第2話『ルール』

 散らばったゴミを片付けた俺達は、教室B棟の中に入り、2年2組の教室に向かって歩く。

 教室B棟の中には、生徒や先生の姿はほとんど見られない。放課後になってから30分以上経っているし、B棟には普通の教室しかないからかな。

 2年2組の教室に戻ると……中には誰もいない。他の掃除当番の生徒はみんな帰っちゃったのか。


「誰もいませんね。ここならゆっくりと話せそうです。私の席で話しましょうか」

「ああ、そうだな」


 俺は教卓に荷物を置き、普段は教師が座っている椅子を青山さんの席の前まで動かす。青山さんと向かい合う形で席に座った。

 こうして、正面から間近で見ると、青山さんはとても綺麗な女の子だと改めて実感する。お試しではあるけど、俺の恋人になったんだよな。大人気で絶対零嬢と呼ばれる彼女が。夢みたいだ。


「では、さっそくルールを決めていきましょう。ただ、何から決めていけばいいのでしょうか? お試しで付き合うのは初めてですから分からなくて」

「俺も初めてだよ。まずは……付き合う期間かな」

「期間ですか。さっき、予め期間を決めると紙透さんが言っていましたね。どのくらいがいいのでしょう?」

「前にネットの記事を見たときは1ヶ月か2ヶ月が多かった。中には、最初は2週間って短めに設定。その間に相手のことがいいなって思えたから、次は期間を延ばして1ヶ月間延長したっていうカップルもいるよ」

「なるほど。お試しですから、最初は短めに設定するのは合理的ですね」

「そうだな。いいなって思えたら、お試し期間を延長すればいいし」

「そうですね。では、まずは短めにしましょう」


 青山さんは席から立ち上がり、黒板の横に掛けられているカレンダーのところに行く。俺もカレンダーの前まで向かう。


「今日は4月26日ですね。キリがいいのは月末ですけど、数日ではさすがに短すぎますよね」

「そうだね。祝日が1日あるけど」

「ですよね」


 青山さんはカレンダーを1枚めくり、5月のページを見る。18日から21日には中間試験と書かれている。この文字は担任の先生のものかな。あと1ヶ月もしないうちに、2年生最初の定期試験があるのか。


「紙透さん。5月5日までにするのはどうでしょう?」


 青山さんは右手の人差し指で、5月5日を指す。その日は祝日で、ゴールデンウィークの最終日でもある。


「5月5日か。今日を入れて……10日だね」

「はい。短めですけど、ゴールデンウィークがあります。デートなどをして休日を一緒に過ごせば、今後も恋人として付き合っていきたいかどうか考えやすいかと」

「なるほどな」


 休日に一緒に過ごすことで、自分と合うかどうか考えやすくなるか。ゴールデンウィークは絶好の期間と言えるだろう。バイトのない日は、青山さんと一緒に過ごしたいな。


「最初に設定する期間としてはいいと思う。じゃあ、まずは5月5日までにしようか。その日に、翌日以降もこの関係を続けたいかどうか話そう」

「分かりました」

「決まりだな。もし、お試しでも付き合うのは嫌だって思ったら、5日より前でも言えることにしよう。もちろん、正式に恋人として付き合いたいって決めた場合も。これは青山さんに限るかな」


 お試しの期間は決めたけど、いつでもこの関係について言える環境は必要だと思う。

 青山さんは俺の目を見て、小さく頷いた。


「賛成です。いつでも言えるのは有り難いです」

「分かった」

「ルールに決めたことをメモ書きしておきましょうか」

「そうだね」


 俺達は元の場所に戻る。

 バッグから手帳と筆記用具を取り出す。手帳のフリーページに、お試しで交際する期間について書く。

 青山さんも俺と同じように、手帳のフリーページに黒のボールペンでお試しの交際期間について書いている。彼女の字、とても綺麗で見やすいな。


「次はどんなことを決めましょうか?」

「そうだね……これは大丈夫で、これは禁止なことを決めようか。ただ、フィーリングもあるし、一緒に過ごしていく中で『これはいい。これは嫌だな』って思うことが変わってくるだろう」

「そうですね。では、今は『これは絶対に禁止』なことを決めましょうか」

「それは決めやすいね」

「はい。まずは……他の人と付き合うのは禁止にしましょう。お試しだとしても」

「そうだね。お試しを含めて、他の人と付き合うのは禁止にしよう」

「はい。もし、発覚したら話し合って、今後の関係を決めましょう」

「ああ」


 お試しでも、青山さんが他の人と付き合っていたら……あぁ、想像しただけで胸が苦しい。禁止だと決められて良かった。そう思いながら、このことをメモ帳に書く。

 ただ、海外では複数人と同時にお試しで付き合う人もいるとか。むしろ、それが文化となっている国や地域もあるらしい。確か、デーティングって言うのかな。


「他に禁止って決めておきたいことはある?」

「そうですね……口と口でのキスや、その先の行為はしないのはどうでしょう?」


 キスやその先の行為って。ドキッとしてしまう。青山さんは平然としているように見えるが。


「そ、それは大切なことだね。青山さんが言った行為は、正式に恋人になってからすることだと思ってる。キスの場合は正式な恋人になる合図とも言えそうだけど」

「私も同感です」

「じゃあ、今のお試しの関係の間はしないことにしよう」

「ありがとうございます」


 青山さんはメモ帳に『口と口のキス。その先の行為は禁止』と書く。俺も同じことを自分のメモ帳に書いた。


「今のところは、他に禁止したいことはないです」

「俺も……ないかな。じゃあ、禁止事に関するルールについては一旦これで終わりしよう。他には何か決めておきたいことってある?」

「他にですか。……私達の関係について、周りの人達には伝えますか? お試しで付き合っていることを含めて」

「今まで一緒にいることが全然なかったからね。同じ部活や委員会、同好会に入っているわけじゃないし。ましてや、青山さんは告白を全て振ってきている。だから、一緒にいるところを見た人の多くは、俺達が付き合っているかもって思いそうだ」

