第25話『体育祭②-パン食い競走-』

 100m走が終わってからは、氷織と隣同士に座り、氷織や和男達と話しながら競技を見ている。

 氷織と和男が出場した100m走で勢いづいたのもあってか、その後の種目でも青チームは上位に入ることが多い。その結果、今は葉月さんのいる緑チームに次ぐ2位だ。緑チームとはそこまで点差は開いていないし、体育祭もまだ序盤なので、これから逆転できる可能性は十分にあるだろう。


『次の種目はパン食い競走です!』


 火村さんと葉月さんが出場するパン食い競走の時間だ。招集がかかったとき、火村さんは「1位取ってくるわ!」と意気込んでいた。

 コースの途中にはパンが吊された竿が設置されている。それをよく見てみると……色々なパンが吊されている。どれも美味しそうだ。


『みなさん、パンがお好きなのでしょうか。人気が集中し、ほとんどのクラスがジャンケンなどをして出場する生徒を決めたとのです。咥えたパンは、レース後に持ち帰って食べられますからね~』


 その軽妙な語りにクスクスと笑う生徒も。うちのクラスもジャンケンで出場する生徒を決めたので、俺もクスッと笑い声を漏らした。氷織も右手で口を押さえて笑っている。


『コースの途中に色々なパンが設置されています。咥えるパンはどのパンでもかまいません』


 ということは、咥えるのを挑戦するパン選びもレースの上で重要になってくるんだな。

 そして、男子からパン食い競走が始まった。

 両手を後ろで縛られているため、吊されたパンはジャンプして咥えてゲットする。そのため、パンが吊されているところに最初に到着した生徒が苦戦し、最後に到着した生徒がすぐにパンを咥えて1着でゴールをするという逆転劇が発生するレースも生まれる。


「パン食い競走って見るのも結構面白いですね」

「そうだな。今みたいに、パン食いのところで逆転するレースもあるし」

「ですね。ところで、明斗さんってどんなパンが好きですか? 普段、お昼ご飯はお弁当で、パンを食べることがないので気になって」

「なるほどね。好きなパンはたくさんあるけど、一番好きなのはカレーパンかな」

「カレーパンですか。美味しいですよね。販売しているお店や会社によって、カレーの味が違うのもいいですよね」


 氷織のその言葉に俺は何度も首肯する。


「俺は少しピリッとしたカレーパンが好きだな」

「そうですか」

「氷織はパンだと何が好きなの?」

「スイーツ系のパン全般が好きなのですが、一番好きなのはチョココロネですね」

「チョココロネか。美味しいよなぁ。俺もスイーツ系のパンは好きだよ」

「そうなんですね! 美味しいスイーツ系のパンってたくさんありますよね」


 氷織は楽しそうな笑顔で言う。

 チョココロネを食べる氷織を想像すると……あぁ、凄く可愛い。実際にも見てみたいな。近いうちに、放課後や休日に氷織とチョココロネを食べよう。

 レースを見たり、氷織とのパントークを楽しんだりしたので、あっという間に男子のレースが終わって、女子のレースの時間に。火村さんと葉月さんが出場するまでもうすぐだな。

 女子のレースが2、3回行なわれたところで、


「あっ、恭子さんが出てきましたよ!」


 氷織がそう言うのでスタート地点を見てみると、青いハチマキを巻いた火村さんの姿が。彼女が係の女子生徒により、両手を後ろで縛られている。彼女の顔は闘志に満ちているようだ。緩い雰囲気のパン食い競走とはいえ、着順でチームに得点が入るからかな。それとも、狙っているパンがあるのか。


