第43話 異世界定食、始めました 3



「……美味しい」

「……え?」

「美味しい!!」


 一口、鮭茶漬けを口に入れたアルミは、夢中になって頬張り始めた。


「あははは、そんなに夢中になってがっつかれると、お姉さんも嬉しいなぁ~」


 歩実は口の端を緩めながら、にまにまと笑う。


「美味しい! 美味しい美味しい美味しい!!」


 アルミは無我夢中で鮭茶漬けを口の放り込む。


「ちょっとちょっと、そんなに無茶したらむせるよ」

「だ、だって!」


 歩実に諭されたアルミは、一旦スプーンを置いた。


「こ、この、この魚はどこで仕入れた物なんですか!? こんな加工技術はあり得ないですよ!」

「あり得ない、って……そんな大げさなぁ~」


 歩実はもう~、と嬉しそうに笑う。


「そんなのどこのスーパーでも売ってるものなんだからぁ~」

「スーパー……?」


 アルミは小首をかしげる。


「そこらへんに売ってある鮭の加工食品だよ~」


 歩実は冷蔵庫から、瓶に入った、加工された鮭の切り身を持ってきた。


「な……なんですか、これは!?」


 アルミは目を丸くする。


「何って、そこらへんで売ってるよ~」

「こ……こんな技術、あり得ない!」


 アルミは鮭の瓶の中を匂う。


「生臭くない……なんで!? どうして!? 特有の魚臭さが、ない!」

「言われてみれば、なんでなんだろうねぇ」


 歩実は商品を買っただけで、料理の知識はあるが、加工技術の知識があるわけでは、ない。


「ちょっと食べてみなよ」


 歩実は瓶の中の鮭をアルミの手のひらに乗せた。


「……」


 アルミは固い表情で、恐る恐る鮭の切り身を口にした。


「うわーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 今まで聞いたことのないような絶叫が、歩実に浴びせられる。


「な、なんですか、これ!? あり得ない! こんなの、お抱えのシェフだって作れない!」


 アルミは正気に戻る。


「……はっ!」


 辺りを見渡した。


「それに、どこを見ても見たことがない物でたくさんだ!」


 アルミは料亭の中を見渡す。


「お姉さん……さては、ただものでは、ないですね?」


 アルミはごくり、と生唾を飲み込む。


「さすが、サクラメリアのウェイン地区に居を構えるだけはある……。これは、一流の料理人に違いない!」

「そんな大げさなぁ~」


 あまりにも大袈裟に褒められ、歩実は良い気分になる。


「お姉さんはこの技術をどこで!?」

「どこって、普通に日本だけど~」

「ニッ……ポン?」


 アルミは今まで聞いたことがない、といった表情で歩実を見る。


「いやいや、日本にいるのに日本のことを知らないなんてそんなわけないでしょ~」

「いえ……聞いたことはあります」


 アルミは深刻な顔をして顎を撫でた。


「サクラメリアにも、そしてサクラメリア以外の国でも、なんでもニホンという国からやって来た、という人がいるそうです。その誰もが強力無比な力を持ち、一人で大国を滅ぼせるほどの力を持っているだとか」

「……んん? 一人で大国を滅ぼせる……?」


 あまりにも話が通じないため、ここで歩実は不思議に思う。


「チートスキルをもらった……? だとか、異世界召喚された、だとかを口にしていたそうです。僕も詳しく知っているわけではないのですが」

「イセカイショウカン……?」


 歩実も、聞いたことのある言葉だった。


 異世界召喚――


 歩実のいた日本でも当時、加速度的に流行っていたジャンルの一つだった。

 普段アニメやドラマなど、バラエティを一切見ずに育ってきた歩実でも、うっすらと知っている知識だった。


「異世界召喚!?」


 歩実は扉を開けて、外に出る。


「異世界召喚―――――――――――――!?」


 歩実は肺の奥まで息を吸い、大声で、そう、叫んだ。

 

 よく見れば、通行人の中には狼人ウェアウルフ鍛人ドワーフ森精族エルフなど、亜人と思しき者たちが、いた。

 たまたま付けたテレビ番組で、あるいは人づてに聞いた、見たことのあるような種族の者たちが、別個に歩いていた。


「おいおい、また頭がおかしい姉ちゃんが出て来たぜ」

「こんな朝っぱらからナニやったんだぁ、あんた?」

「ナニって、ナニだろ!」

「「がははははははは!!」」


 大きな牙を生やした大男が、歩実を笑う。

 歩実はすぐさま扉を閉め、店内に戻った。


「異世界……召喚……」


 歩実はぶつぶつと呟く。


「お姉さん……?」


 アルミは心配そうに歩実を見た。


「いや、大丈夫、うん」


 歩実は落ち着き払った表情で、そう言った。


「やっぱり、閉店したから……ですか?」

「え……あ、あぁ……」


 まだ頭が整理できていない。


「明日! 明日から開店しよっかなぁ!」


 つい、口走ってしまった。

 何故料理を出していないと言ったはずなのに、明日から回転する、などと言ってしまったのか。


 異世界召喚、という信じられない出来事により、食い扶持が必要だと思ったからか、あるいは、アルミのあまりにも美味しそうな表情を見て、この世界でなら、料亭を続けることが出来ると思ったからか、あるいは、ただ理由が欲しかっただけで、歩実はもう一度、料亭を始めたかったのか。


 ただ、理由が、欲しかった、だけなのか。


「本当ですか!?」


 アルミは目をキラキラとさせて、尋ねる。


「え、えぇ……あ、あぁ、う、うん!」


 歩実はしどろもどろになりながらも、回答した。


「僕このお店のファンになりました! 明日から毎日通います!」

「毎日は来なくて良いよ!」


 そう言うと、アルミは笑顔で扉を開け、去って行った。


「……」


 歩実はすぐさま、扉を開けた。


「あぁ……」


 夢では、なかった。

 やはり、見覚えのない異世界が、歩実の前に、あった。


「押して駄目なら!」


 歩実は裏口から出る。


「引いてみな!」


 裏口の扉を開けると――


「……」


 そこは、いつもの様に見慣れた光景、いつもの裏口につながる路地が、あった。


「……」


 ププー、と車が通り過ぎていく。

 ブウゥゥン、と耳に心地よい音が歩実の耳朶を撫でた。


 夏――

 ミンミンと蝉が鳴き盛り、自転車が時たまチリンチリン、と音を鳴らしながら通り過ぎていく。


「異世界……召喚……」


 歩実はどっちともつかない表情で、その場で、立ち尽くした。





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