第51話『キス』

 俺は氷織と2人きりで勉強会を開き、彼女の部屋で今日の課題を一緒に取り組んでいる。

 当初は和男の家で6人で勉強会を開く予定だった。それなのに、どうして2人きりになのかというと、


「今日は氷織と紙透で2人きりの時間を過ごしなさい。せっかく、正式な恋人になったんだから。初日は特別だし。あたし達は4人で勉強会するから」


 公園で火村さんがそう提案してくれたからだ。その提案に和男と清水さん、葉月さんも賛成した。

 今までお試しの恋人として付き合っていたけど、火村さんが言うように、正式な恋人になれた今日は特別だ。2人きりで過ごしたい気持ちは正直あった。氷織も、


「そうですね。今日という日は特別です。ですから、明斗さんと2人きりで過ごしたいです」


 と、2人きりになりたい意向を示した。なので、俺達は火村さんの提案を受け入れ、今日は別々に勉強会をすることにしたのだ。火村さん達と公園で別れ、氷織と一緒に彼女の自宅にやってきた。ちなみに、火村さん達は予定通り、和男の家で勉強会をしている。

 あと、氷織の家には母親の陽子さんがいた。なので、俺達が正式に付き合い始めたことを報告した。すると、陽子さんは、


「2人ともおめでとう! 仲良く付き合ってね。紙透君、氷織のことをよろしくね。あと、正式に付き合うって報告されたから、お母さんキュンキュンしちゃった!」


 と大喜び。陽子さんからおめでとうと言ってもらえたのは嬉しかったな。

 そして、現在に至る。

 氷織と2人きりで勉強会しているのは嬉しい。ただ、正式な恋人になったから今まで以上に氷織を意識してしまう。あと、家に帰り、ジャケットを脱いでブラウス姿になった氷織が可愛らしくて。だから、斜め前に座っている氷織をチラチラと見てしまう。たまに、目が合い、氷織の顔が赤くなるのがさらに可愛い。ドキドキして体が熱くなったので、俺も課題の途中でジャケットを脱いだ。

 氷織の方が先に課題が終わった。だから、氷織はミルクティーを飲み、優しい笑顔で俺が課題する様子を見守ってくれる。

 氷織の視線に凄くドキドキして。そのことで頭があまり働かなくなったので、氷織に教えてもらうこともあった。

 普段よりも時間がかかったけど……今日出た課題を何とか終わらせることができた。


「よし、これで全部終わった」

「お疲れ様でした、明斗さん」

「ありがとう。終盤は氷織に見つめられながらだったから、ドキドキしちゃったよ。あと、氷織もお疲れ様」

「ありがとうございます。課題に取り組んでいる明斗さんの姿が素敵なので、ずっと見ていました。課題をしているときも明斗さんをチラチラと見ていましたが」

「俺も氷織が可愛くてチラチラ見てた。目が合うとドキッとしたよ」

「……私もです」


 ふふっ、と上品に笑う氷織。氷織の頬をほんのりと赤くなっていて。そんな氷織もまた可愛くて。こんなにも素敵な人が、俺の正式な恋人になったんだよな。幸せすぎて、夢を見ているのかと思ってしまう。


「課題も終わりましたから、休憩しますか? それとも、試験勉強をしますか?」

「……休憩しよう。氷織と一緒にゆっくりしたいから」

「はいっ!」


 氷織は笑顔で頷いた。ああもう、可愛い。可愛すぎる。

 俺は火村さんに奢ってもらったボトル缶のブラックコーヒーを一口飲む。コーヒーの苦味と冷たさで、課題をこなした疲れが取れていく。あと、気持ちも少し落ち着く。


「明斗さんと2人で勉強するのっていいですね」

「そうだね。そういえば、氷織と2人きりで勉強するのはこれが初めてなのかな」

「そうですね。沙綾さん達とも一緒に勉強したことはありますが。……たまにでもいいですから、これからは2人きりでも勉強しましょうね」

「うん」


 氷織と一緒なら、物凄く充実した時間になると思う。今回は正式な恋人になったばかりだから、氷織をチラチラ見て、ドキドキすることが多かったけど。


「明斗さん、隣に座ってもいいですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」


 嬉しそうにお礼を言う氷織。

 ゆっくり立ち上がり、氷織はクッションを持って俺の隣まで移動する。俺の座っているクッションにくっつけて置き、そこに腰を降ろす。


「これまでのお家デートの影響か、部屋で2人きりでいるときは、こうして隣同士で座っている方が落ち着きますね」

「そうだね。アニメのBlu-rayを観るときはこうして座るのが恒例だもんね。隣にいられるのが嬉しくてさ」

「私もですよ、明斗さん」


 氷織はそっと俺に寄り掛かり、右肩に頭を乗せてくる。氷織の優しい温もりと甘い匂いが感じられて、課題をした疲れが取れてゆく。

 観覧車に乗っているときや、先日のお家デートでも、氷織は今のように肩に頭を乗せてきた。ただ、それらのとき以上に今の方がドキドキして。氷織も同じなのだろうか。彼女の体から伝わる熱が強くなってきた。


「明斗さんの温もりと匂い……やっぱりいいですね」

「……俺もだよ」


 氷織の方にゆっくり顔を向けると、すぐ目の前に俺を見つめる氷織がいた。俺と目が合うと、氷織は優しい笑顔を見せてくれる。


「もっと色々な形で明斗さんを感じたいです。……キスしたい」


 静かな口調で言うと、氷織の顔が見る見るうちに赤くなっていく。

 氷織から放たれた「キス」という言葉が、全身に甘く響いていく。それに伴って強い温もり包まれて。特に顔は結構熱くなっていて。きっと、氷織のように赤くなっているんだろうな。


