第17話『元気になって、相合い傘をした。』
5月25日、火曜日。
目を覚ますと……部屋の中が結構暗い。ただ、カーテンの隙間から光が入り込んでいるので朝になっているのだろう。スマホで時刻を確認すると……今は午前6時45分か。
――サーッ。
外からそんな音が聞こえてくる。この音からして、雨が降っているのだと思われる。
体をゆっくりと起こしてベッドから降りると、肌寒さを感じる。ただ、昨日の朝に感じた熱っぽさも感じないし、頭や喉の痛みも感じない。だから、この肌寒さは冷え込みのせいだろう。
ローテーブルに置いてある体温計で体温を測る。
――ピピッ。ピピッ。
「……36度3分か」
平熱に戻った。これなら学校に行けるな。
今日は雨が降っているから、歩いて登校しないと。そのために、普段よりも少し早く家を出発しないといけないな。
顔を洗ったり、歯を磨いたりしてから1階のリビングに行く。
両親と姉貴は既に起きており、姉貴はキッチンで俺のためにお粥を作ってくれていた。
体温が平熱に戻り、体調が良くなったことを伝えると、両親は安心した様子に。また、姉貴は安堵の笑みを浮かべて俺を抱きしめた。
「お姉ちゃんの作ったお粥が良かったのかな!」
と嬉しそうに言う姉貴に「そうだね」と答えておいた。昨日の午前中と夕飯に玉子粥を作ってくれて、それが美味しかったから。
体調が万全ではない可能性を考慮したのか、姉貴が玉子粥を作ってくれていた。なので、朝ご飯に玉子粥食べることに。病み上がりだから、お粥でちょうど良かったかも。
朝食を食べ終わり、俺は自分の部屋に戻る。
高校の制服に着替える前に氷織へ、
『体調が良くなったよ。今日からまた学校へ行くね。いつも通りに待ち合わせしよう』
というメッセージを送った。また、和男達のグループトークにも、体調が良くなったことと学校に行くというメッセージを送っておいた。
制服に着替える間に何度も『ブルルッ』とスマホが鳴る。きっと、氷織達が返信を送ってきてくれたのだろう。
着替え終わって再びスマホを手に取ると、LIMEで複数人からメッセージが届いている通知が来ていた。グループトークの方には和男や清水さん達から『学校で待ってる!』という旨の返信が。そして、氷織との個別トークには彼女から、
『元気になって良かったです! では、いつも通りに待ち合わせして、一緒に学校へ行きましょうね』
という返信が届いていた。俺のことを待ってくれる人がいるのって嬉しいな。
今もまだ雨が降っているので、予定通り、今日は徒歩で氷織との待ち合わせ場所へ向かうことに。普段よりも早めに家を出発する。
外は肌寒い。ただ、一昨日のバイトの帰りにゲリラ豪雨に遭ってしまったときよりはマシだ。そう思えるのは、今は制服のジャケットを着ており、傘のおかげで雨に当たっていないからかもしれない。
病み上がりなので、いつもよりゆっくりとしたスピードで歩く。それでも、体を動かしているから、段々と温かくなっていく。それが心地良くて。
20分ちょっと歩いて、氷織との待ち合わせ場所である高架下が見えてきた。その高架下で8時10分頃に待ち合わせするのが、登校するときの俺達の日課になっている。今の時刻は……8時5分か。
「氷織はもう来ているかな」
氷織は待ち合わせ場所に早めに来ることが多い。だから、もう来ているかもしれないな。少しスピードを早めて高架下へ向かうと、
「明斗さんっ!」
高架下で氷織がこちらを向いて待ってくれていた。俺を見つけると、氷織は嬉しそうな笑顔を浮かべて手を振ってきてくれる。氷織のいるところだけ晴れているかのように明るく見える。ちなみに、氷織もジャケットを着ている。そんな氷織の姿を見て、俺の歩くスピードはより速くなった。
待ち合わせの高架下に到着し、俺は傘を閉じる。
「おはよう、氷織」
「明斗さん、おはようございます。元気になって良かったです」
「ありがとう。病院でもらった薬が効いたり、氷織達がお見舞いに来てくれたりしたおかげだと思ってるよ」
「少しでも明斗さんのお役に立てたのなら良かったです」
「ありがとう。……お見舞いに来てくれたお礼とおはようのキスだよ」
そう言い、俺から氷織にキスする。
肌寒いのもあって、氷織の唇から伝わる優しい温もりが心地いい。氷織の唇の柔らかな感触もいいからいつまでもしていたいけど、今は登校中。10秒ほどして俺から唇を離した。
氷織は頬をほんのりと紅潮させ、優しい笑みで俺を見つめる。
「今日はおはようのキスができて嬉しいです。今日は肌寒いですから、明斗さんの温もりがより良くて、愛おしく感じました」
「俺も氷織の温もりが凄くいいって思ったよ」
「そうですか。良かったです。話が変わりますが、ここはいい場所ですね。雨がしのげますから」
「だろう? そういえば、雨が降っている中で待ち合わせするのは、今日が初めてか」
「そうですね。……明斗さんさえよければ、学校まで相合い傘しませんか?」
俺をチラチラ見て、可愛らしい声でお願いしてくる氷織。そんな彼女の頬はさっき以上に赤くなっていて。
