第10話『あの子のバイト先へ-恭子編-』
午後3時過ぎ。
時間制限の60分が経過したので、俺と氷織は猫カフェ・にゃかのを後にする。キャットルームを出るとき、白猫とキジトラ猫が出入口の近くまで見送ってくれた。それもあって、ちょっと寂しい気持ちに。
「今回も猫ちゃんとたっぷり触れ合えましたね」
「そうだな。俺は白猫、氷織はキジトラ猫中心だったけど。おやつをあげることもできたし、今回も楽しくて癒された60分だったよ」
「そうですね。これからも定期的に猫カフェへ行きましょうね」
「ああ。そうしよう」
「2人きりで行くのもいいですけど、沙綾さんや恭子さん達と一緒に行くのも楽しいかもしれませんね」
「面白そうだな」
葉月さんと清水さんは色々な猫と仲良くなれそうだ。
和男は……何匹かの猫に凄く好まれそうなイメージがある。
火村さんは元気な猫と楽しく遊びそう。あと、物凄く好みの猫がいたら暴走しそう。あと、猫耳カチューシャを付けた氷織を目の前にしたら、確実に暴走するだろうな。全身を撫で回したり、猫吸い……じゃなくて氷織吸いしたりしそうだ。
想像するだけでも楽しい気分になれるので、実際に行ったら確実に楽しめるだろう。
「じゃあ、火村さんがバイトしているタピオカドリンク店に行こうか」
「そうですね」
「お店までの道は地図アプリで……」
「私、ここからお店までの道筋は分かりますよ。以前、恭子さんの家から帰るとき、沙綾さんと一緒に高野駅まで歩きましたから。そのときに、恭子さんにタピオカドリンク店の近くまで送ってもらいましたし」
「そうだったんだ。じゃあ、道案内をお願いします」
「はい! お任せください!」
明るい笑顔を見せ、元気にそう言ってくれる氷織。頼りになるオーラがよく出ている。ツアーガイドやバスガイドになったら人気が出そうだ。
俺は氷織と一緒に火村さんがバイトしているタピオカドリンク店・ジュエルタカノに向かって歩き始める。氷織曰く、15分くらいで到着するらしい。
高野カクイからにゃかのまで来た道のりを戻っていく。
そして、高野カクイまで戻ると、カクイの前にある大通りを高野駅とは反対方向に向かって歩いていく。この道を歩けば、ジュエルタカノはもちろんのこと、火村さんの家の最寄り駅である東都メトロの新高野駅に行けるそうだ。
「有前堂に行くときと同じ質問になるけど、氷織は火村さんがバイトをしているところって見たことある?」
「一度もありませんね」
「そうなんだ」
「ですから、恭子さんがバイトをしている姿を見るのが楽しみです」
「俺も楽しみだな。葉月さんのように明るく接客していそうだ」
「私もそう思います。恭子さんも素敵な笑顔をたくさん見せる方ですから」
「そうだな」
特に氷織と一緒にいるときや、氷織絡みの話をするときに火村さんは笑顔を見せることが多い。氷織のことが好きすぎて、たまに厭らしさを感じさせる笑顔のときもあるけど。好意が原因とはいえ、氷織をにらみ続けた時期があったのが信じられないほどだ。
また、昼休みや授業の合間の休み時間に俺達以外の友達と話しているときも、火村さんは明るく楽しそうな笑顔を見せている。きっと、いつもの笑顔で接客していることだろう。
カクイから数分ほど歩くと、一軒家やアパート、マンションなどの住宅地が多くなってきた。駅周辺やカクイにいるときとは違い、落ち着いた雰囲気に。
「数分歩いたら落ち着いた感じになったな。駅と駅を繋ぐ大通りだし、2駅の間も徒歩圏内だから、お店が多いのかと思ってた」
「そうですね。周りにあるのは……コンビニやドラッグストア。あとはチェーンの飲食店がいくつありますね」
「この地域に住んでいる人向けのお店が多いな」
「そうですね。あと、この地域は、NRの高野駅と東都メトロの新高野駅のどちらにも徒歩で行けます。なので、住むのにはとても良さそうですね」
「そうだね」
周りを見ると、マンションがいくつもある。きっと、氷織の言った理由で、住む場所としての人気がとても高いんだろうなぁ。一つだけでも駅まで徒歩圏内だと魅力的なのに、この地域は2つあるんだから。
「……いつか、明斗さんと同棲することになったら、駅から近いところに住みたいですね」
そう言う氷織の笑顔はほんのりと赤らんでいて。
正式に付き合い始めて、お互いの家族に挨拶したからか、『同棲』という言葉が現実的に感じる。それもあって、今の氷織の言葉にドキドキしている。頬が熱くなっているので、きっと氷織のように体が赤らんでいるんだろうな。