「キスしても……いいですか? 正式な恋人になりましたし、キスとか……色々なことが解禁になったので」

「解禁って。……もちろんいいよ。ずっとキスしたいと思っていたし」

「はいっ。ありがとうございます」


 氷織は俺の脚の間に入ってきて、向かい合う形で座る。その流れで俺を抱きしめてきて。そのことで、俺の視界の大部分が氷織に埋め尽くされる。俺も氷織を抱きしめる。


「お互いにジャケットを脱いでいるから、公園で抱きしめ合ったときよりも温もりや柔らかさを強く感じるよ」

「私も思いました。明斗さんと抱きしめ合うの……本当にいいですね」


 氷織は嬉しそうな笑顔になる。すぐ目の前で見せられるから、いつも以上に可愛らしい。

 氷織と俺は至近距離で見つめ合う。ミルクティーの匂いが香る氷織の吐息が顔にかかってきて。


「明斗さん、大好きです」

「大好きだよ、氷織」


 好意を伝え合って、氷織の方から顔を近づけてくる。

 俺が目を瞑った直後、唇に今まで感じたことのない柔らかな感触が。唇から氷織の優しい温もりが伝わってきて。凄く心地いいな。これが……キスなんだ。

 どのくらいの時間が経ったのだろう。やがて、俺の唇から温かくて柔らかな感触がなくなる。ゆっくり目を開けると、すぐ目の前にはうっとりとした表情で俺を見つめる氷織の顔があった。


「キスって……いいですね」


 甘い声色で言うと、氷織は艶やかな笑みを浮かべる。


「そうだね。俺、初めてだから、キスってこういう感じなんだって思ったよ」

「そうなんですか。じゃあ、お互いにファーストキスだったんですね。初めてのキスの相手が明斗さんで嬉しいです。もちろん、明斗さん以外にはしませんよ」

「俺だって氷織以外にはキスしないさ」


 そうなるように、頑張っていかないと。

 それにしても、今のがお互いにとって初めてのキスだったのか。初めてを氷織と渡し合えて嬉しいな。


「明斗さん。もっとキスしたいです」

「……俺も」

「……今度は明斗さんからしてくれますか?」


 猫なで声で氷織はお願いしてくる。もちろん、俺はそれに対して首肯した。

 氷織はゆっくりと目を瞑る。こういう顔も凄く可愛いなぁ。氷織の寝顔ってこんな感じなのだろうか。ずっと見ていたいけど、氷織をいつまでも待たせてはいけない。

 俺は氷織にそっと唇を重ねる。キスしたことで興奮したのか、さっきよりも氷織の唇から伝わる熱が強くなっている。


「んっ……」


 氷織のそんな甘い声が聞こえた瞬間、俺の口の中に何かが入り込んできた。未知の感覚だけど、この状況からして……氷織が舌を入れてきたのか? ミルクティーの味が感じられるし、舌で間違いなさそう。

 それにしても、氷織……積極的に舌を絡ませてくる。初めてだとは思えないほどに上手だ。気持ちがいい。さすがは入学したときから、ずっと学年1位を取り続けるだけのことはある。……いや、それは関係ないか。

 俺からも舌を絡ませていくと、


「んんっ」


 と、氷織の可愛らしい声が漏れ、彼女の体がピクッと震えた。その反応が凄く可愛い。

 少しの間、舌を絡ませながらのキスが続いた後、俺から唇を離した。

 氷織は頬を真っ赤にして恍惚とした様子で俺を見つめており、「はあっ……はあっ……」と普段よりも長く息を吐いている。舌を絡ませたキスの後だから、湿っている彼女の唇がやけに扇情的で。


「まさか、舌を入れてくるとは思わなかったよ」


 俺がそう言うと、氷織は「ふふっ」とはにかむ。


「明斗さんからキスされたことにキュンときまして。どんどん興奮して、明斗さんの口に舌を入れちゃいました。舌を絡ませる感覚が気持ちいいので、スイッチ入っちゃって。明斗さんだって絡ませてきたじゃないですか」

「それは……氷織の絡ませ方が上手くて気持ち良かったから」

「ふふっ」


 氷織の笑い声は上品で大人っぽくて。そんな声につられ、俺も声に出して笑った。

 あと、氷織って……キスとかそういうことに関しては積極的なタイプなのかも。


「舌を絡ませたので、明斗さんの口からコーヒーの味と香りがしました」

「そっか。俺も氷織からミルクティーの味と香りがしたよ」

「じゃあ、私達にとってのキスの味はコーヒーとミルクティーですね」

「ははっ、そうなるね」


 よく、キスはレモン味だと聞くけど、コーヒー味とミルクティー味なのは俺達らしくていいかも。

 これからしばらくの間は、コーヒーや紅茶を飲む度に、今日のキスのことを鮮明に思い出しそうだ。


「さっそく、キスするのが好きになりました」

「俺もだよ」

「良かったです。あと、キスすると明斗さんへの好きな気持ちがどんどん膨らんでいきます。キスって凄い行為なんですね」

「そうだね。半年くらい前から氷織のことがずっと好きなのに、今もどんどん大きくなっていってる。それと一緒に幸せな気持ちも」

「私もキスすると幸せになりますね。……私は明斗さんのものですからね」

「俺だって氷織のものだよ。この先ずっとそうでありたい」

「私も同じ想いですよ。……誓いの意味でキスしましょうか」

「うん。しよう」


 そして、今度は氷織からキスしてきた。

 キスって、何度しても気持ちいいんだな。相手が大好きな氷織だからかもしれないけど。これからも氷織とキスして、笑い合える関係でありたい。

 それからも、俺達は何度もキスして、勉強会の休憩はとても長いものになったのであった。

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