第22話『リレーで走る順番は』

 6月2日、水曜日。

 個人的に水曜日は好きだ。一週間の折り返しだし、一日の最後の6時限目はロングホームルームなので他の曜日よりも楽だから。

 今日のロングホームルームは全クラスとも体育祭の決起集会。体育祭は来週の火曜日に開催されるため、今日が体育祭前最後のロングホームルームになるからだ。チームごとに別々の場所に集まって、体育祭に向けて士気を高めたり、リレー種目の走る順番を決めたりするのだそうだ。

 2年2組が所属する青チームの決起集会は体育館で行なわれる。5時間目の授業が終わって、俺達は体育館用のシューズを持って体育館に向かう。


「涼しいところで決起集会ができるのはいいですね」

「そうだな。体育館にはエアコンがあるから。ところで、葉月さんのクラスの緑チームってどこでやるんだろう? 彼女から聞いていたりする?」

「校庭の半分を使って集会を行なうと、昨日の部活のときに沙綾さんが言っていました」

「そうなんだ。晴れているから暑そうだけど、会場の校庭で決起集会をやると士気を高めやすそうな気がする」

「ふふっ、そうですね」


 それでも、個人的には涼しい体育館で良かったと思っている。

 体育館に到着し、上履きからシューズに履き替えて中に入った。教室と同様に体育館の中も涼しくなっている。

 体育祭実行委員の指示により、クラスごとに固まって座る。背の順などの決まった並び方ではなくてもいいそうなので、俺は氷織や和男達と一緒に座った。


「あそこに青山先輩がいるぜ」

「本当だ。先輩には紙透先輩っていう彼氏がいるけど、俺、頑張れそうだわ」

「綺麗だよねぇ、氷織先輩。あたし、高校でも体育祭楽しめそう」


「青チームの2年は、あの絶対零嬢がいるクラスか」

「そうだな。やる気出てきたぜ。それに、彼女は運動神経いいそうだし……今年は青が勝つかもな」


 男子生徒中心にそういった話し声が聞こえてくる。氷織を見ている生徒も何人かいて。決起集会は始まっていないけど、氷織の存在のおかげで一部の生徒は既に士気が高まり始めているようだ。さすがは有名人の氷織である。

 ただ、当の本人は周りのそういった声を気にしていないようで、火村さんと清水さんと楽しそうにお喋りしている。

 やがて、青チームのクラスの担任教師達もやってきて、その直後に6時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴る。

 各クラスの体育祭実行委員が生徒達の前に現れ、3年生の実行委員2人の進行で決起集会が行われる。

 学年の若い順から実行委員が自己紹介を行ない、3年の男子の実行委員が青チームのリーダーに就任すると発表された。そして、チームリーダーが笑顔で、


「みなさん。来週の体育祭は優勝を目指して頑張りましょう! そして、体育祭はお祭りでもあります。思いっきり楽しみましょう! みんなにとって、高校の楽しい思い出になると嬉しいです!」


 と、大きな声で元気良く言う。その姿を見ると自然と体育祭への士気が鼓舞されてくる。


「青チーム! エイエイオー!」


 チームリーダーが右手を突き上げると、実行委員はもちろんのこと一般の生徒の大半が『オー!』と言って、リーダーと同じく右手を突き上げた。もちろん、俺達も。体育祭を楽しみにしている和男は特にやる気の様子だ。


「みんないいですね! これなら我ら青チームが優勝できそうです! 体育祭当日はみんなで楽しみ、頑張りましょう! それでは、青チームの決起集会はこれで終わります! 今日はありがとうございました!」


 チームリーダーが元気良くそう言い、実行委員全員で頭を下げると、会場からは自然と拍手が沸き起こる。さっきの『オー!』のかけ声も良かったし、これなら優勝も狙えそうな気がする。


「あと、チーム対抗リレーの走る順番を決めるので、各リレーに出る生徒はここに残ってください」


 と、チームリーダーはアナウンスした。

 大半の生徒は体育館を後にして、残ったのは体育祭実行委員とリレーに出る生徒、各クラスの担任の先生だ。さっきまでは多くの生徒がいたので、随分とがらんとした雰囲気に。

 3年生女子の体育祭実行委員によって、混合リレーのメンバー6人が集められる。

 まずは学年の上の方から自己紹介を行う。それにより、3年生男子走者は上重かみしげ先輩、女子走者は松島まつしま先輩。1年生男子走者は下田しもだ君、女子走者は梅原うめはらさんと分かった。

 ちなみに、下田君と梅原さんは目を輝かせて氷織のことを見ている。2人とも氷織のファンなのかな?


