第13話『体調を崩してしまった。』

 5月24日、月曜日。

 目を覚ますと……やけに寒気を感じた。昨日のバイトから帰ってきた時点で肌寒かったので、そこからさらに冷え込んだのだろうか。


「……あれ」


 体を起こそうとすると……かなり重く感じる。息苦しさもあるし、頭もちょっと痛い。熱っぽさも感じてきて。


「風邪、引いたかもな……」


 声もおかしい。喉がやられたか。

 昨日、8時間バイトした後、ゲリラ豪雨に打たれながら全力疾走したからだろうか。時間はかかったけど、シャワー全開で体を温めたはずだったんだけどな。疲れや体の冷えで、体調を崩してしまったのかもしれない。

 まずは熱を測って、家族に体調を崩したことを伝えよう。

 だるさを感じる中、何とかして体温計がある1階のリビングに辿り着いた。

 リビングには誰もいなかったけど、キッチンに両親の姿が。姉貴は……ああ、月曜日は講義が2時限目からだから、まだ寝ているのか。

 俺が体調を崩していると一目で分かったのか、両親はすぐに俺のところにやってくる。


「明斗、体調がおかしいのか? 顔色が悪いけど」

「……ああ。熱っぽくて、体がだるい。喉がおかしい。頭もちょっと痛い。お腹は大丈夫。きっと、昨日のバイト帰りにゲリラ豪雨に遭ったからだと思う」

「そうか。とりあえず、ソファーで横になっていなさい」

「体温計を持ってくるわ」


 父さんの助けを借りて、俺はソファーに仰向けの状態に。体がだるいから、この体勢になるだけでも楽に感じる。

 母さんが持ってきてくれた体温計で熱を測る。すると、


「……38度5分か」

「結構高いな。今日は学校を休みなさい」

「……そうする」

「学校にはお母さんが連絡しておくね」

「ああ。ありがとう」


 部屋に戻ったら、氷織や和男達に学校を休むってメッセージを送らないと。氷織には一緒に学校へ行けないことも。


「明斗。今日ってバイトのシフトは入っているのか?」

「……今日はない。明日は放課後に入れてある」

「そうか。じゃあ、バイト先には連絡しなくても大丈夫そうか」

「……ああ。明日のバイトは……体調次第だな。悪かったら自分で連絡する」

「それがいいな。さあ、部屋のベッドに戻ろう。いつも行っている病院が開院するまでは、ベッドでゆっくりしよう」

「そうするよ、父さん」


 病院へ行くまでに少しは体力を回復させたいところだ。

 俺は父さんに肩を貸してもらい、リビングを後にする。父さんの支えがあるからまだしも、階段を登るのって結構大変だなぁ。

 2階まで上がったとき、寝間着姿の姉貴が自分の部屋から出てきた。顔色の悪い俺が父さんに肩を貸してもらっているからか、姉貴は俺のことを見ると心配そうな様子で俺に駆け寄ってきた。


「ど、どうしたの! 明斗!」

「風邪を引いたようだ。高熱も出てる。ほら、明斗は昨日のバイト帰りにゲリラ豪雨に遭ったじゃないか」

「そうだったね。きっと、疲れと冷えで体調を崩しちゃったんだろうね。じゃあ、お姉ちゃんが病院に連れて行って、お粥を作ってあげる! 今日の2限の講義は休講になって、大学は午後からだから!」

「……ありがとう、姉貴」

「じゃあ、午前中は明実に任せるよ」

「うんっ! お姉ちゃんに任せなさい!」


 やる気に満ちた様子でそう言うと、姉貴は自分の胸を右手でポンと叩いた。体調を崩しているからか、姉貴がとても頼もしく見える。


「明斗さえよければ、病院に行くまでの間はお姉ちゃんが一緒に寝てあげようか? 人から発せられる温もりは、調子の悪い体にいいんじゃないかって思うんだけど……」


 そう言うと、頬をほんのりと赤くし、俺をチラチラと見てくる姉貴。そんな姉貴に父さんは「ははっ」と小さな笑い声を漏らす。


「……き、気持ちだけ受け取っておくよ。風邪をうつしちゃうかもしれないし」

「……分かった」


 ちょっとしょんぼりした様子で姉貴は言う。

 最近、姉貴が俺との距離感を昔のように縮めてきている。ブラコンって言われても仕方ないくらいに。そうなったきっかけは、2週間ほど前にこの家で中間試験の勉強会をしたときのことだろう。勉強の休憩中、氷織達と一緒に部屋にあるアルバムを見ていた。その際、俺は「紙透明実が俺の姉で良かった」と言い、それを姉貴が隠れて聞いていたのだ。そのとき、姉貴はとても嬉しそうにしていたから。

