第27話『ワンピース』
お昼ご飯のお店はロミネの8階・レストランフロアにある、俺オススメのパスタ屋さん・デリツィオーゾ萩窪。ちなみに、デリツィオーゾはイタリア語で美味しいという意味。以前、氷織が「麺類全般が好き」と言っていたからここにしたのだ。美味しいし、学生のお財布にも優しいリーズナブルさだし。
氷織はカルボナーラ、俺は明太子パスタを注文。
俺の記憶は正しく、氷織はパスタも好きとのこと。クリーム系やトマト系のソースが特に好きらしい。なので、カルボナーラを美味しそうに食べていた。とても好みの味だったそうで、幸せそうな笑みを浮かべていて。その笑顔に夢中になり、俺は途中食べるのを忘れてしまったときも。
途中、俺の明太子パスタと一口交換。明太子パスタも氷織は美味しいと言っていた。
氷織が笑顔を見せてくれたのもあり、とても楽しい昼食になった。
「とてもいい昼食でした」
「良かった。氷織が美味しそうにパスタを食べてくれて凄く嬉しいよ」
「あのカルボナーラは私好みの味でした。明太子パスタはさっぱりしていて美味しかったです。メニューもたくさんありましたし、また食べに来たいですね」
「美味しいパスタがたくさんあるよ。もし良ければ、氷織とまた一緒に食べに来たいな」
「はいっ、喜んで」
明るい声で返事をすると、氷織は微笑みながら首肯してくれた。それだけ、このお店で食べたパスタが美味しくて、俺とのお昼ご飯が楽しかったのだろう。胸がほんのりと温かくなり、その温もりが全身に優しく伝わっていった。
「じゃあ、次はどこへ行こうか。氷織は行きたい場所ってある?」
「そうですね……」
そう呟くと、氷織は腕時計を見る。
「今は1時半過ぎですか。では、もういますね。……明斗さん。3階にあるG and Lというアパレルショップに行きたいです」
「G and Lって……姉貴がバイトしているアパレルブランドのお店か」
「そうです。実は昨日、明実さんからメッセージをもらいまして。午後1時から6時までバイトしているので、もし良かったらデート中に来てみてと」
姉貴……氷織にそんなことを話していたのか。今日、萩窪デートをすることは、一昨日のお家デートの後に言ったからな。今日はシフトが入っているから、氷織にお誘いのメッセージを送ったのだろう。
「明実さんが働いている姿を見てみたいですし、G and Lは知っているブランドです。なので、興味がありまして」
「なるほどね」
興味があって行きたいのなら、G and Lに行ってもいいか。姉貴に気を遣っているだけなら止めようと思ったけど。
「分かった。じゃあ、G and Lへ行こうか」
「はいっ」
俺達はお店の近くにあるエスカレーターを使って、G and Lのある3階まで降りる。
3階は女性向けの衣類を扱うフロア。直営のエリアもあれば、G and Lのようなアパレル系の専門店もいくつもある。姉貴や母親はこのフロアで衣類を買うことが多い。
3階に辿り着いた俺達は、姉貴が働いているG and Lへ向かう。
このフロアに来るのはいつ以来だろう。去年、姉貴と母親に衣服のバーゲンの荷物持ちに付き合わされたときが最後かな。ロミネには数え切れないほどに来ているけど、新鮮な感じだ。氷織が一緒に来るのが初めてだからなのもあるかもしれない。
女性向けの衣類のフロアだからか、お客さんは女性の割合がかなり多い。今は下着売り場の横を歩いているけど、氷織が一緒でなければメンタルを削られていたところだ。
