第13話『俺の部屋に氷織がいる。』

 氷織と一緒に、俺の部屋がある2階へ向かう。そんな俺達の後ろに姉貴がついてきているけど。姉貴も俺の部屋にいるつもりなのだろうか。俺は氷織と2人きりがいいんだけどなぁ。氷織が姉貴も一緒でもいいと言えば別にいいけど。


「ここが俺の部屋だよ」

「そうですか。どんなお部屋なのか楽しみです」

「隣が私の部屋だからね。何かあったらいつでも逃げてきて。叫んでくれたら、私がすぐに飛んでいくよ。まあ、明斗が氷織ちゃんに嫌なことをするとは思わないけど」


 最後の一言で、俺のことをある程度は信用しているのだと分かる。そうだよな。さっき、俺のことをいい弟だって言ってくれたもんな。嬉しいよ。

 あと、今の口ぶりからして、姉貴は自分の部屋にいるようだ。


「私も同じ考えです。ただ、お気持ちは受け取っておきますね、明実さん」

「うん。じゃあ、私は自分の部屋にいるから。ゆっくりしていってね、氷織ちゃん」

「はい。ありがとうございます」


 氷織がお礼を言うと、姉貴は爽やかな笑みを浮かべる。氷織に小さく手を振り、自分の部屋に戻っていった。


「じゃあ、俺の部屋に入ろうか」

「はい。失礼します」


 扉を開け、氷織を俺の部屋に招き入れる。

 氷織は俺の部屋に入ると、部屋の中を見渡す。昨日の夜に部屋を掃除して、整理整頓もした。それでも、氷織が部屋を見てどう思うのか不安が残る。

 一通り見渡した後、いつも通りの無表情で俺を見る。


「素敵なお部屋ですね」

「ありがとう」


 お世辞かもしれないけど、今の言葉にほっとした。


「さっそく本棚を見てもいいですか?」

「うん、いいよ。漫画やラノベ。好きな作品のイラスト集とかもあるよ」


 氷織と一緒に本棚のところまで行く。

 氷織は本棚を目の前にして「うわあっ……」と声を漏らしている。本棚を見たいと言っただけあって、目を輝かせている。


「パッと見た感じでは、半分ほどは読んだことのある作品ですね。ただ、タイトル名だけ知っている作品やタイトルも知らない作品もあります」

「そっか。ラブコメや恋愛ものが好きだから一番多いよ。日常系や学園もの、ミステリーもある。あと、アニメ化された作品中心にファンタジーも読んでるよ」

「そうなのですね。あと、シリーズものの作品が、ちゃんと巻数順に入っているのが好印象です。棚ごとで本のサイズが揃っていますし。美しい本棚ですね」


 俺の本棚がお気に召したのか、氷織の声が弾む。あと、本棚が美しいって言われたのは初めてだ。文芸部に所属し、小説を書いている人は着眼点が違うな。


「嬉しいな。たまに、巻数の順番が違って入れてあることもあって。実は昨日の夜に整理したんだ」

「そうだったのですね。私も順番を間違えて入れてしまいます。シリーズによっては、巻数が書かれていないので、どれが何巻目なのか分からなくなることもあって」

「分かる。カバーの袖を見たり、スマホで調べたりして。並べるのに一苦労だよな」

「ですね」


 まさか、こういう話で氷織と共感できるとは。氷織の言葉を借りれば、常に美しい本棚にしているイメージがあったから意外だ。親近感が湧く。


「あっ、『幼馴染が絶対に勝つラブコメ』がありますね。今、アニメをやっていますよね」

「やってるね。そのアニメの原作ラノベだよ」


 略称は『おさかつ』。このライトノベルはここ1、2年でスタートした作品の中では指折りに好きだ。


「以前、面白いと言っていた文芸部の部員がいまして。ラブコメの作品なので気にはなっていたのですが、まだ第1巻も買っていなくて。家に積読してある本が何冊もあるので……」

