第9話『猫カフェ、再び。』

 有前堂とは別のフロアにある女性向けの服をウィンドウショッピングして、俺達は高野カクイから出る。今まで涼しい店内にいたからか。それとも、午後2時過ぎという時間帯だからか。外に出ると少し暑さを感じる。

 猫カフェには何度も行ったことがあるので、氷織はカクイからの道順は分かっているという。カクイから歩いて2、3分のところらしい。手をしっかりと握り、猫カフェに向かって歩き始める。

 カクイ周辺はまだ知っているけど、少し歩くと全く知らない景色が広がる。高野は萩窪から電車で数分ほどのところだけど、氷織と小旅行に来た気分に。


「ここです」


 徒歩2、3分のところだけあって、すぐに猫カフェに到着した。

 目の前には、落ち着いた雰囲気が特徴的な茶色い外観の2階建ての建物が。入口の上に設置されている白いボードには、猫の線絵と可愛らしい書体で『猫カフェ・にゃかの』と描かれている。どうやら、この猫カフェの店名はにゃかののようだ。

 素敵な外観なので、俺はスマートフォンでにゃかのの外観を撮影する。


「いい外観の猫カフェだ。にゃかのって言うんだね」

「そうです。落ち着いた雰囲気の外観ですよね。中も落ち着いた感じで、ゆったりとできる空間になっていますよ」

「そうなんだ。楽しみだな。じゃあ、入ろうか」

「はいっ」


 俺達は猫カフェ・にゃかのの中に入る。

 萩窪デートで行った猫カフェ・萩窪ニャフェと同じく、滞在時間で料金が決まる。また、猫にあげるためのおやつが200円で販売されている。

 萩窪デートのときと同じ60分コースの料金を支払い、猫達と戯れることのできるキャットルームへ。


「おおっ……」


 広い室内には様々な大きさや柄、種類の猫がいる。お客さんと戯れていたり、猫同士でじゃれついていたり、のんびりと眠ったりしていて。とても広いし、人間が座れるソファーや椅子もたくさんあるので、これなら60分間ゆったりとできそうだ。

 あと、スプーンに乗ったキャットフードを食べている猫がいる。これが、葉月さんの言っていたおやつをあげる体験なのかな。萩窪ニャフェでは見られなかった光景だ。


「ここの猫カフェもいい雰囲気だね」

「いいですよね。さっそくおやつをあげてみます?」

「う~ん……とりあえずは猫と戯れるよ。60分あるし、少し時間が経ったらおやつをあげてみようかな」

「分かりました。きゃっ」


 氷織が可愛らしい声を漏らす。どうしたのかと思い、氷織の方を見てみると……キジトラ猫が氷織の脚に顔をスリスリしている。きっと、これが声を漏らした原因だろう。あと、氷織の脚に顔をスリスリできる君がちょっと羨ましいよ。

 氷織は自分の足元を見ると、優しげな笑顔を見せる。


「あら、あなたですか。今回も私のところに来てくれるんですね」


 その場でしゃがみ、氷織はキジトラ猫の頭を撫でる。

 氷織に撫でられて気持ちいいのか、キジトラ猫は「なーう」と可愛らしい鳴き声を出す。


「沙綾さんと初めてこの猫カフェに来てから、この雄のキジトラ猫ちゃんに毎回触っているんです」

「きっと、氷織のことを凄く気に入っているんだろうね」

「そうだと嬉しいですね」


 いい子ですね~、と氷織はキジトラ猫の頭を撫で続ける。

 何度も来たことのある氷織だからこそのエピソードだな。あと、このキジトラ猫は雄だそうだけど……猫だからね。嫉妬はしないよ。むしろ、氷織を気に入るなんて見る目があるじゃないかと思うほどだ。


「せっかくだし、写真を撮って氷織に送るよ」

「お願いしますっ」


 スマートフォンを取り出して、レンズを氷織とキジトラ猫の方に向ける。氷織が笑顔でピースサインした瞬間、キジトラ猫もこちらを向いてくる。君は写真に写るのが好きなのかな。そんなことを考えながらツーショット写真を撮った。その写真をLIMEで氷織に送る。


「送っておいたよ」

「ありがとうございます」

「……にゃぉん」


 おっ、すぐ近くから猫の綺麗な鳴き声が聞こえてきたぞ。


「明斗さんの足元に、大きな白猫ちゃんが来ていますよ」


 氷織がそう言うので足元を見てみると……おっ、白猫が俺のことを見上げている。パッと見たところ、氷織のところにいるキジトラ猫よりも一回りも二回りも大きい。顔立ちも整っているなぁ。

