明治放浪行人~海に浮かぶ三日月の怪~
時遡 セツナ(トキサカ セツナ)
1
時代は、明治初期。
明治維新から10年後に起きた戦争、西南戦争という戦争で『侍』という存在が薄れていき、さらにまた追い討ちをかけるように廃刀令の文言で「軍隊の外、兵品を携ふる者あるは、陸軍の権限に関係する」という「山県有朋意見書」に記されいる「廃刀建言書」により、刀を持つことさえ許されず、日本の文化が消えつつあった頃。
これは、そんな時期を生きぬた『侍』とその侍を見守ったと言われている『探偵』の話である。
日本の今で言う千葉県。
南の方へ海を出て数千と離れたところに地図に載ることなどないほど小さい島はあった。
島のことを知る人達は島の形が見事三日月の形に似ていることからその島を「三日月島」と呼んでいた。
その島の存在はあまり知られることはなく、島にある家もある財閥の別荘だけらしい。
二月のある日、その別荘で舞踏会が行われことになり、そこへある青年が招待された。
彼は立派な正装を来て、船で三日月島へ渡った。
その青年は、渓河九十九(タニカワツクモ)という名で渓河財閥の跡取り息子で年齢は23歳。
学問・武道に興味があり、少しこげ茶色に寝癖の入った髪形が特徴な青年だった。
当時にしてはもうお嫁を迎えていてもおかしくない年齢の彼はなぜか女性に縁がなく、今までを過ごしてきた。
理由は恐ろしいほどの女性運がないからと言うべきだろうか。
女性と付き合いたい気持ちはある。
しかし、それがことごとく上手くいかないのだ。
今回、この舞踏会に参加したのは九十九の父・源三(ゲンゾウ)からの勧めだった。
父の代理として参加することにより自分の存在をより良く他の財閥達に見せ付けようというのと、運が良ければいい女(ヒト)に出逢えればという父からの思いからだ。
島に着くと、爽やかな潮の香りを風が運んでいた。
九十九は、大きく深呼吸をした。
何とかして今回こそいいお嫁さんを見つける、これが彼の目標だった。
しかし、もし見つけられなかったら・・・家族の皆からまた呆れられてしまう。
因み、家族と言っても自分の父の源三と使用人の美代子だけであって母はとうの昔に世を去っている。
いつも失敗をする度、父からは恐ろしい渇が飛び、美代子からは困った苦笑いが帰ってくる。
前回もお見合いを父から持ち出してもらって行ってみたものの上手くいかず終わってしまった。
心から九十九は自分の女性運を呪った。
荷物を使用人に運んでもらい、舞踏会の舞台である別荘へと着いた。
ここは、斉藤財閥という日本でも知れ渡っている財閥家の別荘で九十九の父・源三と財閥の当主彰(アキラ)とは知り合いの関係だった。
九十九がここに来れたのはそういう関係からだった。
大きな屋敷の別荘だった。
西洋風の別荘で屋敷の中心には大きな時計塔があった。
自分も財閥の人間だが、これ程のものではない。
九十九は屋敷の大きさに目を見開いて立っていた。
「これはこれは、渓河のご子息の九十九さんではありませんか」
声が聞こえた。
前を見ると、そこにいたのは玄関前でお迎えとして立っている斉藤彰、その人だった。
髭を生やし、きっちりと整えられた髪。
蝶ネクタイを着け、シーツの前は開けていた。
「あ、これは斉藤さん。今回は招待して頂きありがとうございます」
九十九はお辞儀をして、斉藤に手を差し出した。
斉藤は、快く握手をした。
「しかし、君も大変だね。今回を機に是非いい方を見つけられるといいですね」
「いやはや、痛いところを突かれてしまいましたね・・・」
「源三はどうですか?最近、体の調子が良くないと聞きしましたが」
「あ、父ですか?それが煙草を吸っていたのが原因で体内に腫瘍(シュヨウ)が見つかったらしいんです。今は、煙草をやっと止められ安静にしています」
「そうですか、無事良くなられるといいですね。また彼と飲んで夜話でもしたいものです。彼は他の人達とは一際違う話を私にしてくれるのでね」
「斉藤さんは本当に飲むのが好きですね」
「語り合い好きにとって酒は語りを深く誘ってくれるものですからね」
斉藤はそう言うと、九十九を屋敷へと連れて行った。
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