第35話 黒翼の悪魔 3
「止めてください!」
薬草を背負ったノエルは、走ってアルトの下まで行き、樹とアルトの間に割って入った。
樹を守るようにして、手を広げる。
「シルヴァさんになんてことするんですか! 止めてください!」
「シルヴァ?」
アルトは樹を見上げる。
「お前は魔物に名前を付けてるのか?」
「あ……」
しまった、と言いたげな顔でノエルは手を口に当てる。
「ま、ままま魔物なんかじゃありません! 普通の大きい樹です!」
「いや、こいつから魔力が感知出来るんだよ」
アルトは樹を見上げ、言う。
『もうよい』
「シルヴァさん!」
大樹が動き出し、アルトの方を向いた。
『私が魔物であると見破られるのは時間の問題だと思っていた』
「で、でも……」
ノエルは眉を八の字にする。
『少年よ、何が望みだ』
「それはこっちの台詞だよ。魔力感知に引っかからないように魔力操作して、一体どうしてこんなしょぼい街に隠れてたんだ?」
「アルト、しょぼい街は言いすぎですよ」
樹に危険がないと分かったミーロがやって来て、言う。
『私はこの土地の魔力を受け、怪我を直したかった。ただ、それだけだ』
「ほう……」
アルトは土を見る。
『だが、見つかってしまっては仕方がない。私はここから去る』
「シ、シルヴァさん……」
ノエルが樹を見上げる。
「いや、別に去らなくてもいいだろ?」
「え?」
『え?』
シルヴァとノエルが同調する。
「お前は俺の攻撃を受けようとしても声を上げなかった。それだけの覚悟があった、ってことだろ。元々、
「え? あ……」
アルトの予想外の態度に、ノエルは困惑する。
『私は、お前が私に危害を加える気がないことが分かっていたから、何も言わなかっただけだ。危害を加えるつもりで動いていたなら、私も動いていた』
「正直なやつだな。こっちが危害を加えないなら、そっちも危害を加えないんだろ? じゃあこの街を守る守護神としてここにいればいいだろ?」
「え、あ、その……」
ポンポンと進んでいく話に、ノエルだけが置いて行かれる。
『良いのか? 私がもし暴れるようなことがあれば止められないかもしれないぞ』
「あははははは」
アルトはそこで大笑いする。
「大丈夫、俺がいるんだ。何か起こったら、俺がなんとかしてやるよ」
「……えぇ!?」
『はぁ……』
そこにいる誰しもが、ぽかんと口を開けた。
「皆さん、すみません。ここにいる馬鹿が。私からもお詫びしますので」
ミーロがノエルたちに頭を下げる。
「え、いや、えっと、その……」
『驚いたな……こんな人間もいるのか……』
「あ、じゃあ立ち話も何なんで、中でお話でも……」
ノエルが家にアルトたちを迎え入れる。
「ここが僕の家なんですけど」
「なんだ~これは~……」
アルトはノエルの家を前に、固まっていた。
「これが、家?」
「あ、はい!」
「いやいや、自然に出来たやつだろ、これ?」
「自然に出来てないですよ! ちゃんと家ですよ!」
板が雑に張り付けてあるだけの物体が、そこにあった。
「ミーロ、お前の家は今日からここだ」
「ぶっ飛ばしますよ」
「ハウス!」
ミーロは眼鏡を上げる。
「お前もっと良い家住めよ」
「でもお金がなくて……」
「はぁ……待ってろ」
アルトはため息を吐くと、その場から消えた。
「え、えええええええええぇぇぇぇぇ!?」
驚くノエルをよそに、すぐさまアルトはその場に戻ってきた。
「ほら、金やるから、もっと良い家作ってもらえよ」
アルトは金貨を五枚、ノエルに渡す。
「ええええええぇぇぇ!? 受け取れませんよ、こんな大金! っていうか、もしかして
「そんなもん誰でも出来るだろ」
「そうなんですか!?」
ノエルは次から次にやって来る衝撃に、口をあんぐりと開ける。
「これは賄賂だ。良い魔物に好かれる奴は、優秀だからな」
「え、そ、そんな、そんなことないですよ~」
ノエルは、えへへ、と笑う。
アルトは強引に、ノエルに金貨を渡した。
「アルト、今、
「え、あぁ、うん」
ミーロがわなわなと震える。
「毎回毎回、私の時だけ空飛んでる!
「イヤ~、ソナコトナイヨ~。テレポートムズカシネ~」
「この街来るときも
「テレポートムズカシネ~」
ミーロがアルトの首をぶんぶんと振る。
「す、すごい人たちだ……」
『私も、こんな人間は今まで見たことがない……』
ノエルとシルヴァは二人の様子に驚き、立ち尽くしていた。
「俺はもう少しお前と話がしたい。紅茶でも持ってくる」
「え、あ、うん」
アルトはシルヴァとノエルの家との間に立つ。
「よし、じゃあ待ってろよ」
アルトはその場で
「よ!」
「は!」
「ほ!」
テーブルとイス、そして紅茶とクッキーを持って、その場に置いた。
「よし、これで
アルトとミーロ、ノエルは椅子に着席した。
「な、なんだかすごいね、アルトさん」
「アルトでいいよ。敬語も止めな。名前なんて言うんだ?」
「あ、僕ノエルです……だよ」
「そうか、ノエル」
アルトとミーロは紅茶を飲んだ。
昼下がり、陽の光が差し込む中、三人は紅茶を飲む。
シルヴァの葉の隙間からこぼれるあたたかな光は三人を柔らかに照らし、心地よい風が流れる。風は草を揺らし、葉を揺らし、三人の髪を撫でる。
チヨチヨと鳥の鳴く声がお茶会の空気を演出し、チチチチ、と様々な鳥の合唱が聞こえる。
「……」
「……」
「……」
三人は静かに、紅茶を飲んでいた。
「良い所だな」
「はい。この街でも人気が少なくて、土地も安いんです……だ。まあ、お買い物にはちょっと遠すぎるんだけど……あはは」
「そうですね……」
三人は優雅な時間を過ごしていた。
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