第4話『ごあいさつ-紙透家編-』

 5月16日、日曜日。

 今日も午後に氷織達と一緒に中間試験対策の勉強会をする予定だ。ただ、今日の会場は俺の家。

 また、昨日は一緒に勉強した七海ちゃんは部活の友達と勉強する約束があるので、俺達の勉強会には参加しない。七海ちゃんも友達も勉強を頑張ってほしい。

 今日も午後2時頃に集まり、勉強会をする予定だ。ただ、氷織だけは俺の家族に正式に付き合い始めたことの挨拶と、2人きりの時間をちょっと過ごしたいという理由で、1時半頃に来てもらうことになっている。


「もうすぐだな」


 午後1時25分。

 氷織がうちに来るまであと少しだ。なので、リビングで家族4人全員が集まっている。氷織と正式に付き合い始めてからは初めて会うので、みんな氷織と会うことを楽しみにしている。みんなソファーに座り、アイスティーを飲みながら、氷織が来るのを今か今かと待ち望んでいて。昨日、氷織の家族が俺を待っているときもこんな感じだったのかな。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴り響く。時間的に、氷織が来た可能性が高そうだ。

 俺は扉の近くにあるモニターまで行き、来訪者を確認する。画面には氷織の顔が映っていた。


「はい」

『氷織です』

「待ってたよ。すぐに行くね」

『はいっ』

「……氷織だ。迎えに行ってくる」


 俺は玄関へ向かう。

 玄関を開けると、そこには私服姿の氷織が。ジーンズパンツに半袖のシャツブラウスという服装。スカートやワンピース姿も可愛くていいけど、パンツスタイルも好きだ。氷織のスタイルの良さや脚の長さがよく分かるし。あと、トートバッグを肩にかけているので、大学生のようにも見える。

 氷織は俺と目が合うとニッコリ笑い、軽く頭を下げる。


「こんにちは、明斗さん」

「こんにちは、氷織。……今日の服もよく似合っているよ。綺麗だ」

「ありがとうございます。明斗さんもVネックシャツがよく似合っていますね。かっこいいです」

「ありがとう」

「……今日もこんにちはのキスがしたいです」


 頬を赤くし、俺をチラチラと見ながらそんなお願いをする氷織。もちろん、俺の返答は、


「うん、しようか」

「ありがとうございますっ」


 嬉しそうに言うと、氷織は俺を抱きしめてキスしてきた。昨日もたくさんキスしたけど、唇から感じる氷織の感触や温もりは凄くいいと思える。全く飽きが来る気配がない。

 あと、これからは休日でも会ったときには、挨拶の際にこうしてキスすることが恒例になりそうだ。

 数秒ほど経った後、氷織から唇を離す。そこには氷織の爽やかな笑顔があった。その笑顔が可愛いし、ここが俺の部屋だったら俺からもキスしていたところだった。

 背後をチラッと見ると……誰も見ていないか。


「どうしましたか? 明斗さん」

「昨日は七海ちゃんと陽子さんが俺達のキスを見て興奮していたからさ。今日は姉貴と母さんが見ているんじゃないかと思って」

「ふふっ、なるほど。私もご家族の姿は見えませんでしたね」

「そうか。さあ、上がって。氷織。リビングに両親と姉貴が待ってる」

「そうですか。……お邪魔します」


 氷織は家に上がり、俺の用意したスリッパを履くと、俺の右手をぎゅっと握ってくる。

 氷織の顔を見ると、笑みは浮かんでいるもののさっきよりも堅さを感じる。両親と姉貴に挨拶するから緊張しているのかも。俺は氷織の左手をしっかりと握り返した。

 俺と氷織は一緒にリビングへ。


「みなさん、こんにちは」


 リビングに入り、氷織は笑顔で挨拶する。家族も氷織に笑顔で「こんにちは」と挨拶。一言交わしたからか、氷織の笑顔の堅さが少し和らいだように見える。そんなことを考えながら氷織の顔を見ていると、氷織と目が合う。俺が小さく頷くと、氷織は口角を上げてゆっくりと頷いた。