 俺はその場でしゃがみ、白猫の頭にそっと右手を乗せる。すると、白猫は喉をゴロゴロ鳴らす。


「君、可愛いね」

「にゃ~ん」


 白猫は俺の右手に頭をスリスリしてくる。毛並みがいいから、凄く気持ちがいい。


「ふふっ、その白猫ちゃん。明斗さんに可愛いって言われて、好きになったのかもしれませんね」

「そうかな。ただ、自分から触れてきてくれるのは嬉しいな」

「そうですね。さっきのお礼に、私も明斗さんと猫ちゃんのツーショット写真を撮ってあげますね」

「ありがとう」


 氷織はバッグからスマートフォンを取り出し、レンズをこちらに向ける。

 俺が左手でピースサインをすると、右手にスリスリしている白猫が氷織のスマホの方へ向いた。その直後に『カシャッ』という撮影音が聞こえた。


「いい写真が撮れました。LIMEで送りますね」

「ありがとう」


 お礼を言ってすぐにスマホのバイブ音が響く。おそらく、氷織がLIMEで今の写真を送ってくれたのだろう。


「送りました。……ソファーが空いていますから、そこでゆっくりしましょうか」

「そうしよう」


 俺達は近くにあるソファーへ向かう。その際、俺に撫でられた白猫と、氷織の脚にスリスリしてきたキジトラ猫もついていく。本当に気に入っているんだな。

 俺は氷織と隣同士でソファーに座る。すると、白猫は俺の膝の上に、キジトラ猫は氷織の膝の上にそれぞれ飛び乗り、くつろぐ。

 この白猫……体が大きいだけあって、結構な重量があるな。


「今回はこの子達と一番触れ合うかもしれませんね」

「そうかもね」


 俺は白猫の頭から背中にかけて優しく撫でていく。すると、それが良かったのか、白猫は俺の膝の上でゴロンゴロンしてくる。大きい体だからその動きに迫力を感じる。

 氷織も俺と同じく、キジトラ猫の頭から背中にかけて撫でる。キジトラ猫は喉を鳴らして、「な~う」と可愛らしい声を出す。


「可愛いキジトラちゃんです。こうして、猫カフェで隣同士に座っていると、萩窪ニャフェでのことを思い出しますね」

「そうだね。あっちの猫カフェにいる猫も可愛かったけど、一番可愛かったのは猫耳カチューシャを付けた氷織だったな」

「そう言われると……嬉しいですけど照れてしまいますね」


 えへへっ、とはにかむ氷織。

 萩窪デートで猫カフェに行った頃は、氷織が微笑みや笑顔を見せ始めてくれた時期だった。だから、当時に比べると、氷織は笑顔をたくさん見せてくれるようになったと思う。


「萩窪ニャフェに行ったのはゴールデンウィークですから、20日くらい前ですか」

「そのくらいなんだ。もっと前のように感じるよ」

「そうですね。……正式に付き合い始めたからでしょうか」

「そうだね。色々なことがあったけど、一番は……お試しから正式な恋人に変わったことだろうね」

「ですねっ」


 ちゅっ、と氷織は俺の左頬にキスしてきた。予想外のことだったので、頬へのキスでも結構ドキッとして。氷織は楽しそうに笑っている。


「……氷織ったら」


 俺は氷織の右頬にお返しのキスをし、彼女と笑い合う。


「にゃーぉ……」

 ――トントン。


 猫の低い声が聞こえた次の瞬間、何度か胸元を叩かれる感覚が。

 白猫を見てみると、白猫は鋭い目つきをして俺のことをじっと見ていた。そして、俺の胸元に軽く猫パンチ。


「ふふっ。もしかしたら、頬にキスし合っているのを見て、白猫ちゃんが嫉妬したのかもしれませんね」

「ははっ。もしそうだったら可愛いなぁ」


 再び頭や背中を優しく撫でると、白猫の目つきは穏やかになっていき、俺の膝の上をまたゴロンゴロンし始めた。


「氷織の言う通りかもしれないな。じゃあ、氷織の膝にいるキジトラ猫はどう?」

「こっちは……のんびりしてますね。横になってます」

「……本当だ」


 キジトラ猫は氷織の膝の上で横向きで寝転がっている。氷織の温もりや甘い匂いがいいのかな。リラックスしているように見える。


「今まで来たときも、私の膝の上でゆっくりしていたことが多かったんです」

「絶好のくつろぎスポットなのかもね。俺達がキスし合っても、くつろげることに変わりないから、白猫のように何かアクションを取ることはないのかもね」

「そうかもしれませんね。私達のことを気に入っていますし、この子達におやつをあげましょうか」

「うん、そうしようか」


 俺達は受付に行きおやつを購入する。スタッフの方がプラスチックの容器に入ったドライフードと、木製のスプーンを渡してくれた。

 キャットルームに戻り、元いたソファーに再び座る。すると、さっきと同じように白猫は俺の膝、キジトラ猫は氷織の膝の上に乗ってくる。


「さっき、おやつをあげていた人がいたのでやり方は分かると思いますが、こうしてスプーンでドライフードを掬って、猫ちゃんの口元に運ぶんです」


 氷織はドライフードが乗ったスプーンをキジトラ猫の近くに持っていく。

 氷織の膝の上でのんびりとしているキジトラ猫もちゃんとした姿勢になり、カリッカリッとドライフードを食べている。


「こんな感じです」

「分かった。俺もやってみる」


 俺はスプーンで容器に入っているドライフードを掬い、白猫の近くまで持っていく。

 白猫は俺の膝の上でゴロンゴロンと転がっている。ただ、ドライフードの匂いを感じたのだろう。転がるのを止めて、キジトラ猫のようにちゃんとした姿勢に。スプーンを口元に近づけると、白猫もドライフードを食べ始めた。


「おおっ、白猫の方も食べてくれてる。可愛いなぁ」

「自分であげたおやつを食べてくれると本当に可愛いですよね」

「そうだね。小さい頃、家によく来たノラ猫に餌をあげたことはあったけど、それはお皿に出したキャットフード食べさせる形で。この方がより食べ物をあげている感じがしていいなって思う」

「ふふっ、そうですか」


 それからも、俺は白猫に、氷織はキジトラ猫におやつをあげる。こうして、スプーンで食べ物をあげていると、お昼ご飯のときに氷織にオムライスを一口交換したことを思い出すなぁ。この白猫も可愛いけど、あのときの氷織も可愛かった。

 お腹が空いていたのか、どちらの猫も完食してくれた。

 おやつをもらって俺達をますます気に入ってくれたのかな。白猫とキジトラ猫は俺達にベッタリだ。60分の時間が終わるまで、白猫やキジトラ猫を中心に猫と戯れて癒しの時間を過ごすのであった。

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