「それじゃ、さっそく順番を決めるか」


 落ち着いた口調で上重先輩がそう言う。3年生だけあって、先輩が話し合いを進行してくれるようだ。


「とりあえずアンカーを決めよう。重要だし。やりたい奴はいるか?」


 上重先輩はそう問いかけて、混合リレーメンバーのことを見ていく。

 俺を含めて誰も手を挙げない。アンカーはプレッシャーが凄いからなぁ。俺も走るならアンカー以外がいい。


「まあ、最終種目の最終走者だからな。アンカーで走るのはちょっと……ってなる気持ちは分かる。俺もそうだ。走るのは好きなんだけどな……」

「俺も上重先輩と同じっす! 野球部ですし走るのは好きっすけど、アンカーはプレッシャーがあって……」

「あたしも下田君と同じ感じです」

「私もアンカー以外なら気楽に走れていいかな、上重君」


 3年生の先輩方と1年生の下田君と梅原さんは、アンカーを遠慮したい意志を示す。

 また、近くにいる3年生女子の体育祭実行委員の話によると、混合リレーは男子女子共にとトラック半周を走る。なので、性別によって走る順番の制約はないとのこと。


「紙透君と青山さんはどうだ? 2人は校内で有名なカップルだし、特に青山さんはかなりの有名人だ。2人のどちらかがアンカーだと、体育祭的にはかなり盛り上がりそうだ。まあ、そんな理由で選ぶのはあまり良くないんだろうが……」


 絶対零嬢の異名がある氷織はもちろんのこと、氷織と付き合っている俺も彼女ほどではないが生徒達に名が知られている。上重先輩の言うように、そんな生徒が最終種目のアンカーで走ったら、体育祭は盛り上がるだろう。特に氷織がアンカーなら。


「アンカーはプレッシャーがかかりそうですよね。私もアンカー以外ならのびのびと走れそうな気がします」


 さっき、手を挙げなかっただけあって、氷織もアンカーで走ることには消極的な姿勢を見せる。


「あと……個人的な想いなので言っていいのかは分かりませんが、明斗さんがゴールをする瞬間を見てみたい気持ちもあります。ゴールテープを切る瞬間を見られたらより嬉しいです」


 はにかみながらそう言うと、氷織は俺の方に視線を向けてくる。今の氷織の言葉もあり、混合リレーメンバーから視線が集まる展開に。


「紙透先輩はイケメンですし、ゴールしたら凄くかっこよさそうですよね! そんな彼氏の姿を実際に見てみたいですよね、青山先輩!」

「彼女のお願いを叶えるのも彼氏の務めだと俺は思うっす! 紙透先輩!」


 おおっ、急に元気になったな後輩達。威勢良く氷織のフォローをしてきたぞ。2人とも氷織のファンのようだし、氷織の願いを叶えさせてあげたいのだろう。あと、上手くいけば俺がアンカーに決まりそうだという魂胆もありそうだけど。そっちの方がメインのような気がする。

 後輩達の言葉が嬉しかったのか、氷織は可愛らしい笑顔を見せる。


「恋人がゴールする瞬間を見てみたい気持ち……分かるよ、青山さん。私、恋人いないけど」

「いないのかよ。……どうだろう、紙透君。アンカーやってみるか?」


 微笑みながらそう問いかけてくる松島先輩。

 アンカーはプレッシャーがかかりそうだけど「俺がゴールをする瞬間を見てみたい。ゴールテープを切る瞬間を見られたらより嬉しい」という氷織の願いも叶えさせてあげたい気持ちもある。だから――。


「分かりました。俺がアンカーをやります」

「明斗さん……! ありがとうございますっ!」


 氷織はとても嬉しそうにお礼を言ってくれる。


「おおっ、ありがとう! 紙透君! じゃあ、アンカーは君に任せるよ」

「分かりました」


 俺がそう言うと、氷織達5人が俺に向けて拍手してくれる。……ちょっと気分いいな。

 それからも順番決めの話が進んでいき、梅原さん→下田君→松島先輩→上重先輩→氷織→俺という順番に決まった。

 リレーのアンカーなんて初めてだしプレッシャーはある。だけど、氷織も一緒に参加するし、バトンを氷織から受け取って走るんだ。それを励みに、混合リレーのアンカーを務めよう。

 6時間目が終わるまでまだ時間があり、3年生の実行委員が練習用のバトンを持ってきてくれていたので、混合リレーのメンバーでバトンパスの練習をするのであった。




 翌日以降は昼休みには二人三脚、何日かは放課後に混合リレーのメンバーでバトンパスの練習を行なった。

 ちなみに、和男はチーム対抗の男子リレーでアンカーを務めることになり、和男も放課後に男子のリレーメンバーとバトンパスの練習をしている。

 また、葉月さんがバトンパスする姿も見える。氷織曰く、彼女は女子のチーム対抗リレーにアンカーで参加するそうだ。足はかなり速いらしい。……俺の周辺、リレー出場とアンカー率高くないか?

 和男との二人三脚は常に安定しているので、この調子で大丈夫だろう。

 氷織からのバトンパスは、走るスピードの差や走り出すタイミングもあって、練習を始めた頃はバトンを落としてしまうことがあった。ただ、氷織と話し、練習を重ねていくうちに安定してバトンを受け取れるように。俺達以外のバトンパスも、練習するうちに安定してできるようになっていった。

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