「駅から近いのは魅力的だな。それを含めて、快適に生活を送れるところでいつか氷織と一緒に暮らしたいな」
「そうですね」
幸せそうに返事をすると、氷織は俺の手を離して腕を絡めてきた。その姿はとても可愛らしくて。
あと、腕を絡まれた際に密着したため、服越しに柔らかいものも感じて。そのことで、ますますドキドキして。それまで顔中心に感じた熱が全身へ広がり始めているのが分かった。
氷織と同棲するのはいつのことになるか。学生の間か。それとも、社会人になってからか。住む場所の選択肢を広げるためにも、今からバイト代の一部を将来の資金として貯めていこうかな。
氷織と話していたら、大型の商業施設やオフィスビル、ビジネスホテルなどが見えてきた。高野駅やカクイ周辺のような賑わいがあって。新高野駅やジュエルタカノはもうすぐなのかな。
「ジュエルタカノも近いのかな」
「そうですね。ほら、あそこが新高野駅の北口ですし」
「……あっ、本当だ」
氷織の指さした先には、東都メトロの新高野駅北口が。何日か前に火村さんの家で勉強会する際に訪れたので、急に知っている場所に。
「葉月さんのときのように、火村さんが接客している様子をこっそり見てみる?」
「そうしましょう」
即答したな。あと、何だかワクワクしているように見えるし。こっそりと見るような行為が好きなのかな。
それからすぐにジュエルタカノが見えてきた。土曜日のお昼過ぎなのもあって、お店に入っていく人もいれば、タピオカドリンクの入ったカップを持って出てくる人の姿もいる。
お店の入口の側まで近づく。入口横のガラス部分にはドリンク一覧や新商品のポスターが貼ってあるので、それで顔や体を隠しながら、こっそりと店内を覗く。
カウンターには多くの人が並んでいるな。女性の割合が多く、俺達のようなカップルもいて。あと、部活帰りなのか数人ほどの制服姿の女性グループもいる。そんなお客さん達の向こう……カウンターに、制服と思われる襟付きの黒いブラウスに黒い帽子を被った火村さんの姿があった。
「火村さん、カウンターにいるね」
「ええ。明るく素敵な笑顔で接客していますね」
そう言う氷織はとても優しい笑みを浮かべていて。
再び店内を見ると……氷織の言うように、火村さんは明るい笑顔で接客している。タピオカドリンクをお客さんに渡し、ニッコリとして頭を下げている。そして、次に並んでいる人の接客を始める。
「落ち着いて接客していますね。恭子さんも1年の頃からこのお店でバイトをしているそうです」
「そうなんだね」
だから、あのように接客ができるのか。火村さんや葉月さんがバイトしている様子を見ると、俺もゾソールでのバイトを頑張ろうと改めて思う。
「じゃあ、俺達も店内に入ろうか」
「そうですね」
俺達はジュエルタカノの中に入る。その瞬間、カウンターの方から『いらっしゃいませ~』と女性達の声が聞こえてきた。
カウンターを見ると……どうやらカウンターごとに並ぶ形式のようだ。火村さんの担当するカウンターは向かって左端。なので、俺達は火村さんの列の最後尾に並ぶ。前に並んでいる人達は俺よりも背が低いから、接客している火村さんの姿がちゃんと見える。まだ、彼女は俺達に気づいていない。
カウンター席やテーブル席の方を見ると……テーブル席は全て埋まっていて、カウンター席は1席だけしか空いていない。あとで、火村さんに外で飲める場所を教えてもらおうかな。
「ありがとうございました!」
おっ、火村さんの元気な声が聞こえた。
再びカウンターの方を見た際、カウンターに立っている火村さんと目が合った。そして、俺の側にいる氷織にも気づいたのだろう。火村さんはとっても嬉しそうな表情でこちらに手を振ってくる。そんな彼女に氷織と俺は小さく手を振った。
「恭子さん、私達に気づきましたね」
「ああ。気づいたときの笑顔、可愛かったな」
「そうですね。ところで、明斗さんは何を飲みますか?」
「俺はタピオカカフェオレにしようかな。コーヒー系が好きだし。あと、15分くらい歩いたから糖分欲しくなった」
「なるほどです。私はタピオカミルクティーにしようと思います」
「王道のタピオカドリンクだね。もし、氷織がよければ、あとで一口交換する?」
「お願いしますっ!」
笑顔でそう言い、小さく頭を下げるところが可愛らしい。
定期的に列が前へと進んでいき、いよいよ俺と氷織が火村さんに接客される番に。
「いらっしゃいませ~!」
今までで一番と言っていいほどの可愛らしい声で挨拶する火村さん。彼女のニコニコな笑顔からして、俺達がお店に来たことが本当に嬉しいとうかがえる。