 ふーっ、と長めに息を吐くと、氷織は両親と姉貴の方に顔を向ける。


「明斗さんから既に聞いていると思いますが、私からも報告させてください。先週の木曜日から、明斗さんと恋人として正式にお付き合いさせていただくことになりました。明斗さんとお試しで付き合う中で、明斗さんのことが大好きだと分かりまして。これから色々なことがあると思いますが、明斗さんと支え合って、一緒に楽しくて、幸せな時間を過ごしたいと思っています。よろしくお願いします」


 氷織はしっかりした口調で、俺と正式に付き合い始めたことについて俺の家族に報告した。その真面目な様子はとても美しくて。

 報告し終えると、氷織は俺の家族に向かって深く頭を下げた。

 恋人の氷織からも、俺と正式に付き合い始めたと言われたからだろうか。両親も姉貴もさっき以上にいい笑顔になっていて。特に母さんと姉貴は嬉しそう。


「顔を上げてください、青山さん」


 落ち着いた口調で父さんがそう言い、氷織はゆっくりと顔を上げる。家族の反応を見てか、氷織は安心した笑みを浮かべる。


「家族なので、片想いをしていた頃の明斗も、お試しで付き合っていた頃の明斗も、正式に付き合い始めてからの明斗もすぐ近くから見ています。片想いの時期は悩んでいるときもありましたが、その前に比べると明斗はより明るくなりました。お試しで付き合い始めてからは幸せそうな様子になることが多々あって。青山さんのことが本当に好きだと伝わってきます」

英輝ひできさん……」

「どうか、明斗と一緒に幸せになってあげてください。以前お話ししたように、明斗は優しくしっかりした息子です。ただ、至らぬところがあるかもしれません。そんな明斗のことをよろしくお願いします」

「私からもよろしくお願いします」

「明斗のことをよろしくね! 氷織ちゃんになら任せられる!」

「……はい! よろしくお願いします!」


 氷織は満面の笑顔を見せて、家族に向かって再び深く頭を下げた。この様子なら氷織はうちの家族と上手くやっていけるだろう。

 あと、父さんが氷織に言った言葉が心にじんわりと響いてくる。大好きな氷織と幸せになれるように頑張らないと。


「いやぁ、明斗が氷織ちゃんと正式に付き合えるようになって良かったよ。片想いの段階から好意を知っていたから、バンザイしたいくらい」

「確かにそうね。お母さんもバンザイしたいな。お父さんも一緒にやりましょうよ」

「……まあ、喜ばしいことだからね」

「どうせならみんなでバンザイしようよ! ね? 明斗、氷織ちゃん」

「そ、そうですね!」

「氷織がするなら俺も」


 まさか、みんなでバンザイ三唱をする流れになるとは。

 バンザイするためか、氷織は肩にかけていたトートバッグを足元に置く。


「それじゃ、いくよー。明斗と氷織ちゃんが正式に付き合えるようになって、バンザーイ!」

『バンザーイ!』

「バンザーイ!」

『バンザーイ!』


 姉貴の先導で、みんなで元気良く2回バンザイした。このことで何だか軽い感じの挨拶になってしまった気がするけど、氷織も俺の家族もみんな楽しそうにしているのでいいか。

 ただ、付き合い始めたことの挨拶をしたときに、バンザイをするカップルと家族って世の中にどのくらいいるのだろうか。

 みんなでバンザイするという予想外の展開はあったけど、俺の家族への挨拶も無事に終わった。

 それから、和男達が来るまでのおよそ20分間は、俺の部屋で氷織との2人きりの時間を楽しむ。昨日のように抱きしめ合ってキスしたり、ベッドに置いてある漫画の話をしたりして。

 そして、約束の午後2時頃に和男達が続々と家にやってきて、全員集合したところで今日の勉強会が始まる。

 今日も和男と葉月さんからの質問に答えながら、自分の試験勉強をする。俺の分からないところは氷織に教えてもらって。

 また、途中から姉貴が俺の部屋に居座り、文系科目や英語、数学を中心に俺達の分からない内容を教えてくれた。それもあって、みんなにとってとても充実した勉強会になったのであった。

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