「……あれ? 恭子さんの奥に沙綾さんがいますね」

「えっ」


 火村さんの奥の方を見てみると……緑のハチマキを巻いた葉月さんの姿があった。葉月さんもまた、係の生徒によって両手を後ろで縛られている。


「本当だ。同じレースで走るんだな」

「そのようですね。こんなことってあるんですね」

「おおっ、これは燃えるぜ!」

「友達同士の対決だもんね。それでも、恭子ちゃんも沙綾ちゃんも応援しないと!」


 火村さんと葉月さんが一緒にレースすると分かり、和男と清水さんは楽しそうだ。

 火村さんが闘志に満ちている様子なのは、葉月さんと闘うからなんだろうな。そんな火村さんとは対照的に、葉月さんは……楽しげな笑みを見せている。1位になる自信があるのか。それとも、吊されているパンの中に好きなパンがあるのか。


「恭子さん! 沙綾さん! 頑張ってください!」


 氷織が2人に向かって大きな声で声援を送る。すると、葉月さんも火村さんもこちらを向いて嬉しそうな笑みを見せる。火村さんは上半身を左右に振っていて。両手を縛られているから、手を振る代わりなのかな。

 6人全員が両手を縛り終えたのだろうか。スタート地点に立つ。よし、火村さんと葉月さんの友人として両方を応援するか。

 ――パンッ!

 号砲が鳴り響く。真っ先に反応したのは葉月さんで、火村さんは葉月さんを追いかける形に。


「2人とも頑張ってください!」

「火村さんも葉月さんも頑張れー!」


 そんな声援を送っていると、葉月さんが一番早くパンが吊されているところに辿り着いた。氷織の言う通り、彼女は足が速いな。

 火村さんは2番目に到着する。これはワンツーフィニッシュもあり得るかな。

 2人を見ていると、葉月さんがその場で大ジャンプ。吊されたパンをしっかり咥え、ゴールに向かって走っていく。火村さん達他の生徒がパン食いに苦戦する中、葉月さんはゴールテープを切った。


『おおっ、緑チームの生徒が1位です! 鮮やかにパンを咥えて1位でゴールしました!』


「沙綾さん凄いです! 1位ですよ!」

「ああ、そうだな!」


 親友がぶっちぎりの1位でゴールしたからか、氷織は興奮した様子でそう言い、俺の腕をぎゅっと掴んでくる。可愛い。


「走りも跳躍力も凄かったな! 敵ながら天晴だ!」

「凄かったよね! 沙綾ちゃん!」


 和男と清水さんはそう言って葉月さんに拍手を送っている。

 1位でゴールした葉月さんは、係の生徒に両手を縛る紐を解いてもらい、走り終わった生徒の集まる場所へ。その際、自分のクラスや俺達に向かって、笑顔でピースサインをした。


「沙綾さん凄かったですね。さて、恭子さんを応援しましょう」

「そうだね」


 ゴールからスタートに向かって視線を動かすと……火村さんは今もパン食いに挑戦し続けていた。パン食いコーナーには、火村さんを含めて3人残っている。この中で最初に抜けて、4位でゴールできればいいけど。


「何度も加えることに挑戦しているからでしょうか。恭子さんのところにあるパンが揺れていますね」

「そうだね」


 結構揺れているから、パンを取りにくそうだ。

 そんなことを考えている間に、別の1人の生徒がパンを咥えることに成功し、ゴールに向かって走っていく。そのことで焦ってしまうかもしれないが、火村さんには頑張ってほしい。


「ヒム子! 落ち着くッス! 揺れが収まってから、パンに向かって思いっきりジャンプするッス!」


 葉月さんが大きな声で火村さんにアドバイスを送る。

 そのアドバイスが火村さんに届いたのか、火村さんはジャンプをするのを止めて、パンの揺れが収まるのを待つ。

 揺れが収まると、火村さんは思いっきりジャンプをしてようやくパンを掴むことができた。ゴールへと走っていき、5位でゴールをした。ゴールはできたものの、5位だったからか火村さんはげんなりした様子。


「恭子さん、ゴールできましたね!」

「お疲れ様、火村さん!」

「よくゴールしたぞ!」

「恭子ちゃん、頑張ったね!」


 火村さんにゴールの労いの言葉をかけるけど、火村さんはこちらを見ることなく、小さく手を振るだけだった。そのまま順位順に集まる場所に向かっていった。

 やがて、女子パン食い競走の全てのレースが終わる。

 火村さんは葉月さんと一緒に戻ってくる。火村さんはあんパン、葉月さんはメロンパンをゲットしたのか。あと、葉月さんは笑顔を見せているが、火村さんは俯いてしまっている。