「ありましたね。G and L」
G and L。中高生から30代の女性をターゲットにしたアパレルブランド。デザインの良さと価格の安さから、結構な人気のブランドである。
今も店内には、若い女性を中心にお客さんがいて賑わっている。
「姉さんも……いたな」
俺は高校生くらいの女子のグループに接客する姉貴を指さす。
「爽やかな笑顔で接客していますね。落ち着いた雰囲気もあります。明美さんに聞けば、いい服が買えそうな感じがします」
「そうだね。高1の頃からずっとバイトしているのが大きいだろうな」
「そうなのですね」
バイトを始めた直後に母親と一緒に様子を見に行ったことがある。当時も笑顔で接客はしていたけど、緊張しい様子もあって。家では見せない姿だったので、今でも鮮明に覚えている。
あれから5年。今の姉貴はとても落ち着いている。グループのお客さんへの接客を終え、困っている他の店員のサポートをしている。頼れる店員さんオーラ全開だ。そんな姉貴のことを氷織はじっと見つめていた。
「あっ、明斗に氷織ちゃん!」
おーい、と姉貴はこちらに向かって元気よく手を振っている。5年前に見に行ったときも、こんな感じで俺と母親に手を振っていたな。
俺は手を振り、氷織は軽く頭を下げて、姉貴のところへ向かう。
「こんにちは、明実さん」
「お疲れ、姉貴」
「2人とも来てくれてありがとう。デート楽しんでる?」
「楽しんでるよ」
「私も楽しんでいます。猫カフェとアニメイクに行きました。あと、ゲームコーナーのクレーンゲームで、明斗さんに猫のぬいぐるみを取ってもらいました」
「へえ、良かったね! 明斗は昔からクレーンゲームが得意だからね。ちなみに、ゲットしたのは、トートバッグから顔が少し出ている猫のことかな?」
「はい、そうです」
「可愛いぬいぐるみだね! あと、今日の氷織ちゃんは笑顔も見せてくれるから、この前以上に可愛いよ~」
姉貴は右手で氷織の頭を、左手で猫のぬいぐるみを撫でている。頭を撫でられるのが気持ちいいのか、氷織はやんわりと微笑む。
「氷織ちゃんってうちのお店って来たことある?」
「今日が初めてです。G and Lのことは知っています」
「そうなんだ。じゃあ、今日でうちのお店を少しでも好きになってくれると嬉しいな。とりあえず、中を一通り見てみる? 案内するよ」
「お願いしたいです。明斗さん、見てもいいですか?」
「もちろんさ」
「ありがとうございます」
それから、姉貴の案内でお店の中を見ていくことに。
服のことだからか、氷織と姉貴は楽しそうに話している。いい光景だ。あと、お店の説明や、氷織の質問に返答する姉貴の姿はベテラン店員の風格が感じられる。
それにしても、このお店に売っているトップスやボトムス、ワンピース……どれも氷織に似合いそうだ。
「うちのお店はこんな感じ。どうかな?」
「素敵な服がたくさんあるお店ですね。お手頃な価格ですし、人気があるのも納得です」
「それは良かった。何か気になったり、買いたいと思ったりする服はある?」
「ワンピースで、一着いいなと思うものがありました」
「そっか!」
俺達はワンピースのコーナーに向かう。その際、氷織から彼女のトートバッグを受け取る。
ハンガーラックにはワンピースが何着も掛かっている。氷織はどのワンピースが気になったんだろう?