それにしても……相合い傘か。何て素敵な響きだろう。今まで氷織と相合い傘をしたこともないし、もちろん――。
「そうだね、相合い傘しよう!」
「ありがとうございます!」
氷織はとっても嬉しそうにしている。可愛いなぁ。
「じゃあ、俺の傘を使おうか。氷織のよりも大きいと思うし。寄り添えば、体やバッグもあまり濡れずに済むと思うから」
「分かりました」
俺はその場で傘を広げ、右手で傘を持つ。
失礼します、と言い氷織は俺の傘の中に入ってくる。その流れで、俺の右腕に腕を絡ませてきた。お互いにジャケットを着ているけど、氷織の柔らかさが伝わってきて。
「結構大きな傘ですから、こうすれば濡れないと思います」
「良かった。俺も……体や制服は濡れないと思う」
「良かったです。では、行きましょうか」
「ああ」
歩く速さに気をつけながら、俺は氷織と一緒に学校へ向かって歩き始める。
氷織と初めて相合い傘をしているからだろうか。見慣れている線路沿いの住宅街の景色も新鮮だ。
俺の見立て通り、大きな傘なので体や制服は雨に当たっていない。氷織の方を見ると、彼女の方も制服やバッグに雨が当たっていないように見える。良かった。
「相合い傘……いいですね。今回が初めてだからでしょうか。それとも、昨日は明斗さんがお休みだったからでしょうか。凄く嬉しくて、幸せです」
氷織はニッコリ笑い、腕の絡め方を強くする。高架下から氷織にずっと腕を絡まれているから、氷織から温もりも伝わってくる。
「俺も凄く嬉しくて幸せだよ。漫画やアニメとかでも、相合い傘のシーンってあるじゃない」
「ラブコメや日常漫画とかにありますね。何度も見たことあります」
「だよね。氷織に片想いしてからそういうシーンを見ると、俺もいつか氷織と相合い傘してみたいな……って思っていたんだ。だから、実現できて嬉しいよ。しかも、氷織と恋人関係になっているし」
「ふふっ、そうですか。その話を聞くと、より嬉しい気分になりますね。私も明斗さんとお試しで付き合い始めてから、相合い傘のシーンを見ると、たまに明斗さんと自分を重ねるときがありましたね」
「そうだったんだ。可愛いな、氷織は」
「明斗さんも可愛いですよ~」
ふふっ、と上品な中に可愛らしさも感じられる笑い声を出す氷織。氷織になら、可愛いと言われても嬉しい気持ちになってきた。
「あと半月もすれば梅雨の季節がやってきます。去年までは、雨が降ると髪を整えるのが大変ですし、空気もジメジメするので嫌だと思っていました。でも、今年からは明斗さんと相合い傘ができるので、ちょっとは好きになれそうです」
「そっか。俺も同じような理由で梅雨は好きじゃないなぁ。たまに、雨が降ると涼しくなることがあるから、そういうときはいいかなって思うけど。ただ、氷織と同じで、相合い傘効果で今年からは多少は好きになれそうだ」
「そうですかっ」
そう言う氷織の嬉しそうな笑顔はとても可愛らしい。こんな素敵な顔をすぐ近くで見られるなんて。相合い傘バンザイ!
笠ヶ谷高校も近くなってきたので、周りにはうちの高校の生徒が多く歩いている。
お試し期間を含めれば、氷織と2人で登校し始めてから1ヶ月近く経つ。だから、最近は登校中にジロジロと見てくる生徒も少なくなってきた。でも、今日はお試しで付き合い始めた直後のときのように、周りからの視線を集めながら歩いている。
「今日はこちらを見てくる人がやけに多いですね」
「相合い傘をして登校するのが初めてだからかな」
「なるほどです」
氷織は微笑みながら言い、特に不快感を示すことはなかった。初めての相合い傘で嬉しいのもあると思うけど、多くの人から見られることに慣れているからというのもありそうだ。
普段よりも生徒に見られる中で学校に到着し、俺達は2年2組の教室へ。
教室に来るのは先週の金曜日以来。だから、やけに久しぶりな感じがした。
友人中心に、クラスメイトの何人かから「体調は大丈夫か?」「無理すんなよ」といった声を掛けられる。そして、
「2人ともおはよう! アキは元気になって良かったぜ!」
「おはよう! 元気になって良かったよ、紙透君!」
「2人ともおはよう! 紙透も元気になったし、これで氷織の寂しそうな顔を見なくて済むわ」
「今日のひおりんは普段以上に可愛いッスね。恋人の紙透君のパワーは凄いッス。ひおりんと紙透君が教室にいる光景を見られて安心するッスよ。2人ともおはようッス!」
和男、清水さん、火村さん、葉月さんが優しくて温かな朝の挨拶をしてくれて。葉月さんはたまに遅めに学校に来ることがあるけど、こうして教室で4人と会うと、今日も学校生活が始まるのだと思える。
朝礼前までは6人で雑談し、担任の先生が来たら朝礼があって、それ以降は授業を受ける。それが氷織とお試しで付き合い始めてからの俺の日常。ただ、昨日は風邪を引いて欠席したから、いつも通りに過ごせるのは尊くて幸せなことなのだと実感した。
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