「そうですね」


 もちろん、それぞれの友人を筆頭に、俺達の関係を訊いてくる人がいるだろう。


「ただ、お試しで付き合っていることまで公表したら、反感を持つ人がいそうです。そのことで、紙透さんが嫌な目に遭うかもしれません。でも、本当のことを隠しながら過ごすのも心苦しいと言いますか……」

「なるほど」


 付き合うなら、お試しじゃなくて正式に付き合えよって言う人はいそうだ。不誠実に考える人もいるかも。ましてや、お試しで付き合う相手が、学校で絶大な人気と知名度を誇る青山さん。俺に嫌なことをしてくる生徒が現れても不思議ではない。俺を心配してくれるとは。優しい人だ。

 ただ、周りの人達にこの関係を隠しながら過ごすのが心苦しいと言う青山さんの気持ちも分かる。青山さんは迷っているようだから、まずは俺の考えを言うか。


「俺は……家族とか親しい人には、お試しであることも打ち明けるつもりだよ。そうなった経緯を簡単に伝えてね。青山さんが知っている俺の親しい人は……和男と清水さんだね」

「倉木さんと清水さんですか。2人とは休み時間に話したり、一緒にお昼ご飯を食べたりしていますよね」

「ああ。話した相手から反対される可能性はあるけど。知ってもいいと思う人には自分から伝える形にする。あと、『付き合ってるのか?』って訊いてきた相手やそのときの状況次第では言う。決して『お試しで付き合ってるぜ~』って言いふらすようなことはしないよ。話が広がっていって、2人とも誰かに嫌なことをされるかもしれないのは覚悟してる。もちろん、青山さんのことは俺が守っていく。それが俺の考えだ」


 と、俺は青山さんの目を見ながら言った。これで、青山さんの考えをまとめられたり、迷いを解決できたりするきっかけになればいいけど。


「……家族や親しい人など、知っていい人には自分から伝える。いいですね」

「じゃあ、周囲に打ち明けるスタンスはこれでいこうか」

「はい。あと、私を守っていくって言ってくれて嬉しいです。私も紙透さんのことを守っていきたいです」

「ありがとう」


 青山さんの口から「守っていきたい」と言ってもらえるなんて。感激だ。お試しの交際ではあるけど、恋人として青山さんと支え合っていけるといいな。

 周りの人達への伝え方についてもメモ帳に書いていった。


「青山さん、他に決めておきたいことってある?」

「……ルールとは違うと思いますが、お互いの呼び方について。このまま名字で呼び合いますか? それとも、名前にしますか? 名前だと距離が縮まりそうな気がしますが」

「確かにそうだね。じゃあ、試しに一度、お互いに下の名前で呼んでみようか」

「そうですね。……明斗さん」


 おおっ、キュンときた。これまでよりも距離が縮まった感じがするぞ。よりカップルらしいというか。


「いい感じだね。じゃあ、俺も。……ひ、氷織」


 名前で呼ぶのって結構緊張するな。それもあって、つい呼び捨てになってしまった。


「名前で呼ばれるの……いいですね。気に入りました」

「それは良かった。ただ、緊張して呼び捨てになっちゃったけど……」

「かまいませんよ。いいなと思えたので」

「分かった。じゃあ、氷織って呼ぶことにするよ」

「ありがとうございます。では、私は明斗さんと呼びますね」

「分かった」


 名前の呼び方については……さすがにメモ帳に書かなくてもいいかな。家に帰ったら、自然に氷織って呼べるように練習しておこう。


「他には決めておきたいことはある?」

「今のところはこれで十分かなと思います。ルールの追加、削除、修正をしたいと思ったらその都度話していきましょう」

「うん、そうしよう。じゃあ、今日は帰ろうか」

「そうですね。ただ、その前に連絡先を交換しませんか?」

「そうだね。氷織とたくさん話したから、すっかりと忘れていたよ」


 それから、俺は氷織とスマホの番号とメールアドレス、LIMEというSNSアプリのIDを交換した。スマホの連絡帳やLIMEの友達一覧に『青山氷織』の名前がある幸せ。氷織のLIMEのアイコン、青い氷のイラストだ。彼女らしい。

 ちなみに、俺のアイコンは点線で描かれた透明人間。紙透明斗とフルネームで書くと『透明』があるから。ポップなデザインだからか、氷織は「可愛いアイコンですね」と言っていた。よほど気に入ったアイコン使用可能なイラストと出会わない限りは、ずっとこのイラストを使っていこう。

 LIMEでお互いにメッセージが届いていることを確認。これで、いつでも氷織に連絡ができる。それがとても嬉しい。

 また、家族などに俺達の関係を話す際、顔写真があった方がいいと言われた。なので、お互いに自分のスマホで相手の写真を撮る。ピースサインする可愛い氷織を撮れた。氷織の連絡先だけじゃなく、写真も持てることに嬉しくなるのであった。

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