「これです」
氷織が手に取ったのは、襟付きの青いワンピース。袖の長さはパッと見た感じ……半袖よりも短めかな。
「フレンチスリーブの青いワンピースだね。これからの季節にピッタリだね」
「はい。青が好きで、デザインもいいなと思いまして」
「嬉しいね。じゃあ、試着してみたらどうかな? こうして見るのと、実際に着てみるのとでは印象が変わることもあるし。もちろん、サイズの確認も」
「そうですね。着てみて、いいなと思ったら買います」
「うんっ!」
明るい笑顔で頷く姉貴。確定ではないものの、氷織の口から「買います」という言葉を聞けたのが嬉しいのだろう。
俺達はカーテンが開いている試着室の前まで向かう。
「明斗さん。試着してみますね。試着したら明斗さんの感想も聞きたいです」
「分かった。どんな感じか楽しみだな」
「はいっ」
「私も手伝ってあげるね」
「ちょっと待て」
俺は姉貴の右肩をしっかり掴む。
こちらに振り返る姉貴は不思議そうな面持ち。そして、首を少し傾げる。
「どうしたの?」
「姉貴は入る必要ないだろ? 小さい子じゃないんだし」
「何があるか分からないし、店員の私がいた方が安心でしょ? うちの試着室は広めだから私が入っても大丈夫だよ」
「そうか。まあ……いるに越したことはないな」
「分かってくれたみたいね。さあ、氷織ちゃん。入りましょう」
「はい」
氷織と姉貴が試着室の中に入り、カーテンが閉まった。
試着したワンピースの感想を聞きたいと言われたし、試着室の前で待つことにしよう。
周りにいるお客さんや店員さんは俺に変な視線を向けていない。おそらく、氷織と姉貴とずっと一緒にいたからだろう。
「氷織ちゃん、スタイルがとてもいいね! 胸が大きくて、くびれがちゃんとあって。肌も白くて綺麗。羨ましいなぁ」
「ありがとうございます」
試着室の中からそんな会話が聞こえてくる。氷織の下着姿や素肌を見たかったのが、姉貴が試着室に入った一番の目的なんじゃないか?
「何か普段からしていることはあるの?」
「入浴後にお肌のケアをしたり、ストレッチをしたりしています」
「そうなんだ。だからいい匂いもするのかな」
「ひゃあっ。いきなり脇腹を触らないでください。弱いんです……」
「ごめんごめん。綺麗な肌だったからつい」
「あと、吐息もくすぐったいですよ……」
「姉貴。氷織にそれ以上何かしたら試着室からつまみ出すぞ」
「はーい」
いい返事をするねぇ。
それにしても、この場に葉月さんと火村さんがいなくて良かったな。葉月さんは今の氷織と姉貴の試着室の会話を聞いて「ガールズラブの波動を感じるッス!」とか言って興奮しそうだし。火村さんは我慢できずに試着室に突入しそうだから。
俺が忠告したからか、氷織が変な声を上げてしまうことはなかった。
「明斗さん。ワンピース着てみました」
「そうか。サイズとかはどうだ?」
「いい感じです。快適です」
「それは良かった。俺はここにいるからカーテンを開けて大丈夫だよ」
「とてもよく似合っているよ! きっと、明斗も可愛いとか綺麗だって言ってくれるわ」
「だといいのですが……」
姉貴の予想はきっと当たると思う。もうすぐ見られるからワクワクしているよ。
試着室のカーテンが開く。そこには青い襟付きのワンピースを試着する氷織の姿が。氷織は緊張した様子で俺を見ている。そんな氷織とは対照的に、姉貴は爽やかな笑みを浮かべている。
肩の近くまで腕が露出しており、膝が隠れるくらいの丈。これからの季節にいいと思う。あと、濃い青色だから、氷織の白くて綺麗な肌が映える。
「どうですか? 明斗さん」
「よく似合っているよ、氷織。綺麗で可愛いし、爽やかな感じがして素敵だよ」
「ありがとうございますっ」
氷織は嬉しそうに微笑み、頬がほんのりと赤くなる。
「氷織はどうだ?」
「とてもいい感じのワンピースです。気に入りました。なので、これを買います」
「ありがとうございます、氷織ちゃん!」
ご購入が決定したからか、姉貴はとても嬉しそうだ。普段から「買います」って言われるとこういう感じなのだろうか。
「いい服に出会えました。確か、天気予報では明後日は暖かいと言っていましたから、みんなで東都ドームタウンへ行くときにこれを着ようと思います」
「そうか。明後日がより楽しみになったよ」
俺がそう言うと、氷織は「ふふっ」と上品に笑う。今の氷織を見ていると大人っぽく見える。姉貴と一緒に、同級生として大学のキャンパスを歩いていてもおかしくないくらいだ。
それから、氷織は元の服に着替え、青いワンピースを購入。氷織はもちろんのこと、姉貴もとても満足そうにしていたのであった。
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