「バイトお疲れ様、火村さん」
「お疲れ様です、恭子さん」
「2人ともありがとう! 2人が来てくれてとても嬉しいわ。今日は6時までバイトがあるけど、そこまで頑張る元気をもらえたわ」
「ふふっ、それは良かったです。さっき、明斗さんと一緒に入り口横のガラス部分から接客の様子を見ていました。恭子さんらしい明るく素敵な笑顔で接客していました。ね? 明斗さん」
「ああ。1年生の頃からバイトしているだけあって、しっかり接客していると思ったよ」
「ありがとう!」
火村さんは白い歯を見せながら笑う。その笑顔もとても素敵だと思う。あと、好きな人が来ると、その後のバイトの活力がもらえるのはよく分かる。
「制服も素敵ですね。よく似合っています」
「学校とは違った雰囲気でいいよな」
「ありがとう。嬉しいわ」
えへへっ、と火村さんは可愛らしい声を漏らし、柔らかい笑顔を見せる。
「そういえば、映画はどうだった? 泣けるって評判だけど」
「とても良かったです。原作を何度も読んでいましたが泣けました」
「原作のネタバレをされずに観た俺は号泣したよ。葉月さんのバイトしている書店で原作漫画を全部買ったよ」
「相当良かったのね。涙を流す氷織はもちろんだけど、号泣している紙透の姿も見てみたかったわ」
ニヤニヤして俺を見てくる火村さん。
葉月さんだけじゃなく、火村さんも俺が号泣する姿を見たいとは。これまで、彼女達に涙を流す姿を見せたことがないから興味が湧くのかな。
「あと、沙綾がバイトしている本屋に行ったのね」
「はい。沙綾さんも元気にバイトしてました。あと、猫カフェにも行ってきました」
「そうなのね。いつか、みんなで猫カフェに行きたいわね。……雑談はこの辺にして接客しないと。店内でお召し上がりですか? お持ち帰りですか?」
「持ち帰りかな。店内に座れる席がないからさ。店の近くでゆっくり飲みたいって思っているんだけど……氷織はどうかな?」
「私はそれでかまいませんよ。今日は晴れていますし」
爽やかな笑顔で氷織はそう言ってくれた。
「分かった。じゃあ、持ち帰りで」
「お持ち帰りですね。あと、お店を出て左の方へ少し歩くと広場があるの。ベンチが結構あるから、そこでゆっくりと飲めるわ」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
近くにゆっくりできる場所があって良かった。今日は晴れて暖かいから、冷たいタピオカドリンクを飲むのにはいい気候だろう。
「ご注文お伺いします」
「氷織からどうぞ」
「ありがとうございます。タピオカミルクティーのレギュラーサイズを1つお願いします」
「あと、タピオカカフェオレのレギュラーサイズを1つお願いします。以上で」
「かしこまりました。タピオカミルクティーのレギュラーサイズをお1つと、タピオカカフェオレのレギュラーサイズをお1つですね。合計で600円になります」
ということは……それぞれのドリンクは300円かな。メニュー表も見ると、レギュラーサイズのドリンクは全て300円とのこと。
俺と氷織は財布を取り出し、それぞれ300円ずつトレイに出した。
「600円ちょうどお預かりします。レシートのお渡しです。少々お待ちください」
氷織にレシートを渡すと、火村さんは俺達が注文したタピオカドリンクを用意していく。
1年生の頃からバイトを続けているだけあって、落ち着いた様子でドリンクを用意している。そんな火村さんの後ろ姿を氷織はじっと見つめていた。
それから程なくして、火村さんは右手にタピオカカフェオレ、左手にタピオカミルクティーを持ってカウンターに戻ってくる。
「お待たせしました。タピオカミルクティーとタピオカカフェオレになります」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
俺達は火村さんからタピオカドリンクを受け取る。バイトをしている友人が渡してくれたから、今まで飲んだタピオカドリンクよりも美味しそうに見える。
「火村さん、バイト頑張ってね」
「頑張ってくださいね」
「うんっ! ありがとうございました! またお越しくださいませ!」
笑顔で手を振って見送ってくれる火村さん。そんな火村さんに俺達も手を振って、ジュエルタカノを後にし、火村さんが教えてくれた広場へ向かうのであった。
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