はどちらでもかまいませんよ」

「そうだなぁ……」


 氷織と一緒に水着を選ぶことも楽しそうだ。色々な水着を試着した氷織の姿を見られそうだし。ただ、別行動にすれば、プールデートの楽しみに「氷織がどんな水着を買ったのか」が加わる。そちらを魅力的だ。少し考えて、


「別行動にして、新調した水着は当日までのお楽しみにしよう。そうすれば、プールデートもより楽しめそうな気がするから」


 と自分の考えを伝えた。すると、氷織は優しい笑顔になり、俺に頷いてくれる。


「分かりました。では、別行動にしましょう。男性用の水着売り場も同じフロアで、確か……あちらの方にあったはずです」

「分かった」


 氷織の指さす方を見ると……遠くに男性向けの衣服が見える。そっちの方に行けば、男性用の水着の売り場もすぐに見つかるだろう。


「エスカレーターの近くに休憩スペースがあるんです。ですから、そこで待ち合わせしましょう」

「了解」

「ちなみに、好みの水着の種類や色とかってありますか? もし、ご希望があれば」

「そうだな……ビ、ビキニ系がいいかな。色は何でも」


 恋人なんだし、水着の好みや希望を言うくらいは何てことないけど、火村さんと葉月さんが一緒だとちょっと恥ずかしい。そんな俺の気持ちを察したのか、火村さんはニヤニヤしているし。


「分かりました。では、ビキニタイプの水着を選びますね」

「紙透にいいなって思ってもらえるビキニを選びましょう!」

「そうッスね。初めてのプールデートッスから。協力するッスよ」


 火村さんも葉月さんも氷織の水着選びの協力にやる気になっているな。特に火村さんは。まあ、彼女の場合は、もうすぐ試着した氷織の水着姿を見られるからというのもありそうだが。


「じゃあ、また後でね」


 氷織達に手を振って、俺は1人で男性向けの衣服売り場があるエリアへ向かう。

 萩窪にも東友はあるけど、こちらの方が店舗の規模が大きいのもあって、色々な種類の服が売られている。今日のような学校帰りにここで服を買うのもありかな。


「ここか」


 男性向けの衣服売り場を歩いていると、男性用の水着売り場に到着する。

 さっそく中に入って、陳列されている水着を見ると……青系や黒の水着が多いな。中には黄色やオレンジといった派手な感じものもあるが。

 家にあって、去年の夏休みに和男達と海へ遊びに行ったときに穿いた水着は……確か黒だったな。また黒い水着を買うのはつまらないし、青系の色の水着にしようかな。氷織も青系の色が好きだし。


「……おっ、これは良さそうだ」


 落ち着いた感じの青いトランクスタイプの水着を手に取る。サイズは……タグで確認すると俺でも穿けそうだ。値段もそこそこだし。財布を確認すると……大丈夫だな。買える。

 試着室に行って、サイズと穿いた雰囲気を確認する。


「……いいな」


 サイズもちょうどいいし、穿いた雰囲気もなかなかいい感じだ。丈も膝丈ほどなので動きやすいし。よし、これに決定だ。

 青いトランクスタイプの水着を購入して、待ち合わせ場所になっているエスカレーターの側の休憩スペースへ。


「氷織達はまだ来ていないか」


 女性向けの水着売り場には、色んな種類のビキニが陳列されていたし。火村さんと葉月さんが色々なビキニをオススメして、試着で盛り上がっているかもしれない。気長に待とう。

 自販機でボトル缶のブラックコーヒーを買い、ベンチに座って一口飲む。苦味がしっかりしていて美味しい。東友の中は涼しいけど、夏だからか冷たいものがとてもいいなって思える。


『水着買い終わったから、待ち合わせ場所にいるね。俺のことは気にせず、ゆっくり選んで』


 LIMEで氷織にそんな報告メッセージを送る。これで大丈夫かな。すぐに気づいたのか、すぐに『既読』マークがついて、分かったと返信が届いた。

 俺は氷織が中間試験後に小説投稿サイトで公開した短編の恋愛小説を読む。以前、一緒に映画館で見た『空駆ける天使』の影響もあり、切なさメインの内容だ。投稿前に氷織から頼まれて読んだことがあるのでこれが初めてじゃないけど……胸に響く内容だなぁ。ストーリーの展開も文章も絶妙だ。


「いい話だった……」


 読み終わったときには、両目に涙が浮かんでいた。いい内容だったから、これからも定期的に読み直そう。

 両目に浮かぶ涙を拭って、俺は缶コーヒーを一口飲む。切ない恋愛小説を読んだからか、さっきよりもコーヒーの苦味を強く感じる。


「お待たせしました、明斗さん」


 氷織と火村さんと葉月さんが休憩スペースにやってきた。


「いいと思える新しい水着を買えました。ちゃんとビキニです」

「それは良かった。俺も水着を買ったよ。じゃあ、新しい水着はブールデートまでのお楽しみにしよう」

「はいっ」


 可愛らしい笑顔で返事をする氷織。この様子からして、結構いい水着を買えたみたいだ。これも火村さんと葉月さんのおかげなのかな。

 水着選びに協力した火村さんと葉月さんを見てみると……葉月さんは普段通りの明るい笑顔で、火村さんは頬をほんのりと赤くして幸せそうな笑顔になっている。


「2人とも、水着選びが楽しかったみたいだな」

「楽しかったッスよ。色々な水着をひおりんに試着してもらって。どれも似合ってて。ヒム子は興奮して見ていたッス」

「本当に似合っていたんだもの。桃源郷は東友3階の試着室にあったわ……」


 水着を試着したときの氷織を思い出しているのだろうか。火村さんはうっとりとした様子に。今の彼女の言葉が本当だったのだと分かる。あと、桃源郷は試着室って。随分と狭いな。


「どの水着がいいか見比べるために、試着した氷織をスマホでたくさん撮ったわ! 大切に保存するわ!」

「ふふっ。2人がオススメしてくれたり、恭子さんが撮ってくれた写真を見比べたりしたので、いい水着を買うことができました。2人ともありがとうございます」

「いえいえ。当日は楽しんできてほしいッス」

「沙綾の言う通りね。とてもいい水着だから楽しみにしていなさいよ、紙透!」

「ひおりんに似合ういい水着ッスよ!」

「楽しみにしているよ」


 火村さんと葉月さんが太鼓判を押すと、氷織が買った水着への期待がますます上がってくる。日曜日のプールデートがより楽しみになった。

 それからは氷織がよく行く本屋さん・よつば書店で漫画を買ったり、東友の近くにあるゲームセンターに行き、クレーンゲームで3人のほしいものを取ってあげたりと、4人での放課後の時間を楽しむのであった。

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