「そうなんだ。甘い雰囲気もあるし、恋愛の駆け引きもある。ヒロイン達も凄く可愛いし、恋愛作品が好きな氷織は気に入るかもしれない。読んでみたいなら、第1巻を貸すよ」

「いいのですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます。では、第1巻をお借りしますね」


 氷織は本棚からおさかつの第1巻を取り出し、ショルダーバッグの中に入れた。氷織に面白いと思ってもらえたら嬉しいな。


「そうだ。俺、飲み物を持ってくるよ。氷織は何がいいかな。コーヒーや紅茶、麦茶とかがあるけど」

「では……アイスティーをお願いできますか」

「分かった。じゃあ、用意してくるね。もし、本棚の中に気になる本とか読んでみたい本があったら読んでいいから。荷物は適当なところに置いてね」

「分かりました」


 一旦、俺は自分の部屋を出る。

 1階に降りて、キッチンで2人分のアイスティーを作る。お店でアイスコーヒーを頼んだときはシロップを入れていたから、砂糖入りの紅茶を作るか。

 また、母さんがチョコ入りマシュマロを買ってきたとのことなので、木製のボウルに盛りつける。

 アイスティーの入ったマグカップと、マシュマロを盛りつけたボウルをトレーに乗せ、俺は自分の部屋へと戻っていく。


「お待たせ、氷織」

「おかえりなさい、明斗さん」


 おぉ……氷織に「おかえりなさい」って言われるとグッとくるな。自分の部屋に入ると氷織がいる今の状況に幸せに感じる。あと、さっきよりも心なしか部屋の空気が澄んで、いい匂いがする。氷織からマイナスイオン出ているんじゃないの。

 氷織の手には開かれた本。パッと見て分かるのは、それは漫画であることだけ。何の漫画を読んでいるのだろうと思いながら、トレーをテーブルに置いた。


「氷織。何の漫画を読んでいるんだ?」

「みやび様の第1巻です。本棚に面白そうな作品がいくつもありますね。ただ、昨日、最新巻を買って読みましたし、明斗さんとみやび様の話をしましたから、久しぶりに第1巻を読みたくなりまして」

「なるほどね。昨日の夜にメッセージ送ったけど、俺も最新巻読んだよ。面白かったよね」

「面白かったですよね。あとで、最新巻を見ながら明斗さんと感想を語りたいです」

「話題に上がると思って、テーブルに置いてあるよ。アイスティーとマシュマロを持ってきたよ。母親がマシュマロ買ってきてくれた。チョコマシュマロだけど、氷織は好きかな」

「マシュマロもチョコも好きですよ。ですから嬉しいです。さっそくいただきます」


 みやび様の1巻を本棚に戻し、氷織はテーブルの方へやってくる。しかし、


「きゃっ」


 クッションに足を滑らせ、氷織が前方へ倒れそうになる。

 氷織のところへ素早く動き、倒れてくる氷織のことを抱き留めた。そのことで、氷織の顔が俺の胸に埋もれる形に。


「だ、大丈夫か? 氷織」


 氷織に声を掛けると、氷織は顔を俺の胸からゆっくりと離し、俺のことを見上げてくる。


「はい。大丈夫です。明斗さんのおかげで倒れずに済みました。ありがとうございました」

「いえいえ」


 氷織に怪我がなくて良かった。

 そして、安心しきったところで、ようやく今の状況に気づく。

 俺……氷織のことを抱きしめているんだ。手を繋いだときとは比べものにならないほどに、氷織の温もりと柔らかさが伝わってくる。氷織の髪からはシャンプーの甘い匂いも。あと、抱きしめたことで、氷織の体の細さを実感する。

 氷織を抱きしめていたら、体が段々熱くなってきた。心臓の鼓動も早くなってきて。氷織の体からも強い熱と鼓動が伝わってきているのは気のせいだろうか。


「……って、いつまでも抱きしめたらダメだよな! ごめん、氷織!」


 氷織への抱擁をパッと解き、俺は一歩下がる。

 氷織は頬をほんのりと赤くさせ、俺をチラチラと見ている。そんな姿も可愛らしい。


「き、気にしないでください。私が倒れそうになったのがきっかけですし。それに、明斗さんに抱きしめられたのは……嫌だと思いませんでしたから」

「……そう言ってくれて良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 今のは俺への気遣いの言葉かもしれない。それでも、嫌ではなかったという氷織の一言が全身に甘く響いたのであった。

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