「2人ともおかえりなさい」

「ここは2組ッスけど……ただいまッス。ヒム子が元気なかったので、ヒム子を連れてきたッス」

「そうでしたか。沙綾さん、1位おめでとうございます。恭子さんは5位でしたが、諦めずにパンを咥えてゴールする姿は素敵でしたよ」

「……ありがとう。5位なのもショックだけど、沙綾に負けたのもよりショックで。しかも、沙綾が掴んだメロンパン、大好きだし大きくて掴みやすそうだから狙っていて。あたしも足の速さはそれなりに自信あったけど、沙綾がかなり早くて。もちろん、沙綾は悪くないわよ」

「分かっているッスよ」

「だから、次に好きなあんパンを咥えようとしたら、なかなか咥えられなくて。焦っちゃって。果てにはライバルの沙綾にアドバイスをもらって。1位を取るって意気込んだのに。情けなくて、悔しくて……氷織の胸の中で泣きたいくらいだわ」

「いいですよ、恭子さん」


 優しい声色でそう言うと、氷織は両手をゆっくりと広げる。そんな氷織の顔には穏やかな笑みが浮かぶ。

 火村さんは葉月さんにあんパンを渡すと、氷織の胸の中に飛び込み、顔を埋めた。泣き声はないものの、火村さんの体がたまに小刻みに震える。

 氷織は火村さんのことを抱きしめ、右手で頭を撫でる。


「先ほども言いましたが、パンを咥えてゴールする姿は素敵でした。この悔しさは、二人三脚で私と一緒に晴らしましょう。昼休みに何度も練習しましたから、きっと1位を取れますよ。一緒に頑張りましょう」


 氷織が優しく慰めると、火村さんはゆっくりと頷いた。パン食い競走は終わってしまったから、悔しさを晴らすなら今後出る種目で1位を取るのが一番いいだろう。

 それから少しの間、火村さんは氷織の胸の中に顔を埋め続ける。その間に葉月さんと清水さんが火村さんの頭を撫でていた。


「氷織の胸って本当に心地いいわ。服越しでも柔らかくて、温かくて、いい匂いがして。ここに住みたいくらいだわ……」


 えへへっ……と火村さんは厭らしい笑い声を出す。口角の上がった状態の彼女の口元も見えるし。どうやら復活したみたいだな。さすがというか。火村さんらしいというか。


「ふふっ、気に入ったんですね。たまに遊びに来てくださいね」

「うんっ!」


 元気良く返事をすると、火村さんは氷織の胸からゆっくりと顔を離した。氷織の胸に癒されたのか彼女は凄くいい笑顔になっている。この様子からして、パン食い競走のショックは結構晴れたんじゃないだろうか。


「ありがとう、氷織。慰めてくれたお礼にあんパンを一口あげるわ」

「ありがとうございます、恭子さん」

「あと、アドバイスをくれた沙綾や、労いの言葉を掛けてくれた紙透達にも一口あげる。みんなありがとう」

「どうもッス! あたしがゲットしたメロンパンもみんなに一口ずつあげるッス!」


 俺は火村さんがゲットしたあんパンと、葉月さんがゲットしたメロンパンを一口ずつもらい、6人で一緒に食べることに。

 どちらのパンも甘くて美味しい。体育祭の日に、校庭で氷織達と食べているという特別感があるからだろうか。二人三脚のレースも近いし、いいタイミングで炭水化物や糖分の補給ができた。

 あんパンとメロンパンが美味しいからか氷織達も満足そう。さっき、氷織はスイーツ系のパンが好きだと言っていただけあって、とても嬉しそうに食べていて。

 こうしてみんなと一緒に甘いものを食べていると、今日は体育祭じゃなくて文化祭のような気がしたのであった。

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