 父さんと姉貴にベッドまで連れて行ってもらい、横になる。

 枕の側に置いてあるスマホを手に取り、いつもの6人でのグループトークに『風邪を引いた。学校を休む』という旨のメッセージを送った。氷織向けに『一緒に学校へ行けない』というメッセージも。

 すると、それから程なくして、返信のメッセージが届く。


『分かった! アキ、ゆっくり休めよ! お大事にな!』


『お大事に。ゆっくりしてね。あと、眠れそうなときは寝た方がいいよ。睡眠は何よりの薬だと思うから』


 和男と清水さんからすぐにメッセージが届く。友人達からのメッセージを見ると嬉しい気持ちになるな。そして、


『分かりました。ゆっくり休んでください。今日は一人か、駅の前で沙綾さんと会えたら彼女と一緒に学校へ行きますね。放課後の予定は何もありませんから、学校が終わったらすぐにお見舞いに行きますね。お大事に。』


 という氷織からのメッセージが送られる。恋人から返事が来ると特別に嬉しい。ちょっと元気出てきた。

 その後、火村さんと葉月さんからも『お大事に。放課後にお見舞いに行く』とメッセージを送ってくれた。おそらく、先日、氷織が風邪を引いて学校を欠席したときのように、みんなでお見舞いに来てくれるのだろう。


「……楽しみだな」


 氷織も風邪を引いて、お見舞いに行くというメッセージを見たときにこういう気持ちを抱いたのだろうか。氷織達がお見舞いに来るときには、少しでも体調が良くなっていたらいいなぁ。そう思いながら、ゆっくり目を閉じた。




 かかりつけの病院の開院時間になった頃に、姉貴に体を支えられながら病院へ向かう。

 今の症状や昨日までの出来事をかかりつけ医に説明すると、


「こりゃ風邪だね。勉強やバイトの疲れと、予報外れの雨に打たれて冷えたことで、体調が一気に崩れたんだろうね。消化のいいものを食べて安静にしなさい。薬は3日分出すから」


 という診断結果だった。まあ、予想通りといったところか。先生の言う通り、消化のいいものを食べて、処方された薬を飲んで、ゆっくりしよう。

 姉貴と一緒に家に帰り、俺は部屋のベッドで横になる。家と病院を往復歩いたから、この体勢は心地よく思える。

 少しして、姉貴がお手製の玉子粥を持ってきてくれた。


「お姉ちゃんが食べさせてあげるね!」

「……お言葉に甘えるよ」


 物凄く楽しそうに訊いてきたので最初は断ろうと思ったけど、優しさを感じられたから。姉貴に玉子粥を食べさせてもらうことに。


「ふーっ、ふーっ。はい、あ~ん」

「……あーん」

「どう? 口に合うかな?」

「……美味しいよ」

「良かった!」


 姉貴はとても嬉しそうだ。

 ご飯と玉子の優しい甘味と、ほんのちょっと感じられる塩気がいいなぁ。依然として体は熱っぽいけど、お粥による温もりがいい。

 玉子粥が美味しかったのと、姉貴が食べさせてくれたおかげもあって、お茶碗一杯分の玉子粥を完食することができた。

 病院から処方された薬を飲み、お手洗いを済ませて俺はベッドで横になる。

 お粥を食べたり、薬を飲んだりしたからちょっと眠い。体調を崩しているから、この眠気を有効活用しなければ。


「姉貴。病院に連れて行ってくれたり、お粥を作って食べさせてくれたりしてくれてありがとう」

「いえいえ。大好きな弟のためですから。お昼前まではお姉ちゃんは家にいるから、何かあったら遠慮なく言ってね」

「……ありがとう。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 姉貴が電気を消した後、俺はゆっくりと目を瞑る。そのことで体が段々と気持ち良くなってきて。あと、姉貴が胸をポンポンと軽く叩いてくれているのだろうか。その感触が心地よい。目を瞑ってから程なくして眠りにつくのであった。

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